4「第3王子と古代人」


「もう一度言うが俺は封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッドだ! さあ俺を敬え!」


 再び自己紹介をする王子様。すると後ろに控えていた従者が両脇に跪く。


「何度もお名前を披露することで虚勢を張り自身を大きく見せる作戦、見事ですフォスト様」

「フォスト様すごい、さすがおおきい」

「そうだろうそうだろう!」


 と、この場の誰よりも背の低い小柄な王子様が胸を張る。

 ちなみにそれを間違っても口にしてはいけない。背が低いとか子供とかは禁句だ。成長が遅いことを王子様はとても気にしている。

 従者の名前はゲインとゴイス。褒めているように聞こえなかった言葉でフォスト王子を讃えていたのがゲイン。長身瘦せ型、ひょろ長い印象の男子だ。

 対照的に語彙力はないけど普通に褒めていたのがゴイス。背は高くないが横幅の大きい男子。

 二人とも王子と同い年で生徒として学園に通っている。


 そんなどこかデコボコ感のある三人に、キャロが頭を下げた。


「それでは私たちは失礼いたします」


 僕らもそれに続いて頭を下げて立ち去ろうとする、が――。


「ままま待ちたまえ! 探していたと言っただろうキャロ・テンリ!」


 しれっと帰るのはさすがに無理があった。フォスト王子が慌てて回り込む。


「私になにか御用ですか」

「相変わらずだね君は。わかっているだろう? 俺は君に交際を申し込みに来たのさ」


 わかってる。この場の全員がわかっている。高等部に上がってからキャロは何度もフォスト王子に交際を申し込まれているのだ。


「…………」


 そしてキャロはなにも応えない。ついには眉一つ動かさなくなった。しかしそれでもフォスト王子はお構いなしに続ける。


「君は100年に一度現れるかどうかの魔法の天才だ! 魔力も魔法のセンスも誰よりも優れている! そしてなにより1000年に一度現れるかどうかの美女! この国の王子である俺にふさわしい女性だ!」


 王子の言葉に僕がドキッとしてしまう。彼の性格はともかく、こんな風になんのてらいもなく大声で好意の言葉を口にできるのは正直ちょっと羨ましかった。

 だけどどれだけ言葉を尽くしてもキャロにはまったく響いていない。


 ……ちなみに僕は知っている。彼女が、


『フォスト王子とか絶対無理。ないわーないない』


 と言っていたのを。おそらくいまも無表情の裏で同じようなことを思っているだろう。


 無反応なキャロにさすがのフォスト王子も余裕が崩れ始めた。


「キャ、キャロ嬢? なにか不満があるのか? いいやあるわけがない、俺はこの国の王子なのだから!」

「そこが一番――いえ、フォスト王子。問題があるのは私の方です。私は古代人ですから、王子様には相応しくありません」

「っ、古代、人!」

「出ましたね古代人」

「古代人ー」


 フォスト王子が後ずさり、従者たちも立ち上がって再び後ろに控えた。

 王子は深くため息をついて、


「キャロ嬢……王子である俺の誘いに戸惑い迷ってしまい、結果断ろうとするのはわからないでもない。ただもう少し断り方というものがあるのではないか? そうだろう? ゲイン、ゴイスよ」

「ええ、そうですとも。古代人は無いですね」

「王子ー。古代人ってなんですか?」

「アホめ、意味などあるはずないだろう。ただの口実なのだからな」


 このフォスト王子もキャロの言う『古代人』のことをまったく信じていない。まぁ無理もない。本当なのかもと思っているのはおそらく僕くらいだ。


「ふん、まぁいい。今日のところは引き下がろう。しかしキャロ嬢、一つだけ忠告しておく」

「なんでしょう」

「付き合う人間は選びたまえ。トゥエン家のカリィヌ君はともかく――」


 フォスト王子がジロリと僕らを睨む。いや、視線はロアイに向けられている気がする。


「――その二人は君に相応しくない」

「…………」

「行くぞ、ゲイン、ゴイス」


 フォスト王子が背を向け、従者二人が僕らに小さく頭を下げる。だけど二人はすぐには去らず、ひょろ長い方、ゲインが一枚の紙を僕らに見せた。


『いつも王子がご迷惑をおかけしています。申し訳ありません』


 ゲインが手を離すと紙にポッと火が着いて一瞬で消えてしまう。そしてすぐに王子のあとに続く。ゴイスも笑って手を振って歩き去っていった。



「まったくあの王子は相変わらずですわね。ゲインとゴイスはよくやっているわ」


 王子たちが見えなくなるのを待って、カリィヌが呆れてため息をつく。トゥエン家の娘でしかも同い年ということで、昔からフォスト王子のことは知っているらしい。


「ゲインくんとゴイスくんのフォローのおかげでなんとかなってるけど、フォスト王子って評判悪いよ。なにかしらの成績がいい人じゃないと目を向けようとしないし、魔力が低い人のことゴミだと思ってるっぽい。まぁ、わたしのことなんだけどね。さっきみたいにたまに睨まれるんだよ。あはは……」


 自虐気味に笑うロアイ。僕は目を背け、俯いてしまう。自分もその魔力が低い人に分類されているからだ。

 フォスト王子については僕もロアイと似たような印象を抱いている。少し違うのはゴミではなく、いないものとされていると感じていることだ。フォスト王子はかなりの頻度でキャロに交際を申し込んでいるが、僕に目を向けることは一切無い。睨むこともしない。話をするのはキャロとカリィヌにだけ。彼の目に僕は映っていないのだろう。


 僕らが暗い気持ちで落ち込んでいると、


「ロアイ、そんな風に笑わないでくれ。ほら、ヨルムも顔をあげて欲しい」


 ハッとして顔を上げると、キャロが目の前にいた。


「あの王子は知らないんだ。あなたたちの力を。強さを」

「キャロ……」


 微笑むキャロ。だけどすぐに、どこか遠くを見つめてしまう。その方角は城の方――いいや、その向こう側を見ているようだった。そしてポツリと呟く。


「そう、知らないんだよ。――この国の真実も、なにも――」


「……え? それって」


 どういう意味か聞こうとしたところで、


「キャロちゃん! わたし嬉しいよ!」

「っ……あ、あぶないよ、ロアイさん」


 ロアイがキャロに飛びついた。カリィヌも近付いてきて、ロアイの頭にぽんと手を置く。


「二人とも、キャロの言う通りですわ。フォスト王子のことで気に病むなんて時間の無駄よ。さ、早く帰りましょう」


 どうやらキャロの呟きが聞こえたのは僕だけだったようだ。三人とも歩き出してしまう。


(――この国の真実ってなんだろう?)


 結局その日はキャロに話を聞くことができず、そのまま家に帰ることになってしまったのだった。



               *



「ゲイン」

「なんでしょう、フォスト王子」

「何故キャロ嬢のそばにいつもあの女がいるのだ」

「カリィヌ様ですか?」

「違う!」

「……ロアイ・ホクトさんですね。キャロ様のご友人のようですが」

「チッ……気に食わんな。それと気のせいだと思うが、いつも同じ男がいないか?」

「見えていたのですか。……気のせいではありません。そちらもキャロ様のご友人です」

「なんだと? それはもっと気に食わんぞ」

「…………」

「よし。キャロ嬢を手に入れる前に、邪魔な虫どもを排除しよう」


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