5「勝者と敗者」


「うっ……俺は、いったい……」

「やっと目を覚ましましたわね。フォスト王子」


 観客席で寝かせられていたフォスト王子。僕らは全員揃って彼が目を覚ますのを待っていたのだ。王子はすぐに身体を起こし、


「ぬ……そうだ! 俺はヨルム・クウゼルと勝負を!」

「それは僕の勝ちです。フォスト王子」

「お前っ……!」


 僕は王子の前に立って宣言する。すごい形相で睨んでくるけど、どうやら負けた自覚はあるようだ。しかしこの王子様のことだ、なんやかんやでケチをつけてこないか心配だ。

 そこへ、従者のゲインがスッと跪く。


「フォスト王子。おわかりかと思いますが、非公認とはいえ勝負に負けた以上相手の要求を呑まねばなりません。でなければ王族の恥として――」

「わかっている! ……負けは、認める」

「ほっ……」


 よかった。いらぬ心配だったみたいだ。


「では……フォスト王子。勝負の前に僕と話した条件。覚えていますよね」

「……あぁ」

「お願いします」


 僕は後ろに下がり、ロアイを前に立たせる。彼女も条件は聞こえていただろうけど、それでも王子の前に立つと少し怯えた様子で身を竦める。


「ロアイ・ホクト。先日、出来損ないと言ったことを取り消そう」

「……はい」


 フォスト王子はロアイから目を逸らす。ロアイも気まずそうだ。

 僕としても意外だった。あのフォスト王子がこうもあっさり訂正してくれるなんて。さっきゲインがチラッと言っていたけど、要求を呑まないことは王族の恥と厳しく教え込まれているようだ。

 これで終わりと思ったけど、ロアイが王子に問いかける。


「あ、あの、フォスト王子」

「……なんだ?」

「どうしてわたしのこと、睨んだり……出来損ないって、言ったんですか?」

「…………」


 フォスト王子は再び目を逸らして黙ってしまう。

 確かに気になった。魔力が低いと認識していた僕のことは眼中になかったのに、ロアイに関しては明らかに意識した上での誹謗中傷だった。

 しかもいまのロアイの問いに、ゲインやゴイスまで目を逸らしてしまうのだ。なにかあるとしか思えなかった。


「ロアイ。それは君が雷属性だからだ」

「え……?」


 そんな疑問に答えたのは、意外にもキャロだった。


「キャロ・テンリ……! なにを!」

「少し考えればわかることだよ。フォルン・リカッドの魔力は雷属性だったのだから」

「封印の英雄の……?」


 かの英雄フォルン・リカッドが雷の魔力で魔王と戦ったことは現代まで伝わっている。そしてフォスト王子はその末裔だ。だけど……


「待ちなさいよキャロ。血筋と魔力の属性は関係ありませんわ。実際、フォスト王子のお兄様たちも雷属性ではないわ」

「チッ……! だからだよ!」


 フォスト王子が吐き捨てるように答える。


「兄様たちは完璧だ! 魔力も武術も学問も、王族としての振る舞いもな! 第三王子の俺は何一つ優ってる部分がない。俺は城で一番の弱者なんだよ!」


 僕は驚いて王子を見た。まさかそんなコンプレックスを抱いていたなんて。

 ゲインがそっと王子の横に並び、続きを話してくれる。


「先ほどカリィヌ様は血筋と魔力の属性は関係ないと仰いましたが、王族にとって雷属性は特別なのです」

「えっ!? どういうことよ、まさか雷属性が生まれやすいの?」

「そういうことではありません。封印の英雄、初代国王フォルン・リカッド様と同じ雷属性として生まれた王族は特別扱いされるのです。現国王のフォルガ様は長男かつ雷属性でしたので特段なにかあったわけではありませんが、同じく雷属性の先々代国王様は第二王子だったそうです」

「雷属性だから繰り上がったというの? そんな話初めて聞きましたわ」

「もちろん雷属性というだけではないのでしょう。ですが王位に就く可能性がゼロではなくなるという話です」


 話を聞く限り、現状でフォスト王子が王になる可能性は無い。でももし雷属性だったなら、少なくともゼロではなかったということだろう。例えそれが1だったとしても、0とは大きな違いだ。


「別に王という地位に執着があるわけではない。俺が一番下というのが気に食わないだけだ。恨めしかったよ、水属性の魔力がな。せめて雷属性ならば、こんな劣等感は抱かなかっただろう。……しかしそんな時、同学年に雷属性の持ち主がいると聞いた。俺は興味本位で見に行ったんだ」

「あ……」

「……ふん。そしたらロクに魔法を使うことができないヤツだったというわけだ。もし、その雷属性の魔力が俺のものだったら! そう、何度も何度も思ったよ」

「うっ……そう言われても、わたし」

「わかっている。だから俺はなるべくお前を避けるようにした。だが……そうだな。視界に入ってしまった時は、つい睨んでいただろうな」


 ――嫉妬。魔力が低い人を見下すのとは違って、ロアイに対しては雷属性への嫉妬があったのだ。


「卒業してしまえば見なくて済む。そう思っていたんだ。しかしお前はキャロ嬢とよく一緒にいるようになった。そのせいで避けようにも避けられなくなり、俺もイライラしていたってわけだ」


 そして先日、フラストレーションが爆発してしまった。そういうわけなのだろう。


「フォスト王子……わたしは」

「ふん、もういいだろう? 俺は水の魔力を持ち、第3王子として生まれた。だからこの感情をどうすることもできない。今後も関わらないようにするだけだ」


 フォスト王子とロアイは一度だけ目を合わせたが、すぐにお互い目を逸らして黙ってしまう。

 事情はわかった。だけどそれでロアイに酷いことを言っていいことにはならない。でもこの傲慢な王子に少しだけ同情をした。



「話は終わったかな。では次に、私の条件を聞いてもらおう」


 微妙な空気になっていたけど、キャロは構わずフォスト王子の前に立つ。王子がビクッとしてキャロを見上げた。


「クッ……あぁ」

「条件は覚えているよね?」

「俺が負けたら、一つなんでも言うことを聞くんだったな。……なんだ? もう近付くな、か?」

「それもいいんだけど、違う。私の願いは」


 キャロが演習場の壁を指でさす。あの方向は城? いや――


「私たちを封印の地に入れて欲しい」

「なっ……!?」


 ――城の向こう側、魔王が封印されている場所を指さしていた。


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