第4章 レイルーン

1「彼の行方」


 その夜。私、キャロ・テンリは夢を見た。


 妹のリロが出てくる夢だった。暗闇の中、泣きじゃくる彼女をただ見ているだけ。

 声をかけたいのに声が出ない。手を伸ばしたくても近付けない。


「キャロおねえちゃんはすごいけど、でも、ぐすっ、あぶないよ」


 あの時の台詞だ。泣いて私を引き留めようとした時の……。

 さっき封印の地でヨルムに昔の話をしたからだろうか。フォルンの手記を読んだからだろうか。

 だからこんな夢を見ているのかな。


「おねえちゃん! ぜったいだよ、ぜったい帰って来てね」


 あぁ……私は、約束を守れなかった。

 帰ることができなかった。

 リロ、ごめんなさい。リロ、リロ……。


「キャロおねえちゃんはすごい人だよ。光の魔法はすごく強いし、魔力もたくさん持ってる。でもね、気を付けてね? キャロおねえちゃんはひとりじゃないんだから」


 ……え?


「大事な人のこと、守ってあげてね」


 なに、これ……。リロは、そんなこと言ってない。


「キャロおねえちゃん、わたしはずっとずっと、おねえちゃんのことが大好きだよ」


 リロがスーッと遠のいていく。ううん、私が上に引っ張られている。覚醒が近いのがわかる。

 待って、リロ。お願い、もう少しだけ――。




「リロ――!」


 私はベッドから飛び起きた。びっしょり汗をかいていた。


「……リロ、私も……大好きだよ」



               *



 封印の地に入った翌日、私は授業の合間の休み時間にロアイを連れてカリィヌのクラスを訪ねていた。


「あら? キャロがわたくしの教室に来るなんて珍しいわね」

「実はヨルムが学園に来ていないんだ」

「休みってことですの?」

「そうだと思うけど、昨日の今日だからね。少し心配なんだ」

「確かにタイミングがよろしくないわね……」

「昨日解散するときは元気そうだったのにね。色々あって疲れちゃったのかな」

「うん、それならいいんだけど」


 あんな夢を見てしまったからというのもあるけれど、どうにも嫌な予感が拭えなかった。ただの体調不良ならいいんだけど、あのヨルムがこのタイミングで休むかな? 心配させまいと這ってでも学園に来そうなのに。それもできない程体調悪いのならそれはそれで心配だ。


「わかりましたわ。わたくしがヨルムの家に使いを出します。昼休みにはわかるでしょう」

「ありがとう、カリィヌ」

「じゃあ昼休みにいつものところに集合だね」


 カリィヌにお礼を言い、私たちは一旦解散する。

 ちなみに廊下ですれ違ったフォスト王子一行はいつもと変わらない様子だった。さすがにアプローチはかけてこなかったけど。眠そうな顔をしてたから、一晩中スザンの本を読んでいたのかもしれない。



 そして昼休み。私が急いで教室を出ると、


「キャロおねえさまー!」


 ニクリ・キリースが腰に抱きついてきた。


「ニ、ニクリ。ちょっと痛かったよ」

「わ、ごめんなさい! キャロおねえさまに会えたのが嬉しくって。えへへ……」


 相変わらず可愛らしいなぁこの子。ニクリを見ていると妹を思い出す。それもあって、どんなに急いでても邪険に扱うことができないんだよね。私はそっと頭を撫でた。


「ニクリ、今日はその……」

「キャロおねえさま、良ければ二人でお昼食べませんか?」

「うっ……」


 困った、どうしてこのタイミングで……。でも今日はどうしてもダメだ。


「……ごめん、ニクリ。今日は先約があるんだ」

「がーん! そうなんですかぁ……残念です」


 肩をガクッと落としてしょんぼりするニクリ。心が痛い。


「本当にごめん。それじゃ、急いでるから」


 私はニクリをその場に残して、いつもの隠し部屋に向かう。

 ――が、私はすぐに足を止めて振り返った。


「ニクリ?」

「はい? なんでしょうー?」

「……近いうちに埋め合わせするから。必ず」

「わぁ! はい! 約束ですよ!」


 飛び跳ねながら手を振るニクリ。元気になってくれてよかった。


「うん。いつものニクリだ」


 私は今度こそ背を向けて、隠し部屋に急いだ。



               *



「結論から言うわよ。ヨルムは家にいませんわ。ご両親は学園に向かうヨルムを見送ったそうよ」

「…………」


 いつもの隠し部屋に集まり、カリィヌから報告を受けた。

 嫌な予感が的中しちゃったことになる。つまりヨルムは行方不明だ。

 ロアイが座っていた椅子から慌てて立ち上がる。


「まってまって! どういうこと? ヨルムくんどこに行っちゃったの?」

「いまのところ手掛かりがないわね。とりあえず手の空いている者に探させているわ」

「おぉ、さすがカリィヌちゃん。こういう時頼りになるよね」

「お、お世辞はいりませんわ!」

「いや、ロアイの言う通りだよ。カリィヌ、本当にありがとう」

「キャロまで――」


「……はぁ……ヨルム、いったいどこに……」


 私がため息をついて名前を呟くと、カリィヌは言いかけた言葉を切って目を逸らした。


 ヨルムは朝家を出て、そこから行方がわからなくなっている。学園に向かったのも両親が見ているから間違いない。途中でなにかトラブルに巻き込まれた? それとも……?


