5「ニクリ・キリースともしもの話」


「キャロおねえさまー!」


 昼休む、名前を呼びながらダッシュで教室に入ってきたのは別のクラスの女の子、ニクリ・キリースだった。


「相変わらず元気だね、ニクリ。なにかご用かな?」

「はい、ニクリは元気です! でもご用はありません。キャロおねえさまに会いに来ただけですよー!」


 そう言ってニコニコ笑うニクリ。キャロのことをおねえさまと呼んでいるけど年齢は同じだ。でも身長は背の低いロアイよりももっと低く、紫色の短い髪に幼い顔、雰囲気や性格も相まって年下に見える。


「おねえさまは今日もお綺麗です。一緒にいるだけでほわほわしてしまいますよー」

「そう……かな?」

「はいです!」


 ニクリがここまでキャロのことを慕う理由はわからない。ただ、彼女もまた闇属性という希少な魔力の持ち主。闇に隠れる魔法をキャロの光の魔力で見付けられたのが二人の出会いだったそうだ。それからこんな感じで懐かれたらしいので、その辺りに理由がありそうだとキャロは言っていた。

 普段はクラスメイトですらあまり話をしようとしないキャロだけど、ここまでグイグイ来られるとクールな態度を取ることもできない。もう傍から見ると本当の姉妹のようだ。


「ヨルムさんももっとありがたがるべきですよ? わかっていますか?」

「う、うん……わかってる、よ?」


 キャロのところに来ると高確率で僕がいるため、僕ともこうして話すようになった。特に邪魔と思われているわけではなさそうでよかった。

 ちなみにニクリは僕とキャロの関係――レグスセンスのことは知らない。もちろんあの隠し部屋のことも。中等部からの友人ということで納得し、特に追及はされなかった。


「はぁ……本当に素晴らしいお方です。特にキャロ・テンリというお名前が素敵です。そのお名前はご両親がお付けになったのですか?」

「……もちろん」


 キャロが少しだけ遠い目になり、僕はヒヤヒヤする。実はキャロの今の両親は本当の親ではないのだ。詳しい事情はわからないけど、中等部の時にそれだけ教えてくれた。

 しかもキャロは初等部の間はこのエルテリス学園に通っていない。中等部の時に外部から来た転入生だ。その辺りからも色々察することができてしまう。


「そうなんですねー。あ、そういえばこんな話を知っていますか?」

「待ってニクリ。せっかくだしお昼ご飯食べながらにしない?」


 僕はニクリを遮ってそう提案する。このままでは昼休みが終わるまで話し続けそうだった。


「ヨルムさんナイスアイデアです! でもニクリ、ご一緒してもいいのですか?」

「もちろんだよ。いいよね、キャロ」

「私は構わないよ」

「やったー! お弁当取ってきますねー」


 走って出て行くニクリを見送り、僕もお弁当の準備をする。

 するとキャロが小声で、


「ヨルム。そこまで気を遣わなくても大丈夫だよ」

「あ……うん、ごめん」

「ふっ――ん-ん、ありがと」


 キャロは口元に微かな笑みを浮かべて、窓の外を見つめる。

 その横顔を見て思う。ニクリの言う通り、キャロは今日も綺麗で――そしてカワイイ。



               *



「それでさっき言いかけた話なんですけどね」


 ニクリがお弁当を持って教室に戻ってきて、僕らは部屋の隅の方に机を寄せて座った。

 そしてほぼほぼ食べ終えた辺りで、ニクリが話を始める。


「この街の一番奥にリカッドリア城がありますよね。そしてその後ろに、魔王が眠る封印の地があります」


 封印王国リカッドリア、首都レーゼン。リカッドリア城のすぐ裏には封印の地がある。城は封印を守りつつ、荒廃した世界を立て直す拠点の役割も担っていたという。


「400年も前に倒された魔王はいまもなお封印の地で眠り続けていると言われていますが……実は、一時期とんでもない噂が流れたことがあるんですよ」

「とんでもない噂?」


 なんだろう。今日までこの街で暮らしてきて、封印の地に関する噂なんて聞いたことがない。


「ニクリたちが生まれるよりもずっと前のことですよ。お二人が知らないのも当然なのです」

「へぇ……」


 そんな噂をニクリはいったいどこで聞いてきたんだろう。


「……それで、ニクリ。噂の内容はどんなものなんだい?」

「それがですね。なんと、魔王は封印されていないかもしれない、という噂です」

「え……えぇ!?」


 魔王が封印されていない?


「いやいやさすがにそれは――」

「どうしてそんな噂が流れたのかな、ニクリ」


 それはないと言おうとした僕を遮って、意外にもキャロが詳しく聞こうとする。しかし、


「わかりません!」


 ニクリは元気よくそう答えた。


「わ、わからない……?」

「はい。この噂200年くらい前にちょこっと流れたものらしいんですけど、すぐに根拠の無いガセだとわかって消えてしまったんです。あまりに平和な時が続いているから出た噂なんじゃないかって、当時の本に書かれています」

「…………」


 キャロは黙ってしまったけど、僕はなるほどと納得していた。

 この400年間。封印の地でなにかが起きたという記録は無いそうだ。盗賊などの侵入者はいたかもしれないが、なにか大きな問題、例えば凶悪な魔物が現れたとかそういう話は一切聞かない。それだけ封印が強固だという証拠だ。

 でもだからこそ、そんな噂が流れたのだろう。魔王なんて眠っていないのではないか、と。


「そもそも封印の地には王族の人しか入れないそうですし、封印を確かめる方法なんてないんですよね」

「城のテラスから見学はしたことあるけど、中に入ったことがある人には会ったことないね」


 学園の初等部に封印の地を見学する授業があって、きっとみんなそこから見たことがある。封印の地は巨大な壁で囲まれただだっ広い円形の荒野。中心に封魔殿と呼ばれる小さな正方形の建物があり、そこに向かって真っすぐ道が伸びているだけで他にはなにもない。だけどそれがシンプルに恐かった。魔王が封印されているのだと子供ながらに恐怖を覚えた。


「でも面白い話だと思いませんか? キャロおねえさま、もし魔王が封印されていないのだとしたら、魔王はどうなったと思いますか?」

「それは……」

「ニクリ、それはさすがにあり得ないんじゃない?」

「もしもの話ですってば。ニクリだって信じているわけじゃありませんよー」

「そ、そっか」

「魔王を倒していないのなら平和になるはずがないですし、もし封印では無く倒したのならそのまま言えばいいだけです。封印なんて嘘を言う必要ありませんよね」

「あぁ、うん。確かに」

「当時もすぐにそういう話になりました。それで噂は消えていったようです」


 まぁそうだろう。少し考えればわかることだった。むしろなんで噂にまでなったのか不思議なくらいだ。


「もし、魔王が封印ではなく倒されていたのだとしたら」


 ぽそっと、キャロが呟くように話し出す。


「フォルン・リカッド――初代国王は、封印したと嘘をつかなければならない……理由があったんだろう」

「キャロ……?」

「もしもの話だよ」


 キャロは静かに最後のおかずを食べ、ごちそうさまでしたと言ってお弁当を片付け始める。

 そんなキャロをニクリはじっと見つめて、


「キャロおねえさまは古代人だからわかるのですか?」

「……さあ。私にもわからないよ」


 ニクリの問いに、キャロはどこか曖昧な返事をするのだった。


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