第3章 英雄の真実

1「赤い扉と封魔殿」


「全員ついてきているな? この下だ」


 あの勝負から数日後。僕とキャロ、カリィヌとロアイはフォスト王子に連れられて城の一階、一番奥に来ていた。そこには地下に降りる階段があり、僕らはそれを下っていく。――が、10段ほどしかなく、すぐに小さな部屋に出た。入口を潜ると普通の高さの天井だったから、きっと半地下なのだろう。

 部屋の正面には赤く染まった扉があった。


「この赤い扉の先が封印の地だ」


 僕はキャロを見る。彼女は真剣な顔で扉を見つめていた。


 封印の地――。フォスト王子との勝負に僕が勝ち、フォスト王子はキャロの言うことをなんでも聞かなければならなかった。そしてキャロが王子に求めたのは、封印の地に入れて欲しいというもの。封印の地には王族しか入ることができない。そこに入れろなんてさすがに無理だと思った。しかし、要求を聞いた王子たちは――。




「ふ、封印の地だと? バカを言え! 王族以外立ち入り禁止だぞ?」

「つまりフォスト王子の手引きなら入れるんだろう?」

「そういうことではない! もし父にバレでもしたら、俺は!」

「非公認の勝負に負けたことがバレるよりはマシだと思うよ」

「なっ、キャロ・テンリ! 俺を脅迫する気か!」

「恐れながらフォスト王子様。ここはキャロ様の要求を呑む方がよろしいかと。難しいことではありませんし、フォルガ王に知られる可能性も低いでしょう」

「え、うそ、難しくないの?」

「どういうことですの、ゲイン?」

「黙れ黙れ! 確かにゲインの言う通りだが……しかしあんな場所に行ってどうする、キャロ嬢」

「……やはり、見ておきたいと思ったんだ。私は古代人だから」

「まだそれを言うのか? ……チッ、まぁいいだろう。俺は敗者だ、意見をする権利は無い。キャロ・テンリ、お前を封印の地に入れてやる。ただし数日待て、準備をする――」




 ――というわけで後日、僕らは日が暮れるのを待って王子の手引きで城に忍び込み、封印の地の入口に立っていた。


「ねぇねぇ、警備あんなのでいいの? あっさりいなくなっちゃったんだけど」


 地下への階段の脇には二人の門番兵士がいた。ところがゲインとゴイスが「食堂からの差し入れがある」と言うと連れだって兵舎に戻ってしまったのだ。実際にゲインとゴイスが食事を振る舞っているから門番の二人は当分戻って来ないだろう。

 ロアイの言う通り、杜撰な警備だ。それに対してフォスト王子は、


「好き好んで封印の地に入る輩もいないからな。魔王が封印されているんだぞ? もっとも大昔はよく盗賊が入り込んでいたらしいが、荒野の真ん中にぽつんと『封魔殿』があるだけで金目の物は置いていない。それが知れ渡るとめっきり減ったそうだ。ゼロにはなっていないが」


 封魔殿とは魔王城の跡地を利用した建物。城は魔王との戦いでほとんど崩れていたため、原型は留めておらず大きさも小さなホール程だ。

 フォスト王子の説明にロアイが驚く。


「そ、そうなの? でも忍び込んだ人がうっかり封印を解いちゃったらとか、心配じゃないの?」

「封印を解く? どうやってだ?」

「え……さ、さあ?」

「そんな方法は誰も知らん。簡単に解けるようなものならとっくに復活している。アホなことを言うな」


 フォスト王子がロアイを睨む。すると、


「うぅ……そんな睨まないでよ」

「いや、そんなつもりは……チッ! と、とにかくここの警備は重要視されていない。ずっとそうだと聞いている。それでも準備し芝居を打ったのは父にバレたくないだけだ」


 確かに、変な芝居をしなくてもフォスト王子の一声で警備を追い払うことはできただろう。でもそれをすればフォルガ王に報告が届くかもしれない。


「この扉は王族にしか開くことのできない魔術が組まれている。一応ここが正式な入口だが、封印の地は広い荒野だ。城壁で覆ってはいるが、あまり整備もしていない。いくらでも進入路はあるだろう。そのすべてに人員を割くのは効率が悪いということだな」


 フォスト王子に言う通り、あれだけの広さをすべて完璧にカバーしようとすればどれだけの人員が必要になるのか想像できない。封魔殿になにも置かないことで警備を緩められるようにしているのだ。


