2「不審な組織」


 秘密結社チーキス。

 ガレッドの話によれば、住居や施設に無断で侵入、場合によってはそこで窃盗、なにかを調べているようだけど目的は不明で不審と言われて当然の組織。かなり古くからあるみたいだけど、破壊や傷害など目立つ事件は起こしていないため、冒険者ギルドも国もあまり踏み込んだ調査はしていないらしい。規模はもちろん構成員もわかっていないとか。

 怪しい組織だけど実害が少ないから見逃すって、さすがにちょっといい加減じゃない? 規模すら把握してないのはあり得ないっていうか不自然に感じる。それだけこの組織が上手く立ち回っているってことかもしれないけど。

 とにかく、そんな組織だから人さらいなんてのはあまり結びつかない、というのが冒険者たちの意見だった。確かに話だけ聞けばそんな印象になる。ガレッドが疑っているのもまだ勘の段階で根拠があるわけじゃないし。


 だけど私はこの組織を無視することができない。

 ――フランドル・。かつての仲間の名前と同じだなんて!


 もちろん偶然だと思う。たまたま名前が被っただけの可能性が高い。

 ガレッドから名前を聞いて思わず素の声をあげてしまった時も、


「む、昔の知人に同じ名前の人がいたような気がして!」

「ふぅん、もしそうならその人はかわいそうだが、そこまで名の広まった組織でもないから心配すんな」


 と、簡単に誤魔化すことができた。きっと普通に同じ名前の人はいるんだと思う。

 だから無関係。偶然に決まってる。でも、


「……タイミング良すぎなんだよなぁ」


 開かずの間でフォルンの手記を読んだその翌日にチーキスを名乗る謎の組織の話を聞くなんて。すごくもやもやする。嫌な予感が消えない。


 とりあえずガレッドには秘密結社チーキスの調査もお願いして、私は情報が集まるのを待つ間、組織が起こした事件の記録を見せてもらった。なにか手がかりがあるんじゃないかと思ったけど、これが大当たり。疑念を深める結果となった。


「封印の地に無断で入ってる……」


 過去に何度か封印の地で兵士に見つかり捕まっている。たびたびある侵入者の目撃例も彼らではないかと疑われていた。

 もちろん城の門からは入っていないはず。フォスト王子が言っていたように封印の地の外壁から入り込んでいるんだ。ただ開かずの間に入れない以上、被害はゼロ。何度入られても対策も警戒もしていない。

 つまり、昨日あの場に私たち以外の誰かがいたとしてもおかしくないってことだ。


 秘密結社チーキス……俄然、怪しくなってきた。



「キャロ、ヨルムの目撃情報が入ったぞ」

「え――本当ですか!」

「トゥエン家からの情報提供だ。ツテがあるって言うからこっちから連絡してたんだよ」


 カリィヌが家の人を使って探してくれていると言っていた。そのこともガレッドに伝えておいたから、上手く連携してくれたようだ。


「で、目撃情報だが、今朝ヨルムが誰かと一緒に街の西側を歩いているのを見たそうだ」


 学園は街の東側に位置している。西にいる時点で学園には向かっていない。


「ガレッドさん、その誰かとは? 容姿の特徴はわかりますか」

「それがな、と言ってるんだ」

「よく、見えなかった?」

「誰かと歩いていたのは覚えているけど、どんな人かと言われると思い出せないらしい」

「…………」

「俺はこれから西側を探しに行く。キャロはどうする?」

「私も行きます」


 嫌な予感がどんどん大きくなっていく。これ以上待ってられない、同行するに決まってる!


