4「目を背けていたから」


「わあ、びっくりしました! キャロおねえさまでもそんな大きな声を出すんですね!」

「むぐっ……」


 そりゃそうだよ。リロが結婚なんて聞いたら叫びたくもなるよ。

 あれから400年経っている。リロが結婚していたっておかしくない。おかしくないけど……私の中では5つも下の、まだ魔法もロクに使えない子供なのだ。それが2、3年会ってないだけで結婚しましたなんて言われても頭の中の整理がつかない! あの可愛らしいリロが! どこぞの誰ともわからぬ男と――いやフランドルたちの息子だけど――結婚とか!

 400年経っていることを忘れたことはない。みんなもういないことはわかっているし、納得もしていた。なのに、結婚したと聞いただけでこんなにも自分が取り乱すとは思わなかった。

 でも仕方なくない? だって結婚だよ? そんなの考えたこと――。


(――ああ……そっか、からだ)


 私は考えないようにしていたんだ。家族のみんなが、その後どうしたか、なんて。恐くて、目を逸らしていた。

 なにもわかってなんていなかった。納得もしていなかった。ただ見ないようにしていただけなんだ。


 いま思えば、昨日見たリロの夢はその警告だったのかもしれない。目を逸らし続けていることに、向き合う時が来たんだって。


「……続きを聞かせて欲しい、ニクリ。リロたちの目的はなんだったんだ?」

「もちろん歴史の真実を暴くことです」

「え……?」

「組織の創立者リロ・レイルーンは言いました。魔王が封印されたその日、遠くの地で強烈な光の柱が立ち上るのを見たと。それは紛れもなく、姉のキャロ・レイルーンさまの魔法だったと。……当時、リロは思ったそうです。魔王を倒したのは自分の姉。姉が世界を救った英雄なのだと。だけど、外から伝え聞いたのは、まったく別の聞いたこともない冒険者が魔王を封印したという話しでした」

「……リロ……」


 私たちが生まれ育った集落は魔王城からかなり離れていた。私の最後の魔法が本当に見えたのかはわからない。でもリロは私の妹。なにかを感じ取ったのかも。私のすべての魔力を込めた、あの魔法を。


「当時リロ・レイルーンは7歳だったので調べる力もありませんでした。数年間集落で魔法を鍛え、成長した彼女は旅に出ます。そしてフランドル・チーキスの住んでいた集落を突き止めるのです」

「フランドルの……そうか、そこでユルド・チーキスと出会った、と」

「はい。そこでも色々あったみたいですけどね。ユルド・チーキスと目的を共にすることができました。でもリカッドリアはすでに大きな国になっていて、自分たちだけで真実を調べることは不可能だと感じ、組織を作ることにしたそうです。最初はチーキス商会という名で流通の仕事をしながら情報を集めていたようですね」

「…………」


 今度は声を出さなかった。顔にも出ていない。いつものクールを装うことができた。

 でもこんな状況じゃなかったらぶっ倒れていた。

 ごめん、リロ……私のかわいいリロ。私のせいでなんて重たいものを背負わせてしまったんだろう。

 ユルド。さっきはどこの誰ともわからぬ男とか思ってごめん。フランドルとユースの息子ならなにも文句ないよ。むしろ君でよかった。リロのこと、ありがとう。


「結局リロ・レイルーンとユルド・チーキスは自分たちの意志を次代に託すことになりました。その意志と血は脈々と受け継がれ、いまこうして私ニクリがいます」

「そっか……ん? ニクリ、が?」

「ニクリ・キリースは仮の名前。本当の名はニクリ・チーキス。隠し名にレイルーンです」

「し、子孫ってこと!?」

「はい。ニクリはチーキス本家の末妹なのです。実は二つ歳を多く偽って学園に通ってるんですよ」

「……!? 年下ってこと?」


 確かに幼い印象はあったけど、まさか本当に年下だったなんて。


「一族の中でニクリが一番キャロおねえさまに歳が近かったので」

「ちょ、ちょっと待って。つまり私はすでに秘密結社チーキスにマークされてた?」

「そういうことです。キャロという名前は代々伝えられてきましたからね。同じ名前のその人が、自分が古代人だなんて言ってたら、チーキスとしてはマークしないわけにいきません」

「……うぅ」


 その通りだった。でもそんな組織があるなんて思わなかったんだから、仕方が無いじゃないか。


 当時、記憶を取り戻した後、私はもう帰れないみんなと会えないんだと、少し自棄になっていた。長かった髪もこの時ばっさり切ってしまった。

 だけどそれくらいで済んだのは優しいテンリ家の両親のおかげだった。本当の娘のようにとてもよくしてくれた。だから私はこのままキャロ・テンリとして生きていく覚悟を決めることができた。

