4「変質した魔力と忌まわしき水の魔力」


 そして二日後、勝負の日。

 休日で学園にはほとんど人がいなかった。しかも勝負は非公認、王子が第1魔法演習場を封鎖し邪魔が入らないようにした。


「逃げなかったようだな、ヨルム・クウゼル」

「…………」


 演習場の真ん中には僕とフォスト王子。それから審判役のゲイン。観客席には先に呼ばれて連れていかれたキャロ、隣りにゴイス。僕の後ろにはロアイと、姿勢良く椅子に座っているカリィヌだ。


「どうした? いまさらこの封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッド様に恐れを成したか?」

「……まさか」

「ふん、まぁいい。とっとと始めようではないか」

「その前に、フォスト王子。キャロが出したのとは別に、僕からも条件を提示したい」

「条件だと?」

「僕が勝ったら、昨日ロアイに言ったことを訂正して下さい。もし負けたらあなたの命令通り、今後キャロに近付かないようにします」

「なにを言い出すかと思えば。俺が勝ったら命令に従うのは当たり前だろう。だからそうだな、お前は負けたら学園から出て行け。いいな?」

「――!! わ、わかった」


 負けた時の条件がどんどん悪くなる。でもいいんだ、こっちの条件を呑ませることができた。あとは僕が勝てばいい。

 勝てるわけないと思っていた三日前の僕とは違う。キャロたちみんなのおかげだ。僕は絶対に負けない。


「ではその条件で勝負だ。しかし、お前が五体満足で帰れる保証はしないぞ」


 フォスト王子はそう言って、腰の剣をスッと静かに抜いた。


「って、魔法の勝負じゃ……?」

「そんなことは一言も言っていない。知っているだろう? 王族は皆、魔法と剣を組み合わせた魔法剣士の技を修得する。俺はお前を本気で潰すために、剣を使うのだ」

「くっ……!」


 僕も剣を用意しておくべきだった? いや――。

 チラッと後ろのカリィヌを見て、そして観客席のキャロを見る。

 ……大丈夫、魔法だけで勝てる。



「ではこれより! フォスト・リカッド王子とヨルム・クウゼルの勝負を始めます!」


 中央にいたゲインが右手を挙げ、開始の合図をする。

 同時に、フォスト王子は剣を持っていない左手から水球を出した。


「一撃で死ぬなよ? ――ブルー・スラッシュ!!」

「っ……!」


 王子は水球を真横に切り裂く。するとその剣先から水の刃が飛んできた。


(速い……! でも!)


 僕は水の刃に向かって手を伸ばす。


 バシュゥゥゥゥ!!


 刃は手のひらの前で止まり、その場で回転を始めた。貫こうとするけど通さない。水は風に拡散し、周囲に飛沫しぶきを撒き散らして消えた。


「よし、いける!」

「な、なんだと!? バカな、お前の魔力で俺の魔法を止められるはずがない! いったいなにをした!」

「普通に魔法でガードしただけだよ」


 フォスト王子の言う通り、普段の僕だったらガード仕切れず腕がズタボロになっていただろう。

 でもいまは違う。

 僕の持つ魔力。他人の魔力を増幅する力を持つ代わりに、自分の魔法として使うことが難しい変質した魔力。

 キャロが見付け、求めてくれるこの魔力を、僕はいまコントロールできていた。

 これも全部、その方法を教えてくれたキャロと――カリィヌのおかげだった。



               *



 レグスセンスは、ふとももに触れることで相手の魔力を増幅する力。

 僕の魔力がそういう性質に変わってしまっているらしい。なんでそうなったのかはわからない。でもそれが原因で僕は普通の魔法を使うのが難しく、魔力の出力がどうしても低くなってしまう。

 だけどそれは、僕の魔法が弱いのはということ。

 キャロによれば、もしこの変質した魔力を使いこなすことができれば、強力な魔法を放てるだけの魔力量が僕にはあるという。

 もちろん簡単なことではない。それができれば苦労はしてない。

 でもキャロが教えてくれた。完璧なコントロールを身に付けようとすれば一生分の時間を費やす必要があるかもしれないけど、一時的にならばすぐにでも自在にできる方法があると。

