Nice Guts!

 銃を撃った長身の男はそのまま着地し、怪物は投げ捨てられたかのように地に倒れ伏す。対して私は怪物の圧力から解放されたものの、未だに残る強い倦怠感のせいで起き上がることもままならない。それでもどうにか男の方を見ると――。


「ナイスガッツ! 良く生き残ったな!」


 そう言って、ニヤリと笑って見せる。


 助かった。一瞬そう安堵するも、私はすぐに冷静にならざるを得なかった。どういう訳か、男の銃は怪物に効果があるようだ。それでも依然怪物は四体。結局今のは不意打ちでどうにかなったに過ぎず、人間を遥かに凌ぐ身体能力を有す怪物を相手に、たった一人で戦える筈がない。それに加え、怪物たちは完全に男を脅威と認識したようで、周囲を囲うように臨戦態勢を取る。


「丁度良い。今まで座りっぱなしで肩が凝っていたんだ。ストレッチの相手には酷く不細工な面構えだが、この際お前たちで我慢してやるよ」


 男はゴリゴリと首を鳴らしながら挑発するように言うと、怪物はそれに乗ったかのように怪物は突進する。その見るからに重量感のある体からは想像もできない俊敏な動きで一気に距離を詰めると、怪物の内二体が、前後から男を挟み撃ちにするように鍵爪を繰り出した。


 それはギリギリ目で追える速度ではあっても、とても反応できるものではない。しかも前後からの攻撃とあっては、到底避けられはしないだろう。けれど男はドンピシャのタイミングで体を捻じるかのように跳び、怪物と怪物の鍵爪の合間を縫うようにして回避して見せる。そんな曲芸のような動きで攻撃を躱してから地面に着地すると、男は不安定な体勢のまま、即座に怪物の方へと向き直り、片方へ向けて二度続けて銃を撃つ。さらに反対側の怪物をぶっきらぼうに蹴飛ばして体制を崩させると、そこへまた二発。続けざまに後方から不意打ちを仕掛けようとしてきたもう一体にも、一発、銃弾を見舞う。


 速い。それにどんな体制で撃っても、驚く程正確に命中する。残った怪物はたったの一体。あっという間に四体を片付けてしまった。だというのに、数のアドバンテージを失った最後の一体は、まるで意に介した様子も無い。むしろその顔は、勝利を確信したかのようにさえ見える。どうして――。


「……あっ!」


 そうだ、この人の銃はリボルバー。怪物を倒すのに使った弾は今までに六発。リロードしなければ次弾は撃てない。怪物は機会を待っていたんだ。狡猾こうかつにも、仲間をおとりに使って。


 そんな状況だというのに、男は微塵も焦りの空気を感じさせない。もしかして、あの銃は六発以上装填そうてんできる物なのだろうか。そう願うように、男の方へ視線を向ける。すると男は、まるでおどけて見せるように、二度、三度と空へ向かって引き金を引き、弾が出ないことをアピールして見せた。


 そんな⁉ まさか本当に弾切れ⁉


 その自殺行為とも思えるような振る舞いで確信を得た怪物は、即座に男の方へ向かって突進し、鍵爪を振り上げた。私が瞬きをする合間、周囲に肉と骨が断たれたかのような鈍い音が響き、視界の先で、己の武器を振り下ろした男と怪物が交差している。したり・・・、という怪物の顔。しかしその勝利に満ちた表情は、頭部から股まで左右に分かれて崩れ落ちる。男は背中の大剣を抜き放ち、怪物を両断していたのだ。


 剣にこびり付いた血を大雑把に振って払うと、男はそれを背中のホルダーに戻す。すると今度は、打ち尽くしたリボルバーのシリンダーをスイングアウトさせて薬莢を抜き、その場でポケットから取り出した弾丸を込め直し始めた。


 手の中から滑り落ちるようにしてシリンダーに吸い込まれて行く弾丸。たった今まで目の前で信じられないような光景が起こっていたというのに、男の動作があまりにも様になっていて、私は今までの出来事を忘れ、その所作に目を奪われてしまっていた。