「ねぇキャロちゃん、カリィヌちゃん。やっぱり昨日のことと関係あるのかな? もしかしてバレてたとか?」

「どうかしら。わたくしも気になって先ほどフォスト王子と会話してみたけど、いつもと変わりなかったわ。眠たそうなこと以外は」

「それはスザンの本を読んでたからだろうねー。わたしなら学園休んで読んだかも」

「私もさっきすれ違ったけどカリィヌと同じ印象だったよ。ヨルムの件にフォスト王子は絡んでなさそうだ。しかしだからと言って、王家が無関係とも限らない」

「キャロの言う通りですわ。フォスト王子が知らされていないだけというのもあり得ます。……それを本人に話すと面倒だから、ゲインにそれとなく聞いてみましょう」

「賛成! ゲインくんならなにか知ってるかも」


 もし昨日のことが王家にバレているのなら、開かずの間に入ったヨルムを放っておくわけがない。それで城に捕らえられているのなら、ゲインがその動きに気付いている可能性はある。

 ただ、その場合私も一緒に捕らえるはずだよね? なんでヨルムだけなの? そこがどうにも引っ掛かった。


「だめだ、これ以上は手掛かりが足りない。できることをしよう。カリィヌはゲインに接触を頼む。ロアイもそれに同行して欲しい」

「わかった。キャロちゃんは?」

「私はこのあと早退する」

「えぇ!? 街に探しに出るってこと?」

「この件に王家が関わっているかはまだわからない。別の線も考えるべきだと思う。街の捜索もするべきだ」

「それはその通りですわね。でも首都レーゼンは広いわよ。当てはあるの?」

「ないこともない、かな。冒険者ギルドに行ってみるよ」


 頼っていいものか迷うところだけど、いまはできることをなんでもするべき時だった。



               *



 昼休みに隠し部屋で話し合った後、私はすぐに学園を早退した。偶然すれ違ったレイル先生に「体調不良で早退します」と伝えてなにか聞かれる前に足早に立ち去る。先生はあたふたしていたけど関係ない。嘘だってバレたっていい。それにあの人には先日の貸しがあるから、負い目を感じてるならなんとかしてくれるでしょ。


 学園を出てすぐ、街の中心部にある冒険者ギルドを訪ねる。古いが大きな建物だ。補修や増築のあとが見られる。中に入るといくつもテーブルが並ぶ飲食店のような広間。奥にカウンターがある。その上に大きな地図があり、よく見るとそれは古代の地図だった。魔王が世界を破壊する前の物で、現物を見るのは私も初めてだ。


「いらっしゃい。あら、学生さんね。まだ授業の時間じゃないの?」


 受付の前で地図を見上げていると、綺麗な青髪のお姉さんが話しかけてくれた。腕を組み、口元に笑みを浮かべているけど、まるで品定めするように私を見ている。さすがギルドの受付嬢。……ていうかそもそもあまり学生が来る場所ではないし、授業を抜け出してきているのだから不審な目で見られるのは当然だった。


「急ぎの用事なんです。ここにガレッドさんはいますか?」

「ガレッド? あいつの客なの? なにしたのよ彼」

「え? ガレッドさんがどうこうじゃなくて、お願いしたいことがあってきたんです。その、本当に急ぎで」

「冗談よ。ガレッドなら夜警の依頼から帰ってきて休憩室で寝てるわ。――ねぇ、ガレッド起こしてきてくれる? 女の子のお客さんが来てるわって!」


 お姉さんが受付の奥に声をかけると、はーいという返事が返ってきた。


「お茶入れてあげるから、そこに座って」

「は、はい。ありがとうございます」


 私は言われた通り、受付そばのテーブル席に腰掛けた。でも落ち着かない。なんでこんな時にガレッドは寝ているんだ早く起きてこいと理不尽なことを考えてしまう。そんな風にそわそわと待っていると、受付のお姉さんがカップを二つ持ってやって来た。


「はいどうぞ。紅茶でよかった?」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 カップを受け取ると、お姉さんが正面に座る。もう一つのカップはガレッドのためじゃなかった。