 それこそがレグスセンスだった。

 レグスセンスを使うと僕の魔力と相手の魔力が繋がった状態になる。すると相手の魔力が増幅するのだけど、これは僕の魔力を足しているのではなく、僕の魔力に触れることで相手の魔力に変化を起こして増幅しているのだ。

 今回はそれを逆手に取った。魔力が繋がっている以上、影響を与えられるのは僕の方だけではない。相手も僕の魔力に干渉することができたのだ。

 キャロがこのことに気付いたのは、先日森の中でダークウルフと戦った時だと言う。


「いやほんっと迂闊だったよ。レグスセンスを使った状態でヨルムが魔法を使ったらどうなるのかなんて、いままで試したことなかったよね」


 キャロの言う通り、レグスセンスを使ったあとに魔法を使うのは彼女たちで、僕はなにもしない。でもダークウルフ戦ではキャロにレグスセンスを使いつつ僕も魔法を使った。あの時確かに僕の魔力の出力は上がっていた。

 もちろんそれは増幅じゃない。キャロの魔力にそんな性質はない。だけどより魔力を感じられるように、扱いやすく整えることは可能。つまり僕の魔力をできるのだ。


「あのとき私、無意識に魔力の変換をしてたんだよね。ヨルム見てないでしょ? ダークウルフの胸に一番大きな風穴を開けたのはウィンドブレイドなんだよ? ヨルムがトドメを刺したんだよ!」


 正直、話を聞いただけでは信じられなかった。僕がダークウルフを倒していただなんて。確かに胸に大きな穴があったけど……あれを僕がやった? それになにより、魔力変換のことだって理解ができなかった。


 でも実際に魔力の変換をやってもらうとすぐにわかった。感覚でわかった。

 もともとレグスセンスを使うと魔力が繋がった感覚があったけど、キャロが変換を行うと胸の奥からじわじわと魔力が湧き出してきた。僕に扱える魔力。これが身体の中にある魔力なんだって初めて感じた。


 そこでようやく、僕は実感する。


(あの時本当に、僕がダークウルフを倒したんだ……!)


 それは一つの自信となり、力となった。キャロは徐々に変換の量を増やしていき、僕も増えた魔力をすぐにコントロールできた。

 二日目からはカリィヌやロアイにレグスセンスを使って特訓した。相手を変えて特訓した方が自由になった魔力を感じやすいと言われたからだ。

 やってみると、しかしキャロの時のように上手く魔法が使えなかった。二人の魔力変換は量がバラバラで、慣れるのに時間がかかってしまった。

 それで気付いた。キャロが使いやすいように上手く調整して変換してくれていたことを。彼女はまるで僕の魔力を自分の手足のようにコントロールしていたのだ。

 魔力を変換する側もかなり集中力が必要なようで、平然とこなすキャロを見てカリィヌは対抗心を燃やし、二日目が終わる頃にはだいぶ調整が上手くなっていた。逆にロアイはなかなか上手くいかなかった。ただそのおかげで、僕は魔力の上限を感じることができた。いま使える魔力はこれくらいで、魔法がこれくらいの強さになるという感覚を覚えることができ、効率のいい魔力の使い方を習得できた。

 たったの三日間でここまでできるようになったのは、本当に三人のおかげだ。


「ヨルム、いまの君なら絶対に勝てる。自信を持って」

「キャロ……うん。でもみんながいたからだよ。僕一人の力じゃない」

「なに言ってるの。ヨルムは自分の魔力で戦う。私たちはそのサポートをしてるだけ。……私は知ってるよ。剣の鍛錬も魔法の練習も、人一倍やってきたこと。突然使える魔力が増えたからって、たった三日で使いこなせるわけがないんだよ。今日までの積み重ねが君の本当の強さだよ。だからもう一度言うよ。自信を持って。絶対勝てるから!」

「僕の……本当の、強さ。……ありがとうキャロ。なんか力が湧いてきたよ。これが自信を持つってことなのかな。任せて、必ず勝つから!」



 そして迎えた勝負当日。しかしここで大きな問題が起きた。

 勝負ではキャロにレグスセンスを使う予定だったのに、ゲインとゴイスが呼びに来てキャロを先に連れて行ってしまった。

 そこで急遽、カリィヌにレグスセンスを使うことになる。


「こんな形でわたくしとの特訓が役に立つとは思いませんでしたわね」

「そうだね、ぶっつけ本番にならなくてよかったよ」


 第1魔法演習場入口の脇に隠れて、僕はカリィヌの前に跪いた。すると彼女はゆっくりスカートをたくし上げる。ふとももが目に飛び込んできて心臓が跳ね上がった。

 カリィヌは形のいいスラッとした美脚だ。血色のいい肌と、触れるとわかる引き締まった隠れ筋肉。意外としっかり運動をしているようだ。彼女の足を一言で表すならば健康的な美脚だろう。