「王族しか通れない扉の話はわたくしも知ってましたが、来たのは初めてですわ。封印の地の見学は上のテラスから行うのが通例よね」

「あ、初等部の時のだね」

「わたしも覚えてる!」


 壁に囲まれた荒野。中心にぽつんと立つ封魔殿。城から伸びる一本の道。

 学園に通っていれば誰もが見たことのある景色だった。


「……私は中等部から学園に入ったから、見たことがない」


 ぽつりとキャロが呟く。

 そうだった、誰もがじゃなかった。キャロは数少ない中等部からの編入生。初等部の封印の地見学会には参加していないのだ。

 キャロは無言で前に出て、赤い扉にをじっと見つめる。


「この扉の魔術は……やはりスザンの。さすがだね、見事だ」

「え?」

「なんでもない。さあフォスト王子、よろしく頼む」

「ふん……本当にがっかりしても知らんぞ? さっきも言ったが封魔殿にはなにもないんだからな――」


 言いながらフォスト王子が扉に手を当てる。すると、扉の切れ目に上から下へ赤い光が走った。そして扉が、ゆっくりと押し開いていく――。


「これは……」


 赤い扉の向こうは、長い長い回廊が続いていた。奥の方は暗くて見えない。


「この回廊は封印の地の中心、封魔殿に通じている。行くぞ」


 フォスト王子を先頭に僕らは門をくぐる。だけどすぐにキャロが足を止めて、振り返ってじっと門を見つめていた。


「どうしたの、キャロ」

「扉の魔術が気になったんだ。対象を選ぶ方法は? 属性は違っても魔力の質は血が引き継ぐってことかな……。まぁいいや、行こう」


 キャロはそう呟いて歩き出してしまう。気になって門を見てみたけれど、僕に魔術のことがわかるはずがなかった。


(ていうかやっぱりキャロは魔術がわかるんだ。どうして?)


 でも聞いてもいつもの答えが返ってきそうだ。古代人だから、と。



 回廊は最初真っ暗だったが、フォスト王子が歩を進めるとそれに合わせて両脇足下のランタンに灯りが点っていく。これも魔術なのだろうか。こんなにも便利なのに何故魔術を使う人はいなくなってしまったんだろう?

 回廊の壁はよく見ると上の方に隙間があり、暗い夜空が見える。ここが半地下なのはこの通風口のためかもしれない。昔テラスから見た封印の地の道はこの回廊の天井部分だったんだ。


「あ……フォスト王子、ランタンの灯りって城から見えちゃうんじゃ」

「明かりは外に漏れない作りになっている。いらぬ心配だ」

「そう、なんだ」


 不思議な回廊だなと思った。半地下で屋根もあるから人が通っても周りからは見えない。通風口はあるけど夜でも明かりは漏れないようになっている。まるで、隠れて封魔殿に行くための通路のようだ。そもそも王族しか通れないのに、どうしてこんな作りなのだろう。


「フォスト王子、一つ聞きたい」

「……なんだ、キャロ嬢」

「この回廊はよく使われているのか?」

「いや、父――フォルガ王が封魔殿に行くのは年に4回。封印の地に異常が無いか確認するのだ。……あぁ、そういえば封魔殿には特別な部屋があったな」

「特別な部屋?」

「開かずの間だ。扉にも壁にも魔術が組まれていて開かないようになっている。初代国王のフォルン・リカッドしか入れない、強固な魔術だ」

「王族の君たちでも入れないということか?」

「そうだ。一応王家の人間は皆、開けられないか試すんだがいまのところ全員拒まれている。しかも魔術はスザン・エルテリスが組んだものだから、誰も破ることができない」

「なるほど。しかしなにも無くはないじゃないか、封魔殿」

「誰にも開けられないんだぞ? 無いも同然だ。しかも封魔殿が建てられてしばらくしてから増築されたようで、封印とも関係がないとわかっている」


 まさに封印に関するなにかがあるんじゃないかと思ったけど、聞く前に否定されてしまった。


「もっとも、入り込む賊がゼロにならないのはその部屋のせいだがな。あまり知られていないが秘密結社とかいうのが嗅ぎまわったりもしている。まったくいい迷惑だ」


 フォスト王子の言い分ももっともだ。魔王の封印に関係なく、初代国王以外400年間誰にも開けることのできない部屋だ、次第に無いものと考えるようになったのも無理はない。しかもそのせいで盗賊が入ったりするのだから、王家にとっては悩みの種でしかないというわけだ。

 なにも無いと知りながら入り込む盗賊たちは開かずの間を開けようとしているんだろうけど、天才と呼ばれたスザンの魔術が破られるとは思えなかった。


(いやでも……もしかしたら)


 僕はチラリとキャロを見る。始まりの石碑の魔術はキャロに反応して発動した。ひょっとしたら開かずの間も……?


「着いたぞ、この階段の上が入口だ」


 長い回廊の先に、上り階段。登っていくとそこは封印の地の中心。目の前に封魔殿の小さな門があった。フォスト王子は扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。

 ……あぁ、僕はこれから、普通の人が入ることのできない封魔殿に入るんだ。今さらながらドキドキしてきた。

 一方、隣りにいるキャロはとても険しい表情だった。開いていく門から目を離さず、じっとその先を見つめている。


「魔王城の跡地、封魔殿……か。フォルン、スザン。見せてもらうよ」


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