 私は出発前に、冒険者の人にトゥエン家へ連絡をお願いした。

 目撃情報を頼りに西側を探しに行くと。時間的にいまちょうど授業が終わった頃だし、上手くいけば合流できるかもしれない。

 そうして出発しようとしたところで、


「ぼ、冒険者ギルドってここですよねー!? キャロちゃんいる?」

「ロアイ!」


 息を切らせてロアイがギルドに飛び込んできた。学園が終わって間もないのにもう到着したということは、魔法を駆使して文字通り飛んできてくれたんだ。


「カリィヌちゃんから、これ、預かってきたの。読んで」


 そう言って一枚の書面を手渡される。


「これは……学園の……? あっ――!」


 疑念が、確信に変わる。

 私は今度こそ、冒険者ギルドを飛び出した。



               *



「ロアイさん、かなり魔力を使ったんじゃない? 無理をしない方が」

「平気だよ! ていうか置いて行くなんてやめてね。わたしもヨルムくんを助けたいんだから!」

「……そうだね。わかった、一緒に行こう」


 冒険者ギルドを飛び出して、私とロアイ、冒険者のガレッドの三人で街の西側に急ぐ。


「んで、キャロよ。ヨルムを攫った犯人に心当たりがあるのか?」

「それは……まだ、確証はありません。でもやはり、秘密結社チーキスは絡んでいると思っています」


 犯人、本当は確信しているけど歯切れの悪い返事しかできなかった。

 秘密結社チーキスのことも、私たちが封印の地に入ったことと関係しているかもしれないから、なんてもっと言うことができない。

 そしてなにより、その二つが結びつかない。犯人と組織に接点があるとは思えなかった。


「すみませんガレッドさん。はっきり言うことができなくて」

「まぁいいさ。俺も勘で動いてるところあるからな」

「ガレッドさんは秘密結社チーキスのどういうところに引っかかっていますか?」

「そうだなぁ……。あの組織は相当古くてな、冒険者ギルドと同じくらい古いんだ。それなのにこれだけ謎に包まれている。長年ギルドにいるとそれが不自然に見えてくるんだ。目立ったことはしていないというが……そんな謎だらけの組織、裏じゃどうなのかわかんねぇ。理由のわからない不自然な事件の裏には奴らが絡んでるんじゃないかって思ってる」

「まさに今回の事件がそう、ということですね。組織が冒険者ギルドと同じくらい古いってことは……」

「ああ、400年前のフォルン王時代から存在しているんじゃないかって噂だ」

「……!! 名前も、ずっとそのままですか?」

「いや、昔は秘密結社じゃなかったらしい。商会とか協会とか世界ギルドとか名乗ってたみたいだ。ただチーキスという名前はそのままだな」

「チーキス……」

「そういや、同じ名前の知り合いがいるんだったか?」

「……ええ、古い知人の名前です。もういませんが」


 フォルンの時代から存在する組織。チーキスの名前。

 もう、無関係とは思えなかった。となると……。



「おっと、目撃情報があったのはこの辺りだ」


 私たちは足を止めて、周囲を見渡す。

 この辺りは民家が多い。大通りには小さな出店がいくつか並んでいて、夕方のこの時間は子供が物欲しそうな目で駆け回っていた。

 明るく活気のある風景だけど、建物と建物間の小さな路地は薄暗い。ヨルムが攫われたというのもあるだろうけど、少々不気味に見えてしまう。特に、あそこの路地なんてもう真っ暗だ。


「真っ暗……?」


 日が落ち始めているとはいえ、あそこまで暗くなるだろうか? 民家の明かりもあるのに。


「ガレッドさん、あそこの路地に入ってみましょう」

「ん? ……おい、やけに暗いな」

「夜みたいに真っ暗だよ、あそこ」

「私の魔法で照らせば大丈夫です」

「光魔法か……よし、行ってみるか」


 私たちは頷き合い、その路地に入り込む。私はすぐに魔法を使い周囲を照らした。

 路地そのものは他の路地と変わりない。人が二人並んで通れる程度の細い道だ。ただ、とにかく暗い。私の魔法でも奥まで見通せなかった。……やっぱりおかしい。


「二人とも慎重に……え?」


 前を歩いていたガレッドが見えなくなった。慌てて振り返るとロアイもいない。


「うそでしょ……!」


 私は魔力を高め、広く照らせるように強い魔法を使った。

 だけど照らせたのは自分の周囲だけ、少し広がったものの思ったほどの明るさにならない。ガレッドとロアイの姿を照らし出すことはできなかった。

 ただ少し先にある石造りの大きな建物の扉だけが、私の魔法とは関係無くぼんやりと浮かんで見える。


「これ、完全に誘われてるやつ……でも」


 行くしかない。私は扉の前に立ち、建物を見上げる。

 石造りの壁に、木製の扉。二階建てのようだけど、一階部分が他より高い気がする。見たところかなり古い建物で、いまはもうあまり使われていないように思えた。

 私はその木の扉をゆっくりと開く。


「うっ……むぐっ!」

「――ヨルム!」


 冷たい石の床のだだっ広い部屋、奥に椅子に縛り付けられたヨルムがいた。口も縄を咥えさせられて声を出せないようにしてある。

 そしてそんなヨルムの横には、



「びっくりしましたよー、こんなに早く見付けられちゃうとは思わなかったです。さすがですね! !」


「――!」



 ニクリ・キリースが、いつもの可愛らしい笑顔で立っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る