3「キャロの追憶」
私、キャロ・レイルーンは魔王城から遠く離れた、名も無き北東の集落で生まれ育った。
生まれつき魔力が高く、しかも魔物に有効なダメージを与えられる光属性を持っていたため、幼い頃から魔物襲撃の防衛に参加。10歳になる頃には小規模の襲撃を一人で迎撃できるほどになっていた。
集落同士は魔物に分断されてしまっていたが、それでも噂は広がっていたようだ。魔王討伐の仲間を探していた青年の冒険者が私の前に現れる。そして、
「君のその力は魔王を倒す力だ。僕の名はレルネス・クローゼン。一緒に冒険者になってくれないか? 君のことは必ず守り抜く。共に魔王を倒そう」
スカウトされた。私は戸惑ってしまい、すぐに返事ができなかった。
冒険者レルネス・クローゼンは風の魔力の持ち主で、魔力で武器を作り出し、その武器を振るうことで魔法を放つという変わった魔法の使い手だった。
最初はなんて非効率なと思ったが、これがなかなか侮れない。武器にはちゃんと硬度があり、攻撃を受けたり魔物を切りつけたりすることができる。そして例えば剣ならば突きや斬撃で発動する魔法が変化する。攻防一体、変幻自在のスタイルはどんな魔物にも柔軟に対応することができた。
私はすぐに彼を尊敬するようになり、一緒に旅に出たいと思うようになった。ただ集落のことが心配だった。私がいなくて、襲撃から身を守れるのか。
だけどそれは余計な心配だった。集落のみんなは快く私を送り出してくれた。父さんと母さんも。ただ妹のリロだけはずっと泣いて反対していた。
「キャロおねえちゃんはすごいけど、でも、ぐすっ、あぶないよ」
「リロ……。心配してくれてありがとう。でもね、魔物はだんだん増えてる。このままじゃ」
「そんなのわかってるよう。だけど、おねえちゃんじゃなくってもいいのに」
「……だめだよ、そんなの。私は決めたんだ。みんなが危険な目に合わないように。リロが戦わなくて済むように。魔王を倒すんだって」
「うぅ……おねぇちゃん……うわぁぁぁぁん」
「リロ……!」
泣いて泣いて泣いて、私も一緒になって夜通し泣いて、明け方にようやく納得してくれた。
集落のみんなもいつかこんな日が来ると思っていたらしい。キャロは魔王を倒すために旅立つと。そして本当に魔王を倒して、魔物の襲撃に怯える日々を終わらせてくれると。
私はその期待に応えたいと思った。魔王を倒して、必ず生きて帰ろう。
「おねえちゃん! ぜったいだよ、ぜったい帰って来てね」
「うん、約束する。私は魔王を倒して、ここに帰って来る。待っててね、リロ」
リロとの約束のためにも。必ず……。
レルネスは他に二人の仲間候補がいて、魔王城に行く前にその二人がいる集落に迎えに行った。それがフランドル・チーキスという男と、その人と結婚しているユース・エルテリスだった。二人の間には生まれて一年しか経っていない子供がいた。そんな二人を旅に誘うのかと驚いたけど、それは二人の希望なんだと言う。フランドルもユースも、子供が平和に暮らせる世界にするために。自分たちで魔王を倒すと決意したのだ。
私は感動した。二人と一緒に戦えることを光栄に思った。
「光の魔力なんだってな。俺が壁になって攻撃を全部防いでやる。だからバシバシ魔物を倒してくれよな!」
フランドルは土属性魔法の使い手。自ら魔法を纏い、みんなの壁になってくれる。頼れる背中の兄貴分。
「キャロちゃん可愛いわね! 妹の小さい頃を思い出すわ」
ユースは水属性魔法。攻撃と回復、そしてちょっとだけ予知の力が使えた。魔法を使う際に未来が見えることがあるという。見たい時に見たい未来が見られるわけではなく、しかも不完全なものが多いそうで当てにならない能力だとよく言っていた。でも旅の間そのおかげで避けられた危険は数え切れない。
ちなみにこの頃まだ長かった私の髪を綺麗だと褒めてよく手入れをしてくれた。お姉さん的存在だった。
私たちは4人でパーティを組み、旅を続ける。
その途中でレルネスをライバル視する冒険者と出会った。
「レルネス! パーティを組めたんだな。だが魔王を倒すのは俺たちだ! お前には負けないからな!」
――それが、フォルン・リカッド。
彼はレルネスと同郷で、常に競い合ってきたという。
ただ魔力も魔法のセンスも明らかにレルネスが上だった。そこでフォルンは自分の雷属性の魔力と、二本の剣を組み合わせて戦うスタイルを創り上げた。武術や技の創作に関するセンスがフォルンにはあったのだ。
お互いが戦闘スタイルを確立させると、ついに魔王討伐の旅に出る。もちろん、別々に。どちらが先に倒せるかの勝負だった。