「時間がないわ。は、早く触りなさい」

「うん……カリィヌ、緊張してる?」

「わたくしが!? そんなわけ――――いえ、そうですわね。緊張しているわ」

「え、どうして――」


 珍しく素直に認めたことに少し驚く。チラッと顔を上げると、カリィヌは恥ずかしそうに頬を染めていた。


「あなたとキャロの命運がかかっているのよ? 当然ですわ」

「カリィヌ……」

「ヨルム。わかっているでしょうけど、わたくしは魔力の変換をするのに意識を集中しなければならないわ」

「……うん」


 キャロに対抗して練習したおかげでだいぶ平然と行えるようになってはいたけど、魔力変換に集中力が必要なことは変わらない。


「今日の勝負、レグスセンスがバレてはいけないわ。つまりわたくしは平静を装いながら増幅した自分の魔力を抑え込み、魔力の変換を行わなければなりませんの」


 カリィヌの言う通りだ。ただ魔力の変換に集中すればいいというものではない。僕よりも彼女の方が負担が大きいかもしれない。緊張しないわけがなかった。


「ですがヨルム。安心して勝負に挑みなさい」

「え?」

「わたくしは封印の英雄の右腕、業炎ブレイダ・トゥエンの末裔。カリィヌ・トゥエンよ。あなたに勝利を授けるわ」

「カリィヌ……! うん、ありがとう。すごく心強いよ」

「わかったのなら、早く触りなさい。ずっとこうしているのも恥ずかしいわ」

「あっ……ご、ごめん」


 カリィヌの言う通りだ。僕は露わになったふとももにそっと触れる。彼女の身体がほんの僅か震えた。瑞々しい素肌の感触が気持ちいい。少し押すと押し返してくれる張りの良さがカリィヌのふとももの素晴らしさだ。つい撫で回したくなるのを必死に堪える。


 ――ドクンッ―—


「つぅ……ぅ……」


 レグスセンスが発動し、僕の魔力とカリィヌの魔力が繋がる。名残惜しいけど、ふとももからゆっくり手を離した。


「カリィヌ……大丈夫?」

「平気、ですわ。まずは自分の魔力を落ち着けて……」


 カリィヌの中で増幅した魔力が溢れ出そうになる。彼女は深呼吸しながらそれを抑え込み、その手綱をしっかり掴む。


「……いけますわ」

「本当にありがとう、カリィヌ」

「礼を言うのは早いわよ。さあ、あのバカ王子を懲らしめてやりなさい」

「うん……!」



               *



「ゴミのくせに調子に乗るな!」

 周囲にいくつも水球を浮かび、フォスト王子が連続で剣を振う。先ほどの水の刃、ブルー・スラッシュの連打だ。


 バシュウウゥゥゥ!


 僕は風属性魔法で範囲の広いシールドを張り、それを防いでいく。連打しているからかさっきよりも一撃が軽い。水球が全部無くなるまで防ぎきることができた。


「ば、ばかなぁ……お前如きの魔力で、防げるはずがないぃ!!」


 フォスト王子が肩で息をして声を荒げるのに対し、僕は静かに魔法を解除して手を下ろす。

 魔力の変換、コントロール。すべて上手くいっている。後ろで椅子に座っているカリィヌは平静そのもの。溢れる魔力を押さえながらだからすごく集中しているはずなのに、それを一切顔に出さないようがんばっている。


「――――!」


 しかしそこへ、中央から下がったゲインが近付いていった。


「カリィヌ様。ヨルム君すごいですね。危険なようであればすぐに止めに入るつもりでしたが、必要なさそうです。この三日間でこれほど魔力が上がるなんて、いったいどんな特訓をしたのですか?」


