5「私の証明」
「やった! ついに『キャロ・レイルーン』本人だと認めてくれましたね、キャロおねえさま! ニクリ感激です!」
私の答えを聞いて、嬉しそうに飛び跳ねるニクリ。
「ニクリ! 認めたんだから早くヨルムを解放しなさい!」
「え? ごめんなさいそれはできないんですよ~」
「っ……ふうん、そう。だったら力尽くで――」
「わわ! 待ってください待ってください! そんなことしたらニクリは闇魔法でヨルムさんをどこかに移動させちゃいますよ? 組織の人に引き渡しちゃいますよ?」
「…………」
「できればニクリはそんなことしたくないんです! だから開かずの間の中になにがあったのか、それを教えてください。そうしたらヨルムさんを解放します」
「開かずの間の……?」
なにか、おかしい。ニクリの要求はちょっと不自然に感じる。
秘密結社チーキスの目的は歴史の真実を暴くこと。だったら、私がキャロ・レイルーンだと認めた時点でもう開かずの間の中の話なんて必要ないはずだ。本当の歴史を知りたいなら、私に聞けばいいのだから。それでも開かずの間に拘るのは……何故?
開かずの間にあったフォルンの手記のことを安易に話すことはできない。だけどこのままだとヨルムが組織に引き渡されてしまう。どうすれば……。
私がそうやって迷っていると、
「キャロちゃんカリィヌちゃん、フォローお願いね」
「ロアイ――?」
バチンッ――!!
激しい紫電がまき散らされ、闇の空間を一瞬だけ照らし出す。そして次の瞬間には、ロアイがヨルムの後ろに回り込んでいた。
「わあ、さすが速いですね。でもそれはダメですよ――お?」
「ごめんヨルムくん!」
バチンッ――ドガッ!!
再び紫電が走り、今度はなにかにぶつかる重たい衝撃音が聞こえた。
「あの子無茶するわね!」
いち早く動いたのはカリィヌだった。
見ると、ニクリと私たちの間、部屋の中央にロアイと椅子に縛られたヨルムが倒れていた。ニクリが雷魔法で後ろから体当たりしたのだ。
カリィヌはすぐに二人に駆け寄り、火の魔法でヨルムの縄を切る。
ニクリは首を傾げながら、右手をスッと上げて3人に向ける。
「おかしいですね、ロアイさん連続で魔法使えたんですか?」
「させない――フラッシュ・フィールド!」
私は後ろから光のシールドを張って3人を守る――けど、それを見てニクリは魔法を使わず、そっと手を下ろした。私がシールドを張ったからというより、捕らえる気がなかったように見えた。
とにかく私もヨルムたちのもとに駆け寄って、カリィヌと一緒に2人を抱えて後ろに下がった。
「まったく! ロアイあなた、高速移動の魔法は連続で使えないんじゃなかったかしら!?」
「え、えへへ……ヨルムくんのおかげで感覚は掴めてたから、できるかなーって……」
「失敗したら捕まっていたのよ? ……でもお見事でしたわ」
「本当にありがとうロアイ。ヨルムも大丈夫――あぁ、いま口の縄を解く」
「ぐぅ……」
私は急いでヨルムの口元の縄を解いた。やっと解放されたヨルムは、ぐったりと苦しそうに肩を押さえ、うめき声をあげた。
「ニクリ! よくもヨルムをっ」
「えーっと、ニクリはヨルムさんのこと丁重に扱ってたんですけどね。でも困りました! これでは開かずの間の情報を持って帰れませんねぇ」
あまり困ってるように見えないんだけどな。でもいまなら聞き出せるかもしれない。
「どうしてそこまであの部屋に拘る?」
「あ、気になりますか? でもごめんなさい、それは秘密なんです!」
「……ほう。だったら、今度こそ力尽くで聞き出すとするか」
どうやらお仕置きが必要なようだった。私は魔力を練り上げていく。
するとさすがにニクリは慌てて、
「だ、だめですよー! ていうか、やめておいた方がいいと思いますよ?」
「どういう意味?」
「キャロおねえさま、いまこの部屋がどうして闇に包まれているのか、わかってませんよね?」