もっともレルネスは、魔王を倒せるならどちらでもいいと考えていたようだけど。
フォルンも仲間を集めていて、一緒に旅をしていたのがブレイダ・トゥエン、そしてスザン・エルテリス。スザンはユースの妹だった。
ブレイダは豪快な火属性魔法をよく使っていた。自称爆炎魔法のブレイダ。とにかく範囲の広い、威力の高い魔法を好み、魔物の群れに対しては最強レベルの強さを誇っていた。
スザンは姉と同じ水属性魔法の使い手だったが、魔法よりも魔術の天才だった。当時、街が破壊され魔術が失われつつある中、彼女は誰も思い付かないような魔術を次々と生み出し、魔物に対抗しようとしていた。私もその魔術に心酔し、しばらく弟子入りをしていた。
だけど彼女は私によくこう語った。自分の魔術の才よりも、姉の予知の方がよっぽどすごい力だと。世界を救う使命を背負っているのだと。特にユース本人がいないところでは熱く力説していた。
そうして二年の旅を経て――私たちは、ついに魔王城に乗り込んだのだった。
*
魔王城には私たちレルネスのパーティだけでなく、フォルンのパーティも一緒に乗り込んだ。
リーダー二人が話し合い、結局共に戦う道を選んだようだ。当時、すでに私たちは最強の冒険者と噂されるようになっていた。その二組のパーティがバラバラに突っ込むよりも、協力して戦った方が勝率が高まるに決まっている。自分たちの強さを競う以前に、魔王を倒して平和を築くことが目的なのだから。どちらが強いかなんて、その後でも決められる。
ただし、魔王も甘くはなかった。
魔王城に乗り込んですぐに私たちは分断されてしまう。フォルンたちは魔王の最強の配下、黒炎の魔物ケルベロスによって地下に落とされた。
私たちも加勢しようとしたが、そこに魔物の大群が押し寄せる。私たちは魔物を倒し、追われ、気が付けば魔王のもとに辿り着いていた。誘導されていたのだ。分断し、戦力が半減したところを魔王が直々に潰す。それが魔王の策略だった。
魔王は人に似た姿をしていた。それも巨漢、ブレイダよりも大きく筋骨隆々で威圧感がある。
「ハッハッハ! 待っていたぞ人間!」
ビリビリと空気を震わす大音声。レルネスが前に出て応える。
「ッ……!! 話には聞いていたが、本当に人間の言葉を話すんだな。まさか人間なのか?」
「俺が人間だと? ふざけたことを……。いいだろう、教えてやる。俺は人間などではない。変異により高い知能を持って生まれた魔物だ」
「変異で、知能を……!?」
「つまりこれは進化だ! この俺は魔物が進化した姿なのだ!」
知能を持ち、人語を使う進化した魔物。それが魔王の正体だった。
魔王は嗤う。
「クックック、お前らの存在は把握していたぞ。最強なのだろう? いわば人類の希望だ。お前らを潰せばもう魔物の進化は止まらない。知能を持った魔物が増えるだろう。そうなれば世界は魔物の物だ!」
「……なるほど、お前の目的はわかった。だが、そんなことにはならないぞ。ここでお前を討ち、進化を止めてやる!」
「フン――滅ぶのはお前たちだ、人間!」
戦闘が始まるとすぐに、魔王は巨大なドラゴンの姿に変身した。当然魔王城はそれだけで半壊してしまうがお構いなし。魔王は本気で、これが人類との最後の戦いになると考えたようだ。
魔王は暴れに暴れ、そして――。
「ガハッ!」
「フランドルーーー!! いま回復するから!」
最初に、壁役のフランドルがやられた。ユースを庇って魔王の爪が身体に突き刺さる。
「ぐっ……俺は、もうダメだ……。すまん、ユース。愛してる」
「私もよ! 愛してる! だから……だからっ」
「こうなる覚悟は、あっただろ? あぁ……ユルド、置いてっちまって、ごめんなぁ。親として失格だ……だから、これで終わるつもりはねぇ。こんなんじゃ終われねぇ!」
「ヌゥ!?」
「――魔王! この腕貰うぞ!!」
フランドルは最後の魔力を振り絞り、突き刺さった魔王の爪を砕き割る。さらにその腕を岩で押し潰した。
「フランドル動かないで! 回復する――っ!? キャロッ」
フランドルを治療しようとしていたユースは、何故か突然私に防御魔法をかけた。水球に覆われた私は、おかげで次に来た魔王のブレスを防ぐことができたが――
「……あとは任せたわ……キャロ」
――無防備になったユースが狙われ、張り飛ばされて瓦礫に激突した。
いま思えば、ユースはなにか未来を見たのかもしれない。
残ったレルネスと私は必死に戦った。
「ウィンドブレイド・フルブーストトラスト!!」