「私の名前はジュリ。ここの受付をやってるの」

「申し遅れました。私はキャロ・テンリと言います」

「キャロちゃんね、礼儀正しい子は好きよ。それで? ガレッドとはどこで知り合ったの?」

「えっと……言っていいのかな。実は――」


 私は先日の森でのことを話した。彼が討ち漏らしたダークウルフに襲われ、倒したこと。


「あぁ~それチラッと聞いたわ。ごめんなさいね、迷惑かけちゃって」

「いえ……」

「襲われたのは運が悪かったけど、ガレッドと知り合えたのはラッキーね」

「ラッキー、ですか?」

「彼、だらしなくて頼りなく見えるけど、冒険者の間では結構人望があってね。このギルドの顔役みたいなことをしてるわ」

「そうなんですか?」

「見たところ、なにか困りごとがあるんでしょ? きっとガレッドなら力になると思う。もちろん冒険者ギルドも。だから、安心して」


 その言葉を聞いて、私の視界がすっと開けた感じがした。

 自分がいかに焦り、視野が狭くなっていたのか……ようやく気付けた。


「あ……ありがとうございます、ジュリさん」

「ふふ、よかった。あなたずっと不安そうな顔してたから」


 そんなに顔に出ていたかな。……出ていたんだろうね。ヨルムのことが心配でたまらなくて。

 私は紅茶を飲んで一息つく。落ち着こう。ちゃんと頭を回さなきゃ。


「……この紅茶、美味しいです」

「でしょ? 私のお気に入りなの」


 ジュリさんとそんな話をしていると、ようやく奥の部屋からガレッドが出てきた。


「おう……もしかしてと思ったが、やっぱりあの時の嬢ちゃんか。どした、今日は一人か」

「はい。実は、ガレッドさんのお力を借りたくて」

「あー、ていうかジュリ、ちゃんと説明したのか?」

「してないわよ。必要だった?」

「ったく……。まぁいい。こないだのアレじゃ礼は足りないと思っていたしな」

「礼? ……あ、依頼料!」


 しまった、失念していた。冒険者ギルドに頼むなら当然お金が必要だ。持ち合わせなんてそんなにないのに。カリィヌと来ればよかった。

 あぁ判断ミスった。ここにも焦りが出ている。


「キャロ、気にすんな。学生から金取ろうなんて思ってねぇよ。つーか緊急なんだろ? 早く詳しい話を聞かせろ」

「でも……いえ、ありがとうございます」


 お金のことはなんとかするべきだけど、それは後でもいい。話を聞いてくれると言っているんだから頼るべきだ。


「実は、こないだ一緒にいたヨルムの行方が朝からわからなくなっています。両親はちゃんと見送ったそうなのですが、学園に来ていなくて」

「――なに? おいキャロ、わかってること全部話すんだ。ジュリは話の記録を頼む。暇してるヤツらを動かすぞ」

「任せて。もう書いてるから」


 ジュリさんの言う通り、ガレッドはとても力になってくれた。

 すぐにギルド内にいた冒険者を掻き集め、情報を共有、聞き込みの手配をした。依頼料の話はしていないのにみんなすぐに動いてくれる。私はその光景に泣きそうになってしまったけどそれは心の中だけにして、冷静な表情を保つ。普段クールぶってる成果がこんなところで出た。


 冒険者の手配が終わると、ガレッドは私の正面に座る。


「俺もすぐに出るが……キャロ、一つ話しておくことがある」

「なんでしょう」

「冒険者の仕事は主に街の困った人の助けや、街の警護、付近の魔物の討伐が多い。それに次いで、不審者の調査というのもあるんだ」

「不審者……ですか?」

「学生は知らないだろうけどな。この街には不審な行動を取っているがあるんだ」

「秘密結社!? ……まさか、そこにヨルムが?」

「早まるな。不審な組織ではあるが、これまで人さらいをしたって話は聞いたことがない。人の家や施設に忍び込んだり、盗みが多い。だから関係は薄いと思うんだが……ヤツらの目的がわからなくてな。だから不審者なんだが、なにを考えてるかわからん」

「人さらいも、やりかねないということですか?」

「さっきも言った通り、いままでそんな話はない。可能性は薄いだろう。だからこれは俺の勘だ。ヤツらが絡んでるんじゃないかってな。あとはギルド連中がいま集めてる情報次第だ」

「そうですか……。ちなみに、その秘密結社の名前は?」

「んーそれはなぁ……ま、ちょっと調べればわかることだからいいか。名前は、秘密結社だ」

「チーキスって――は? !? なんで!?」


 フランドル・チーキス。かつての仲間の名前が、不審な組織に使われていた。


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