3「ロアイ・ホクトと学園の創立者」


「喰らいなさい、キャロ! 業炎魔法フレイムドラグーーーーン!!」

「受けて立つ。ジャッジメントレイ――」


 カリィヌが全身に炎を纏い、巨大な炎のドラゴンを放つ。

 それを正面で迎え撃つキャロ。彼女の手のひらに光の粒が急速に集まっていき、キンッ――……と一条の強烈な光を撃ち出した。


 ――ズガガガガガガガガガガッ!!


 光はドラゴンの顎に突き刺さり、炎はそれを呑み込もうとする。

 だけど均衡したのは一瞬だった。キャロの光線がドラゴンの身体を引き裂き撃ち破る。


「きゃふん!」


 ドゴォォォォン!

 爆発、周囲に炎が飛び散り、カリィヌは後ろに吹き飛ばされてしまった。


「勝負あり、だね」

「くぅぅぅぅ! 悔しいですわー!」


 今日の勝負もキャロの勝ち。全勝記録が更新されるのだった。



「やっぱりここだったのね。お部屋にいないから探しちゃった」

「あ、ロアイ……」

 離れたところで二人の勝負を見ていた僕の隣りに、ロアイ・ホクトがやってきて腰掛ける。

 彼女は以前廊下でぶつかってふとももに触れてしまい、レグスセンスの秘密を共有することになった同学年の女の子。ピンク色の明るい髪を後ろでまとめ上げてショートカットみたいにしている。可愛らしい顔立ちと、僕らの中で一番背が低いのもあって少し幼い印象の女の子だ。


「勝負はもう終わったんだね。聞くまでもないけどキャロちゃんの勝ち?」

「うん。カリィヌの魔法もすごいんだけど……」

「キャロちゃんには敵わないよねー」


 二人ともレグスセンスで魔力を増幅していてとんでもない威力の魔法を放っているのだけど――やはりキャロは一段上のようだ。


「それよりそうだ。ごめんロアイ、カリィヌがどうしても早く勝負したいって言うから、先に外に出ちゃったんだ」

「わかってるわかってる。わたしちょっと用事あって遅れたから。カリィヌちゃんが待ちきれなかったんでしょ? 探したって言ったけど、実はまっすぐここに来たから大丈夫」


 ここは学園の外であり、首都レーゼンの外でもある。学園が街の東端にあり、少し歩けばもう街の外。この先は深い森になっているんだけど、その手前に木々で囲まれた広場のような場所がある。ちょうど学園からは見えなくなっていて、キャロたちはそこを勝負の場所にしていた。見えないと言ってもかなり派手に魔法を撃ち合っているので、いつかバレるんじゃないかとヒヤヒヤしている。

 隠し部屋にいない時はだいたいここで勝負をしているから、ロアイもすぐに見当がついたようだ。


「ね、ヨルムくん。二人がこっちに来る前に、お願いしていい?」


 ロアイは手を合わせてから、スカートに隠れた自分のふとももを指さした。


「え……あぁ、うん……いいけど」


 僕が手を伸ばすと、ロアイは小さく胸を張って腕を後ろに回してしまう。彼女はいつも自分からスカートを持ち上げない。僕が自分でめくらないといけないのだ。


(これ……ほんと、ドキドキするんだよな……)


 ゆっくりスカートをめくり、ふとももを露わにする。ロアイのふとももは透明感がある。うっすらと静脈が見え、触れたら壊れてしまいそうな脆く儚い印象の白い肌。僕はごくりと唾を飲み込み、意を決してふとももに触れる。壊れてしまいそうだと思っているのに、触れたいという衝動を抑えられない。蠱惑的な誘惑に逆らえないのだ。


 ――ドクンッ――


「ふぅ……うんっ……きたきた」


 ロアイの身体から魔力がにじみ出る。彼女はすぐに立ち上がると、バシュッと音を立ててその場に紫色の残像を残して消えた。たちまちシュバババババッと激しい音が聞こえ空を見ると、紫電を撒き散らしながらあちこちに残像を残しながらロアイが飛び回っていた。


「好きなだけ飛び回れるのさいっこー!」


 嬉しそうな声を上げてくるっと回転して着地するロアイ。

 もう何度も見ているから慣れてしまったけど、最初の頃はかなり驚いた。彼女の魔力の属性は雷。光属性に並ぶ希少な属性だ。魔力を身に纏い高速移動を可能にする魔法が有名で、冒険者の間では仲間にしたい属性ナンバーワン。


「普段からこれだけ飛べたら嬉しいんだけどね」

「ロアイ……」


 雷属性を持って生まれたロアイは幼い頃からとても期待されていたらしい。だけど成長するにつれてわかってきたことがある。周りの子たちに比べて魔力の量が少ない。冒険者に期待されている類の魔法を使えないのではないか……と。

 期待され、がっかりされる。それを繰り返してきたらしいのだ。

 だから初めて会った時のロアイはこんなに明るくなかった。でも僕がレグスセンスで魔力を増幅したら吹っ切れたのか、彼女は変わった。


「もう一回飛んでくるね!」

「うん、いってらっしゃい」


 バシュッ――!

 ちなみにレグスセンスの使用頻度はロアイが一番高い。僕も魔力が低いから彼女の心境が少しわかる。だから協力は惜しまなかった。


「ロアイは今日も気持ちよさそうに飛んでいるね」

「他の人の雷属性魔法を見たことがあるけれど、あそこまで連続で使える人はいませんでしたわ」


 勝負を終えたキャロとカリィヌがこっちに戻って来てロアイを見上げた。

 話が聞こえたようで、褒められたロアイはますます嬉しそうに空を駆ける。


「ふたりともありがとう! でもこれはヨルムくんが魔力を増幅してくれてるおかげだよー」


 ――シュバババババババッ!