 ゲインに悪気はないのだろう、普通に話しかけている。しかしカリィヌは魔力を抑えるのと変換に集中している。返答なんて……。


「それは教えられませんわ。それより、わたくしはこの勝負をしっかり見届けたいの」

「これはこれは、失礼しました」


 ゲインは頭を下げて、一歩下がる。そこへロアイが間に入った。


「わたしたちみんなヨルムくんの特訓手伝ってたからさ。なんとしても勝って欲しいんだ。……ほら、カリィヌちゃん素直じゃないから。ああやって姿勢正して見ることが精一杯の応援なの」

「ははぁ……。なるほど、さすがはトゥエン家のお嬢様。しっかりしていますね」


 ロアイがフォローを入れてくれたおかげで、ゲインも怪しむことなく、黙って観戦に戻った。よかった……。


「よそ見とは余裕だな! なめるなよ!」

「しまっ……!」


 気付いた時にはフォスト王子が目の前まで接近していた。剣を両手に握って上段から振りかぶる。僕は慌ててそれを魔法でガードした。


「ふんっ!」


 ゴスッ――!


「げふ……」


 剣はフェイント、胴に蹴りを食らって僕は後ろに倒れた。


「レインフォース!」


 フォスト王子が水でナイフほどの大きさの円錐を無数に作り出し、僕に向けて放つ。


「くっ……!」


 僕は床に風魔法を撃って自分の身体を転がしそれを避ける。

 その直後、さらに間合いを詰めたフォスト王子の剣が空を切った。


「チッ……避けたか」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 転がった先で急いで立ち上がり、呼吸を整える。王子の剣、避けたと思ったけど完全には避けきれてなかった。左腕を掠ってしまい血が出ている。

 僕はバカだ。カリィヌに安心して戦えと言われていたのに。

 目の前にいるのは、性格に難あれど王家の人間。もともとの魔力も武術も僕よりずっと上なのだ。いくら自由に使える魔力が増えたとはいえ、後ろを気にして勝てるような相手ではない。集中しろ。

 それでもカリィヌが心配なら、この勝負を長引かせずに終わらせるしかない。


「フォスト王子! これから僕は全力の魔法を撃つ! 僕如きの魔力というのなら、受けてみろ!」


 僕は右手を突き出し、魔力を集中させる。自在になった魔力を、カリィヌが変換してくれた魔力をすべて右腕に集めていく。


「そうですわ……もっと、もっとですわ。あなたの魔力はそんなものじゃないのよ!」


 後ろからカリィヌの声が聞こえた。

 瞬間、魔力が膨れあがる。いいや、もともと僕の身体の中にあった魔力が存在感を増した感じだ。こんなにあったんだ。すごい、いまなら完璧にわかる。魔力を練るということ。体中の魔力を掻き集め、右の拳に流し込む、その感覚が。


「どうだ、フォスト王子!」

「チッ――いいだろう、乗ってやる! 俺は封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッド様だからな! 見せてやるぞ俺の最強の魔法を!」


 フォスト王子が剣を捨て、両腕を掲げて叫ぶ。


よ、力を寄越せ! 我が礎となれ!」


 瞬間、背中から巨大な水の翼が広がった。先日の魔法と同じだがさらに大きい。天井に届きそうだ。


(そういえばあの時も、忌々しい水の魔力って言ってた。どういう意味だ?)


 ……いいや、いまは勝つことだけを考えよう。

 僕は拳に集めた風の魔力を横に伸ばしていく。


「――ウィンドブレイド」


 ブゥオン――!

 現れる、エメラルドグリーンに光る宝石のような美しい剣。大きさはこないだと同じだけど、一際強い光を放ち前よりも魔力が込められているのがわかる。

 僕は剣を後ろに引いて、突きの構えを取った。


「見慣れん魔法だな――しかし、関係無いッ」


 フォスト王子は両翼を真上に伸ばし、翼と翼の間で魔力を膨らませていく。水の塊となったそれは回転し、変形――――巨大な槌となった。

 その槌を翼で掴み、高く掲げたままフォスト王子が飛び上がる。


「すべて、潰すのみッ。落ちろ、青き天の怒り。ブルー・キングダム・ハンマー!」

「――ならば、貫く! 駆けろ風、ウィンドブレイド・トラスト!」


 下から吹き荒れる暴風と共に、剣先からは竜巻の如く渦を巻いた風が一直線に放たれた。


 ズゴゴゴゴガガガガガガガッ!!