 しかし次の瞬間、最後の弾丸がシリンダーに収まるのと同時、男の不意を衝くような襲撃。傷の浅い一体が、生き残っていたのだ。


「――ッ⁉ 危な――」


 私の言葉を遮るように、ガァンと火薬の炸裂する音が周囲に響き渡ると、怪物の喉元には大きな風穴が開き、怪物は「何が起きた?」とでも言いたげな表情でその場に崩れ落ちる。呆気に取られながら音のした方を見ると、そこには一人の女性が立っていた。


 身長は百五十センチ半ばくらいのやや小柄な体形。感情が希薄そうなその表情からは、何を考えているのかを読み取ることができないけれど、その顔にはどことなく幼さを残している。正直に言えば、女性というよりも少女という方がしっくりしそうな容姿と言えば良いだろうか。ただそんな小柄な少女は、その体格とは明らかに不釣り合いな狙撃銃を車の上で直立姿勢のまま構え、得物を仕留めた印と言わんばかりに、銃口からは煙が立ち上っていた。


「……シャロ‼ お前、余計なことしやがって……。狙ってやりやがったな⁉」


 男は少し離れた場所にいる少女に向かって怒鳴りつける。男の体には頭部を中心に、怪物の喉元より噴き出した体液がベッタリと付着していた。すると少女は返答もせず、何事も無かったかのように銃を仕舞い、そのまま車を運転してこちらへと近付いてくる。先ほどの激しい運転をしていたのは、どうやら彼女の方だったらしい。近くまで車を寄せると、少女は運転席から降り、憤慨した男には一切目もくれずに私の方へ歩み寄り――。


「怪我はありませんか? あぁ、こんなに汚れてしまって。今はこんな物しかありませんが、我慢して下さいね」


 そう言いながら、私の顔をハンカチで拭いてくれる。けれど彼女の姿があまりにも幼くに見えるからか、なんだか私は少し複雑な気分になってしまう。そして、なんだろう。さっきからもう一方の手で私の手を握ったり指を絡めてきたりするのだけれど。これってちょっと、スキンシップが過剰なんじゃ……。


「おい‼ そいつはまず俺に寄越すのが道理ってもんじゃないのか⁉」

「嫌です。ハンカチを汚したくはありませんもの。それにその顔……フフ、今更少し汚れたくらいで、凶悪さには何ら変わりはありませんわ」

「お前ッ……人の顔をこんなにしておいて、なんだよその言い草は‼ あぁ、クソ……なんだよ、クソ……」


 男はポケットを探るも、ハンカチが見つからなかったのか、コートの袖で顔をゴシゴシと擦り始める。そんなどこか場違いな空気を醸し出す二人を前に、私は呆気に取られてしまっていたけれど、とうとう耐えかねて口を開かずにはいられなかった。


「……あ、あの!」

「あぁ……悪いな。俺たちはこの後の仕事を引き継ぐ予定の者で、少し前まで火具土の詰め所で待機していたんだ。救援要請はそこで聞いていたが、すると連中、ケツに生えた根っこを抜くのに忙しかったみたいでね。それで俺たちがここへ切った訳さ」


 仕事を引き継ぐ? WEフォースの制服を着ていないのに? そういえば、今回の任務は、WEフォースとある組織・・・・との共同作戦と聞いていたような。そしてさっきの戦闘を見る限り、まさか、この二人――。


「もしかして、お二人は“リベレーター”……なんですか?」

「そうですわ。そんなことより、貴女のような方が無事で本当に良かった」


 私の手をさすっていた彼女は、いつの間にか私の腕に自分の腕を絡め、無表情のまま上目遣いで私の顔を覗き込んでいた。なんだろう、これ。いや、何かは分からないけれど、少なくとも、握手とか文化の違いとかそういうものじゃないことは確かだ。


 ………………。


 そんなことより、今の会話に気になることがあったような。無事・・。そうだ、隊のみんなは――。


「あ、あの! 他にもWEフォースの隊員の人たちがいるんです! すぐにそっちに向かわないと!」


 私がそう言うと、私の手に絡みつくようにしていた彼女が手を放す。ふと見ると、元より感情の読み取れなかったその顔から、まるで全ての熱が失せたように見えた。一方、今まで文句を言いながら自分の顔を拭いていた男は、最後に強く顔を擦ると、一呼吸の後に、言う。


「残念だったなお嬢さん。全滅だよ。生き残ったのは、あんただけだ」

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