「それはニクリの――いや、違う?」
例えニクリが膨大な魔力を持っていたとしても、この辺りを闇で覆いつつロアイやカリィヌを捕らえておくなんて、さすがに無理だ。つまりこれは、
「協力者、組織の人間が近くにいる? しかも……まさか、魔術?」
「さっっっすがキャロおねえさまー! 完全な正解ではないですけどだいたい合ってます!」
「だいたいって……」
「辺りを覆ってる闇がニクリの魔法ではないというのはそうなんです。でもー……ニクリはこれを魔術とは呼びたくないんですよね。魔術は魔術でも、違うというか」
「呼びたくないだけで、魔術ではあるの?」
「うー、とにかく言えません! でもこの闇の発生源がわからない以上、下手なことはできませんよね?」
「…………」
悔しいけどニクリの言う通りだった。ニクリは微妙な言い方をしていたけど、これが魔術だとしたらその元を絶たないと再び闇で覆われてしまう。そうなれば魔力の無駄。そして辺りを見渡した感じ、どこに魔術が組まれているのかわからなかった。たぶん隠されてる。
もちろん、それでもなんとかする方法はある。それこそ、力尽くで。でも……いまはダメ。まだ、もう少し。ニクリと話がしたい。
「ニクリ、質問を変えるよ。秘密結社チーキスは、歴史の真実を暴いてどうするんだ? 国に、世界に公表するのか?」
「それはそうでしょうね。だってもしキャロ・レイルーンさまが魔王を倒したんだったら、フォルン・リカッドが手柄を奪ったって話になるじゃないですか。そんなのあり得なくないですか? リロ・レイルーンはずっとそのことを怒っていたそうです。つまりこれはチーキス一族の悲願なわけですよ」
「そう……ま、実際私も少し前まではフォルンのばかやろって思ってたよ」
「え? なんですか? なんて言ったんですか?」
ポツリと呟いた言葉は、ニクリには聞こえなかったようだ。
リロたちはずっと、私たちのために戦ってくれてたんだ。私が悔しがっているんじゃないかって。
でもだったらどうしてフォルンに直接問いたださなかったんだろう。手記にもチーキスのことはなにも書いてなかったし。接触していたら書き残していたと思う。
フォルンとレルネスの関係を知らなかった? 魔物により集落同士の連絡はほとんど絶たれていたから、二人の話が残っていなかったのかも。いや、それでも――。
わからない。リロと話がしたい。どんな想いだったのかちゃんと聞きたい。だけどもう、それはできない。だから、
「ニクリ。やっぱり君たちに話すことはできないよ」
「む~。いまの聞いてわかったと思いますが、基本的にチーキスはキャロおねえさまの味方なんですよ? それでもダメなんですか?」
「これだけの事件を起こしておいて? どっちにしろ、ダメだよ」
ニクリはがっくり肩を落としてため息をつく。
「はぁぁぁぁ~……ではニクリのミッションは失敗ということですね。とほほ……」
「あ、あぁ……しかし」
そんなことはないだろう、と言いかけて口を閉じる。
私が『キャロ・レイルーン』だと認めたことは、開かずの間以上の成果なはず。
やはり、開かずの間に拘る理由がなにかあるんだ。
ニクリはぶつぶつ言いながら何度かため息をついていたけど、突然バッと勢いよく顔を上げる。その顔は、いつもの――明るいニクリの笑顔だった。
「ミッションは失敗ですが、ニクリの目的は果たさせていただきますね!」
*
「は――? ニクリの目的を……果たす?」
「はいです!」
顔を上げて、元気よく笑顔で返事をするニクリ。私は思わず後ずさってしまう。
「秘密結社チーキスは開かずの間の中に歴史の真実があると考えていますが、ニクリはそんなのどうでもいいです!」
「ど、どうでも、いい?」
「ニクリの目的は一つです! キャロおねえさまが、本当に――ニクリが敬愛するキャロ・レイルーンさま、その人なのかどうか! それだけなのですから!」
