2「開かずの間と古代人」


 封印の地、封魔殿。ここはかつて魔王が建てた城があった。魔王と英雄の戦いで城のほとんどは破壊されたが、僅かに残った一階部分を利用してこの封魔殿が建てられた。正方形の建物で、中心部は円形の2階建てになっている――と、外から見たときは思ったけど実際は吹き抜けの大広間だった。


「本当になにもないですわね……」


 ぽつりと感想を漏らすカリィヌ。確かに想像以上だった。調度品のひとつも無い。壁や柱にランタンがかけられているだけ。回廊のと同じ魔術が組まれているのか、フォスト王子が門を開けると一斉に灯りが点った。吹き抜けの広間もなにがあるわけではなく、冷たいむき出しの石の床があるだけ。徹底的になにもない。


「だから言っただろう? なにも無いとな」

「えぇー? 本当にここに魔王が封印されてるの? そうは見えないよ」


 ロアイの言う通り、ここは殺風景すぎた。いくら封印が地下深くとはいえ、雰囲気もなにもない。


「……ふん、まぁ当然の感想だ。侵入者も同じことを思うのだろうな、魔王は封印されていない、なんて噂が定期的に立つんだ」

「それってニクリが言ってた……」


 そっか、この風景を見たらそんな噂が出てきてしまっても仕方ないように思う。ようやくしっくり来る理由が見つかった感じだ。

 しかも定期的にということは、ニクリが教えてくれた200年前以外にも噂が立っては消えを繰り返しているのだろう。


「フォスト王子。開かずの間というのは正面のアレか?」


 キャロが大広間の向こう側を指さす。このだだっ広い建物の中、その一画だけ壁がボコッと突き出ていて、まるで大きな箱のような部屋があった。というか部屋らしいものはそれしかない。増築したと言っていたけど、確かに後から置いたような配置だ。


「そうだ。キャロ嬢? まさか……」

「ヨルム、一緒に来て欲しい」

「う、うん。わかった」


 僕はキャロと一緒に開かずの間に近付いていく。後ろからカリィヌたちも続いたが、広間の真ん中辺りで足を止めてしまう。キャロの決意のこもった表情と背中に、なにかを感じたのだろう。


「これは……本当に見事な魔術だ。よくここまで頑丈に複雑に作れるものだね」

「ずっと聞こうと思ってたんだけど、やっぱりキャロは魔術がわかるんだ」

「うん? あぁ……言ってなかったっけ? ごめんごめん。私はほら、古代人だから」


 小声で、素の喋り方になって教えてくれるキャロ。予想通りの答えだったけど。

 だけどこの封印の地でその言葉を聞くと……本当の本当に、そうなんだって思える。


「ありがとね、ヨルム。私がここに来ようと思えたのは、みんなのおかげなんだ」

「キャロ……?」

「そしてなにより、ヨルムは私の話を信じようとしてくれる。それ、実はすっごく嬉しいんだよ。ありがとう」


 キャロはそう言って開かずの間の扉を見つめ、横に並んだ僕に手を伸ばす。


「お願い、手を握ってて」

「……うん」


 言われた通り、僕はキャロの手を握る。


「ふふっ……心強い」


 キャロは嬉しそうな笑顔を見せると、空いている方の手を扉にかざす。そして――



 カッ――――!!



 扉が強烈な光を放ち、世界が真っ白になった。



「っ……??」


 光が溢れたのは一瞬だった。すぐに視界は戻った――が、目の前の扉が消えていた。いや、扉が消えたんじゃない、場所が違うんだ。封魔殿の広間じゃなくなっている。僕とキャロは狭い小さな部屋の中にいた。

 左右の壁には大きな本棚。ただし隙間だらけでなにも入っていない段もあった。正面には小さな机と一脚の椅子。その机の上に一冊の本が置かれている。


「え? ……ここって、まさか」

「開かずの間の中だね。やっぱり私たちなら入れた」

「そんな、えぇぇぇ!?」


 初代国王以外、400年間誰も入ることのできなかった部屋に、僕らはいる。

 声を上げて驚かないわけがない。


「ど、どうして……?」

「私が古代人だから」

「それは……」


 どういう意味? と聞こうとして、僕は小さく首を振る。もう、答えは出ていた。


「キャロ、僕はもう完全に信じたよ。始まりの石碑、そしてこの開かずの間。スザンの魔術はキャロに反応してる。それは古代人……つまりキャロが……当時の人だからなんだね?」

「半分正解。スザンが私の魔力に反応するように魔術を組んだから、が正しいかな。彼女は本当に天才だね……見てよ、本棚も机も椅子も普通の木製だ。本だって特殊な加工がされているわけじゃない。なのにまるで新品みたいだ。部屋の中の物が朽ちてしまわないように魔術が組んであるんだろうけど、どうやったらそんな魔術が組めるのか私には想像もつかない」


 言われてみればそうだ。400年も経っているのに、この部屋の物はどれも綺麗だった。

 この小さな部屋に、どれだけ高度な魔術が組み込まれているのか。魔術を知らない僕は呆然とするだけだ。ただ、一つだけどうしても気になることがある。


「……もう、わからないことだらけだけど……一番わからないのは僕がここにいることだよ。どうして始まりの石碑の声が聞こえて、この開かずの間に入れたの?」


 僕は古代人じゃない。ちゃんと両親がいて、この国で生まれた。現代人だ。王族でも入ることができないのに、どうして僕が入れているんだろう。


「うん。すべての真相がわかったら、ヨルムにはちゃんと話そうと思っていたんだ。でもちょっと待って。まずは私が、知らなくちゃいけないことを知るから」

「知らなくちゃいけない、こと?」

「世界と、

「この国の……。それって、古代人のキャロならわかってるんじゃないの?」

「そう思ってた。でも……私の知る真実はすべてじゃなかったのかも」


 キャロはそう言って、机に置かれた一冊の本を手に取る。


「たぶん答えはここに書かれてるんじゃないかな。……うん。やっぱり、これはフォルンの手記だ」

「え……封印の英雄の?」

「ま、彼しか入れない部屋に置いてあるんだから当然だよね」


 それもそうだ。フォルン・リカッド。封印の英雄、初代国王はここで手記を書いていたんだ。さしずめ、秘密の書斎というところか。


「どれどれ手記のタイトルは……はは、英雄の真実だってさ。なるほどね」

「どういうこと?」

「そうだねー……ん? これは………………え?」


 キャロはそう呟いて、パタンと手記を閉じる。


「キャロ? なにが書いてあったの?」

「……ごめんヨルム、予定変更。やっぱり私の知っていること……真実から話すね。手記はそのあと一緒に読もう。さ、この椅子に座って」


 僕に椅子を勧め、自分は机の上に足を組んで座った。僕は言われた通りに椅子に腰かける。


「ではでは。いまから400年前、魔王と冒険者の戦い。その真実をヨルムに教えてあげよう」

「魔王との戦いの真実……」


 思わずゴクリと唾を飲み込む。キャロの様子からして、僕らが知っている歴史とは違うのだろう。それはいったい、どんなものなのか……なんだか緊張してきた。

 キャロはこほんと咳払いをして、バッと両手を広げる。



「まず! 封印の英雄だとか言われているフォルン・リカッド! あいつは魔王を! ていうか!」



「……は? 戦ってない? いやそんなはず……えぇぇぇぇ!?」


 いきなりとんでもないことを言い出したのだった。


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