「……あれは魔力量の問題じゃないわよね?」

「そうだね。コントロールがとても繊細だ。魔力の少なさ故……なのかな」


 空中での魔法の連続使用。それを可能にしたのはこれまで魔力の少なさをコントロールでカバーしようとしてきた結果なのだろうと、以前キャロが話していた。期待に応えようと頑張り続けていたのだ。

 2回飛び回って満足したようで、ロアイが笑顔で僕の隣りに戻ってきた。


「ふぅ、楽しかったー!」

「それはなによりですわ。けど今日は遅かったじゃない、ロアイ?」

「ごめんごめん。ちょっと図書館に寄ってたら遅れちゃったんだ」

「図書館ということは、またスザン・エルテリスかい?」

「もちろん!」

「相変わらずね。聞くだけ野暮ですわ」

「そんな言い方しないでよ。みんなも知ってるでしょう? スザン・エルテリスの偉業を!」

「ほら、また始まったわ。長くなりますわよ。どうしてくれるのよキャロ」

「私のせいじゃないよ……。ロアイ、もうすぐ日が暮れる。歩きながら話そうか」


 僕らは学園に戻りながら、ロアイの話を聞くことになった。


 スザン・エルテリス。学園の創立者――。

 もちろんそれだけではない。ロアイの言う通り、歴史に名を残す偉業を成し遂げた人物だ。

 では今度こそ、この封印王国リカッドリアの成り立ちについて触れていこう。


 いまから約400年前、魔物を統べる者『魔王』が現れ、街を壊し国を滅ぼし人類を蹂躙していった。世界は魔物が跋扈する荒廃した世界に作り替えられてしまった。

 僅かに残った人類は各地に集落を作り、生活圏を必死に守った。しかしこのままでは増え続ける魔物に対処しきれなくなり、押し切られてしまうだろう。

 そこで人間は少人数で魔物に対抗する唯一の手段、魔法の力を鍛えた。魔物に抗いながら磨き続けた。そうして力を得た冒険者たちが元凶である魔王を討つために旅立っていく。何度も、何人も……。


 そしてついに、人間たちの悲願が叶う。

 一組の冒険者が激闘の末に魔王を封印したのだ。

 それが時の英雄フォルン・リカッド。

 彼は封印の英雄と呼ばれ、荒廃しきった世界に最初の国を作った。魔王を封印した地を守るように城を建て、人が集まり街が出来た。それがいまの封印王国リカッドリアと首都レーゼンだ。


 フォルン・リカッドには共に戦った仲間がいた。それがブレイダ・トゥエンとスザン・エルテリス。

 魔王封印後、スザンはフォルン王の依頼で人材の育成を任されていた。世界にはまだ凶悪な魔物がたくさんいる。戦うための力は必要だった。そこでスザンは首都レーゼンに育成機関として学園を作ることにした。子供のうちから魔法をしっかり学べるように。冒険者になれるように。

 スザンは10年かけてその基盤を作り上げた。しかし運営が軌道に乗るのを見届けると、仲間のブレイダ・トゥエンに学園を任せて彼女は国を離れてしまう。

 各地で魔物に苦しめられている人たちを訪ねて救いたい。それは彼女の兼ねてからの想いであり、使命だった。

 フォルン王の依頼を果たしたスザンは、救いの旅に出たのだ――。


「すごいよね? 世界の色んなところにスザン・エルテリスが残した石碑が見つかってるんだ。彼女に救われたっていう街もたっくさん! 知ってる? さっきのところから森の中に入ると始まりの石碑があるんだよ。森には魔物が出るから冒険者の付き添いが必要だけど、石碑の周りだけは魔物が近付けなくって――」

「退魔の魔術ですわね。知っているわよ、あなたに何度も何度も聞かされましたわ」


 ――魔術。特殊な効果を場に残す古代魔法。現代ではもう扱える人はいないと言われているけど、スザン・エルテリスはその魔術の天才だったらしい。魔王を封印しているのも彼女の魔術だそうだ。

 と、僕もロアイに聞かされて覚えてしまった。


「あはは、何度も話したくなっちゃうんだよね~本当にすごいから!」

「……ロアイはスザンを崇拝しているんだね」

「うん! わたしはスザン・エルテリス信者だよ。いつか彼女の足跡を辿る旅がしたいんだ」

「そう……」


 ロアイがこの話をする時、キャロは小さく笑みを浮かべながらも、どこか寂しそうな目になる。いったいなにを想ってそんな表情をするのだろう……。



 スザン・エルテリスについての話を聞きながら歩いていたらあっという間に学園に帰り着いた。裏門を潜り校舎に入ると、


「あぁ――探したぞキャロ嬢!」


 突然僕たちの前に立ち塞がる人影。

 仰々しく両手を広げる背の低い男子と、その後ろに控える二人の従者。

 三人とも僕らと同じ学年の生徒だ。もうすっかり見慣れてしまったその顔に、カリィヌが露骨にうんざりした顔をする。


「またですの……。面倒なのに捕まりましたわ」

「カリィヌ君! いくらトゥエン家の娘とはいえ口を慎め。俺は封印王国リカッドリア第3王子フォスト・リカッドなのだからな!」


 自己紹介してくれた通り。王子様の登場だった。


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