 振り下ろされた水の槌と激しくぶつかり合う。

 二つの力が削れあい、周囲に広がっていく。風の魔力は暴風となり荒れ狂い、水の魔力が何本もの水流となって回転しながら飛び交う。


 バチィィィ!


 魔術の結界があるため観客席や後ろのカリィヌたちに当たることはないが、ぶつかった魔力が激しい音を立て、衝撃を吸収する光が明滅する。


(これを、僕が――!)


 僕の中にあった魔力。それを魔法にできればこんなことになるんだ。サポートがあるからだけど、自分が強力な魔法を使えていることに興奮していた。

 王族であるフォスト王子の魔法と互角にぶつかり合っている。ちょっと前の僕には想像できない光景だった。あり得ない状況だった。


 ――――


 唐突に芽生える感情。ヨルムとカリィヌとロアイのおかげで僕は強くなれた。だから負けられない。勝って四人で喜ぶんだ。だけど――あぁ。


 それ以上に強く思う。ただ、、と。

 理由なんてない。僕は、僕の魔法で――


(――フォスト王子の魔法を打ち破りたい!)


 きっとこれが、闘争心。純粋に、ただという気持ち――!


「くそ! お前になんぞ負けてたまるか! 潰れろ、潰れろ! とっとと潰れろおおおぉぉぉぉ!」

「嫌だ! 僕が絶対に勝つ! ウィンドブレイドよ! 貫けええぇぇぇぇ!」


 僕は叫び、槌に向かって剣を投げつけた。



 ――――パンッ!!



 剣が突き刺さった瞬間、水の槌と共に弾けて魔力が霧散する。そして、


「な、なにぃぃぃぃ! うがぁぁぁぁぁ!」


 風魔法が空中にいたフォスト王子に直撃した。王子は打ち上げられ、宙を舞いゆっくりと弧を描いて真っ逆さまに――


「――って、まずい!」

「ひょいっと」


 頭から落ちると思われたフォスト王子が空中でゴイスに抱えられた。

 見ると観客席にジャンプ台のような岩が生えている。それで跳躍したようだ。ゴイスは抱えたまま静かに着地した。


 抱えられたフォスト王子はまだ意識があった。僕に向かって腕を伸ばそうともがく。そこへもう一人の従者、ゲインが歩み寄る。


「勝負ありです、フォスト王子」

「ぐ、が……みとめ……うっ」


 必死に腕を伸ばし、水の魔力が手のひらに集まる。が――すぐにパシャンと消え、腕がだらんと落ちた。気絶したようだ。


「フォスト王子、戦闘不能です。よって勝者、ヨルム・クウゼル!」

「……僕が、勝った……」


 ゲインの宣言を聞いても、すべてを出し切った僕は頭の中が真っ白だった。色んな想いが駆け巡るけど、どれも頭の中に入ってこなかった。


「もう一度言いましょうか? ヨルム君の勝利です。おめでとう、胸を張って下さい」


 ゲインはそう言うと、ゴイスと共に王子を観客席に運ぶ。入れ替わるようにしてキャロが観客席から駆け寄ってきた。


「ヨルム……! お見事だったよ」


 僕の手を取るキャロ。そこでようやく頭が回り始める。



「……キャロ……勝った……僕が勝ったんだ。やった……うぉぉぉぉおおおお!!」


 勝利した実感。嬉しさがこみ上げ、キャロの手を握りしめて天を仰いで吠えた。



「っ――そんな声出すんだ。……ヨルム、かっこ良かったよ。ありがと」


 キャロに小声で囁かれ、僕は我に返り慌てて手を離す。


「ご、ごめん、つい! そ、そうだ、一番がんばったのは僕じゃないんだった」


 そう言って入口の方を振り返る。


「ぷはっ……お、終わったわね」

「カリィヌちゃんお疲れさまだよ」


 レグスセンスが解け、カリィヌがロアイに手を借りて立ち上がった。ゆっくり僕らの方へ歩いてくる。


「うん、カリィヌにも感謝しなくちゃね。でもやっぱり私は、フォスト王子と戦ったヨルムが一番頑張ったと思う。言ったでしょ? 自信を持って、って」

「キャロ……。うん、ありがとう」


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