「ぐぬあぁああああああ! さすが最強だな、人間! ――だが!」
レルネスが渾身の力で放った魔法が、魔王の胸に大きな風穴を開けた。
だけど魔王はそれでも死ななかった。ズンッ! と地震のような足音を立てて踏ん張り、足もとのレルネスに向けて両腕を振り上げる。
「まだ、死なないのか……!」
「ふん! 生き残るのは魔物だ!」
「レルネス! 逃げて!!」
「……すまない、もう、動けない。キャロ――」
なにか言いかけるレルネス。しかし、魔王は容赦なく彼を叩き潰した。
「あ……あ……レルネス……ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」
私は絶叫する。フランドルを、ユースを、そしてレルネスを殺された。
頭の中でなにかが切れた。
ドラゴンの姿を保てなくなった魔王が人型に戻る。私はそれに飛びついた。
「よくもフランドルを! ユースを! レルネスを! 絶対に、絶対に許さない!」
「ぐっ……よりによって、光の魔力のお前が残るとは……」
私は自分の中の魔力を極限まで高めていく。すべての魔力を使って、こいつを確実に殺す。跡形もなく消し去る。この辺り一帯荒野になるだろうけど関係無い。
「倒せればどうでもいい、私がどうなってもいい! こいつ、だけは――!!」
「凄まじい魔力だな……フン、ここまでか。光の魔力の人間よ、名前を聞かせろ」
「っ――あぁ、覚えておけ! 私はキャロ・レイルーンだ!」
「いいだろう。キャロ・レイルーン、お前はいま、どうなってもいいと言ったな?」
「言った! お前を倒せるのならな!」
「――よかろう。ならばお前も道連れだ!」
――ドクン。
魔王の中から、邪悪な力を感じる。それは突然溢れ出した。どこにそれだけの力が残っていた? いや、これはまさか。
「生命力……!!」
「察しがいいな! この俺の生命力を魔力に変え、お前にぶつける! 光の魔力はこの力を軽減するだろうが、これだけの力がぶつかってただで済むと思うなよ?」
「どういう、こと?」
「すぐにわかる! さあ、始まるぞ」
ハッとして辺りを見渡すと、まるで陽炎のように周囲が揺らめいて見えた。
「俺の生命力は魔王の力、純粋なる破壊の魔力! そしてお前は魔を滅する光の魔力! そのふたつがぶつかり合い、空間が歪み始めたのだ」
「空間?! 歪むって、そんなまさか!」
「人間共は知らないだろう。自然の大きな力がぶつかり合い、空間が歪み、そうして原初の魔物が生まれたのだ」
「なっ……」
「お前はその力で俺を倒すだろう。だが、その瞬間この歪みに放り込まれる。歪みの向こう側はどうなっているのだろうな? 世界の果てに飛ばされるかもしれんぞ?」
「例え世界の果てに飛ばされても私はすぐに戻って来る! 帰ってみせる! そう約束したんだ!」
「ハッハッハッ! できるものなら、やってみろ!」
「このっ……ふざけるな!」
ズガガガガガガガガガッ!
光の魔力と破壊の魔力がぶつかり合い、周囲に衝撃波が広がって大地を削っていく。
だけどその光景がぐにゃりと歪む。空間にヒビが入り、大きな穴が出来る。
これが、空間の歪み? こんなところに入って無事で済むと思えなかった。
「やめろ! 悪あがきをするな魔王!」
「ハハハハハッ! そうだ、悪あがきだ! 俺が死ねば魔物の進化は止まるのだからな!」
「――!!」
「あの風の魔力の人間が言った通りだ。進化の最先端にいる俺が滅べば進化が止まる。魔物が世界を手に入れることができなくなる。キャロ・レイルーン、魔物の未来を奪った罪、償ってもらうぞ!」
「罪って……本当にふざけるな! 世界を滅ぼして、人を、仲間を殺しておいて! お前が償え!」
「フハハハハハッ! 見たかったぞ、魔物の世界! 知能を持つ魔物で溢れた世界を! 俺は魔王、誰にも名を呼ばれることのなかった、魔物の王だ!」
「話を聞け、この――――!!」
シュオッ――
魔王の体が光の魔力で消滅する。
同時に、頭の中がぐるんと回るような感覚がして、私の意識は深い闇に落ちていった……。
*
「これが、私たちと魔王の戦いの真実だよ」
「…………」
キャロの話を聞いて、僕は言葉が出てこなかった。
400年前、魔王と魔物によって多くの人が犠牲になった。いまでは想像もつかないほど荒んでいた、死と隣り合わせの時代。キャロの話は、その時代を経験していない僕にも壮絶さが伝わってきた。
「世界の彼方に飛ばされるかもと言われたけど、まさか400年も未来に飛ばされるとは思わなかったよ」
「えっ……あ、そういう……ことなの?」