 でもそれは、キャロ・レイルーンが消えてしまうということでもある。

 キャロ・テンリになることはできても、それは受け入れられなかった。

 おかしな話だとわかってる。中途半端という自覚もある。それでも……。

 だからせめて、この理不尽に少しでも抗いたくて、古代人だと言いふらしたのだ。誰も信じなくていい、でも私は真実を言っているんだぞと、心の中で叫びながら。


 ――ヨルムと出会うまで、ずっと。

 彼と出会ってからは、その意味合いが変わった。



「ではキャロおねえさま。改めてお伺いします。あなたは魔王がいた時代に生きた古代人、キャロ・レイルーンさまその人である。間違いありませんか?」

「…………」

「あらら、だんまりですか? ここまで話してそれはなくないですか?」


 フランドルのこと。その息子ユルドのこと。そしてリロのこと。それは400年間伝え続けてきたチーキスでなければ知り得ない名前だ。

 それを私が知っている時点で、いまさらとぼけるのは無理がある。

 わかってるけど、それでも躊躇ってしまう。本当にここで認めてしまっていいのか。

 秘密結社チーキスは歴史の真実までは知らない。私が魔王を倒したという確証は持っていない。

 もし、私がキャロ・レイルーンだと認めたら。真実を話してしまったら、いったいどうなる? きっとヨルムも同じことを考えて、じっと黙っているんだ。


「うーん、まさかここで黙られちゃうとは思いませんでした。でもキャロおねえさま、このままだとここから出られませんよ? 特にヨルムさんは渡せません」

「え……? いや、でも私の魔法なら」

「キャロおねえさまはニクリの闇属性魔法が光属性に弱いと思ってますよね? でも違うんです。有効であり弱点である。深い闇は、時に光を閉じ込める。いまここは、光の届かない深い深い闇に覆われているんです」

「――!」


 有効であり弱点。つまり、私がニクリの魔法を解除してしまうように、ニクリも私の魔法を封じることができるということ。そういえばここに入る前、思うように辺りを照らせなかった。あれはそういうことだったの?

 私は闇属性の魔力に詳しくない。リロがそうだったんだけどちゃんと魔法を使えるようになる前に私は旅立ってしまった。旅先でも闇属性の持ち主には出会わなかったから、そんな特性があるなんて全然知らなかった。


「安心して下さい、ヨルムさんには開かずの間のことを聞き出さないといけないので丁重に扱いますから。その代わり、人質を用意してます」

「か、代わりに人質?」

「はい、ニクリの本意ではないんですけどね。チーキスのためです」


 そう言ってニクリがパチンと指を鳴らすと、左右の壁――闇に包まれていた――から、黒い球体がぬっと突き出た。そして上半分が溶けるようにして消えていき、中が見えるようになる。そこにいたのは、


「ロアイ! カリィヌも!?」

「キャロちゃん!」

「くっ……屈辱よ。連絡を聞いてすぐに駆けつけたのに、こんな……」


 二人とも身体を黒い煙のようなもや、おそらくニクリの闇魔法で縛られていて身動きが取れないみたいだ。ロアイはもがき、カリィヌは歯を食いしばってニクリを睨み付けている。


「カリィヌさんすごーく慎重だったんですけどねー。火の魔力では私の闇を照らすことはできないのです。ロアイさんの雷も同じですよ」

「……ニクリ……君は……」

「さあ、キャロおねえさま。早く答えてください。ちなみに、これまでの会話は二人にも聞こえるようにしてました。だから遠慮無く、正直に、どうぞ」

「…………」


 正面には椅子に縛られたヨルム。心配そうな顔でこっちを見ている。

 左右には捕らわれたロアイとカリィヌ。私とニクリの会話を聞いていたのなら、すべてではないけどだいたいのことは知ってしまっただろう。


(二人にはちゃんと話したかったのに……)



「キャロおねえさま? どうしました、早くしてください。でないと――」


 私は手を差し伸べるように、右腕を前に伸ばす。


「――ペネトレイト・レイ」


 ピンッ――……。


 手のひらを中心に、糸のように細い光の筋が左右水平に走る。


 バキンッ!


 光はカリィヌたちを捕えている黒い球体に突き刺さり、闇はガラスのように粉々に砕け散った。

 光の届かない闇? そんなもの――より強い光で照らせばいいだけ!


「わぁ……」


「ニクリ、認めるよ。私は400年前に生きた古代人。『キャロ・レイルーン』だ」


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