「え――いや、えぇ?」
さすがに頭が混乱する。つまりニクリには組織とは別の思惑があって……それが、私がキャロ・レイルーンかどうか確認することだった? どうして? いやそれよりも――。
「もう認めたよ!?」
そう、すでに私はキャロ・レイルーンだと認めた。ニクリはすでに目的は果たしている。
「そうですね、でもその証拠ってありませんよね?」
「証拠? いや、そんなの……私自身が証拠っていうか」
「それじゃだめですよ。可能性は低いと思いますけど、話を合わせてそう言ってるだけかもしれません。そもそも魔王がいた時代のキャロ・レイルーンさまが現代にいることの方があり得ないんですから」
「む……むむむ」
言い返せなかった。400年前の人間ですよって話より、嘘をついている可能性の方が高いのはわかる。
魔王の力と私の全力の魔法がぶつかりあった結果、空間が歪んで時の彼方に飛ばされた――なんて、説明したところで誰が信じる? 再現だって不可能なのに。
「で、でも……ニクリ? 私のこと、信じてくれたんじゃなかったの?」
「信じています。でもニクリとしても確証が欲しいんですよ。言葉だけじゃなく、疑いようのない真実をこの目にしたい。なので……いまからニクリは奥の手を使います」
そう言ってニクリは両手を前に合わせる。彼女の周りだけ、闇が濃くなったように見える。
「キャロおねえさま、知っていますか? 闇属性魔法って魔物を捕らえておくことができるんです」
「魔物を? そんなことができるの?」
「キャロ、勉強不足ですわ。闇属性の性質の一つよ」
「だってカリィヌ、そんなこと…………むう」
確かに私は闇属性魔法に詳しくない。当時もあまり知る人は少なかったと思う。でも400年も時間があれば誰かが研究し解明する。その現代の知識を学んだカリィヌの方が詳しいのはおかしなことじゃない。ていうか私だって勉強すれば知ることができたわけで……まさに勉強不足。そこを指摘されたのは悔しい。
「下級魔物を闇の中に捕らえる魔法は確かに存在するわ。ですが使い手は少なく、捕らえておくのにも膨大な魔力が必要。そして彼女は……」
カリィヌはそこで言葉を濁した。でも言いたいことは伝わった。
部屋の闇は魔術だとしても、ニクリはカリィヌとロアイを魔法で拘束していた。特にカリィヌの魔力はかなり高い方だ。それを無力化できるだけの魔力を持っているということ。
妹のリロが普通に育っていればきっと私と同じくらいの魔力量になっていたはず。そしてニクリはその血を引き継いできた。もしかしたら同等の魔力を持っているのかも。
ニクリは合わせていた手を大きく広げる。
「ふふ、これは組織の本部にも内緒にしてるんです。いでよ――ヘル・ダークウルフ!」
「なっ――!?」
ドゴォォォッ――――ガラガラガラ!
中央に巨大な闇の球体が浮かび、その中から――漆黒の巨体を持つ狼型魔物が姿を現す。それは部屋に収まりきる大きさじゃなかった。闇に覆われていて見えないけど、魔物の巨体が建物の天井や壁を崩している。凄い音と共に瓦礫が落下してきて、私たちは身を寄せ合った。
魔物の瞳は青白い炎を宿し、口元に赤い炎をくゆらせる。間違いない、ダークウルフの群れのボス、ヘル・ダークウルフだ。
「ほ、本物、なの?」
「上級魔物ですわよ……あり得ないわ!」
ロアイとカリィヌが震えながら後ろに下がる。無理もない、この平和な時代にこんな巨大な魔物と対峙する機会は冒険者でもなかなかない。学生なら皆無のはず。
「キャロおねえさま! このヘル・ダークウルフを倒してください! キャロ・レイルーンさま本人なら倒せるはずですよ!」
「そういうこと……!」
こんな感じで試されるのは癪だけど――いいよ、ぶっとばしてあげる!
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