「うん。魔王も予想外だったろうなぁ。ま、空間の歪みの先なんて誰もわからないんだから当然だけどさ。生きてるだけマシだったよ」
そもそも強大な力がぶつかり合うことで空間が歪むなんて話、聞いたことがない。魔王が滅び、キャロが消えたことで誰も知り得ない事実になってしまったのか。
「飛ばされた直後は記憶を失っててね。なにもわからずに彷徨っていたところをいまの両親が保護してくれたんだ」
「…………」
キャロの両親が実の親ではないと聞いていたけど、まさかそんな理由だったなんて。想像もつかない、いやできるはずがなかった。
「テンリ家の父さんと母さんには長く子供がいなくてね。私を自分たちの子として育てることにしたんだ。私も行く当てがなかったし了承したんだけど……その頃からだんだん記憶が戻ってきた。それでようやく自分が未来に飛ばされたことを理解したんだ」
「キャロ……」
「もちろん両親には話してないよ、そんなこと。私はもう、キャロ・テンリだから。でもね、国の歴史を調べて……愕然とした。私やレルネス、フランドル、そしてユースまでも、名前が残されていなかった。でもってフォルンが国王になってた! いやあり得ないでしょそれ! って思ったよ」
「う、うん。いやでも……国王は魔王を封印……あ、違うか。だから……そっか、つまり…………えぇ?」
だめだ、混乱してきた。キャロの話では封印の英雄、初代国王のフォルン・リカッドは魔王と戦っていない。最強の魔物ケルベロスと戦いはしたけど、魔王を倒したのはキャロたち。それはつまり……。
「フォルンのやつ手柄を横取りしてさー、酷いと思わない?」
「やっぱそうなるの!?」
魔王を倒したキャロの仲間たちはみんなやられてしまった。キャロ自身も未来に飛ばされた。そこへフォルン・リカッドが現れ、魔王を封印したことにしたのだ。
「……あれ? でもそうだとしたら、倒したって言えばいいのに。なんで封印?」
「うん、私もそこが引っかかってた。でも……さ。もう、どうでもよくなっちゃったんだ。だって、もとの時代に戻る手段なんて無い。なんとかしてもう一度空間の歪みを作ったとしても、都合良く帰れるとは限らない。ううん、全然違うところに飛ばされるか、下手したら死んじゃうよ」
「それは……」
さっきキャロが言っていたように、空間の歪みの先のことなんて誰もわからない。なにが起こるかわからない。帰り道ができる可能性が低いだろうことは、さすがに僕でもわかった。
「でもね、ヨルムと出会った」
「え……? 僕?」
「うん。カリィヌとロアイにも。カリィヌは私に勝とうと諦めずに何度も挑んでくる。ロアイは自分の魔力のことで悩んでいた。ヨルムは冒険者になる夢を持っていた。みんな、400年後のこの世界で暮らしている。……私は? もう帰ることはできない。この世界で暮らしていくしかない。だったら、あの時の、あの後の真実をちゃんと知っておくべきなんじゃないかって思うようになった。そして……始まりの石碑。スザンの声を聞いて、私は決心したの」
『やっぱりダメなんですよ。私にはこの国で平和に暮らすことなどできません。この話は、もう何度もしたでしょう?』
『……あぁ。そうだな、わかってる。お前の頑固さもな』
『ふふ……。世界はまだまだ荒廃しています。ユース姉さんたちが成そうとしたことは、私が代わりに成し遂げます。それが私たちの使命なのですから』
キャロの話を聞いた後ならわかる。あの時の声は、旅立つスザン・エルテリスと、見送るフォルン・リカッド王だ。
「ちゃんと調べようって。私が消えたあとになにがあったのか。フォルンはなにを思って魔王を封印したことにしたのか。国を作ったのか。そしてきっと、そのすべてがこの手記に書かれてる」
フォルン・リカッドが残した手記、英雄の真実。
「さっき少し見たけど、これは当時の記録と……懺悔だね。ねぇ、ヨルム。こっちに椅子を寄せて。机の前に」
「え? うん……」
僕は言われた通り、椅子を机の前にずらして座り直す。……目の端に机に腰掛けたキャロのふとももがチラチラ見えてちょっと気まずい。
「ヨルム、お願い。……一緒に、読んで。一人で真実を知るのが……ちょっとだけ、恐くて」
「キャロ……。うん、もちろん。僕で良ければ」
「ありがとう」
キャロがそっと、手記の表紙を開く。そこには、こう書かれていた。
英雄の真実。
ここに真実の記録を遺すこと、どうか許して欲しい。
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