第79話 魔物避けのお香を作ろう 2
カイナ村周辺や山に生息する主な魔物はハンターウルフ、バーストボア、次点でゴブリンだ。
狩人達の山狩り以外には罠を張っていたが、精度は低い。
コストもかかる上に人間が引っかかる可能性があるため、村長が許可しなかった。
そこでメディが考案したお香は罠の難点を改善できる。
メディが紙にアイデアを書き出し、アイリーンはティーカップを持ったまま手を止める。
速記のごとく、紙が字や絵で埋まっていくからだ。
しかし、その字や画力に関しては幼児のそれと変わらない。
ビーカーに液体が入っている絵一つとっても、枠組みから中身がはみ出していた。
「メディおねーちゃん! 落書きです!?」
「何を言ってるんですか。お仕事の前準備ですよ。ロロちゃんにも、そのうち必要になります」
「むむー?」
ロロのストレートな感想にもメディは動じない。そもそも通じていない。
後世にメディの手記が発見されても、さぞかし解読に難儀するだろうとアイリーンはしみじみと思う。
「あの絵は……。天は二物を与えず、か」
「そーだね。アイリーンさんみたい」
「エルメダ。私はこう見えても、かつては画家を目指していたのだが?」
アイリーンが絵の何たるかを語る一方、メディはすでにアイデアをまとめていた。
お香の種類ごとにまとめられた必要素材が数パターンほど記されている。
更にコストや素材の入手難易度などを加味した調合難易度つきだ。
「うーん……ううむー……」
「どうしたの? お腹いたいの?」
「エルメダさんじゃないので、それはないです。どのお香タイプも利点と欠点があって……」
「なんかごめん」
メディに対する健康面の心配をした自分が悪かったと、エルメダは恥じた。
「一つは燃焼させることでより匂いを遠くに届けます。ただし持続時間に難がありますし、必要な道具も揃えなければいけません」
「つまり、定期的に変えるとすれば面倒だね。それに火が消えちゃうこともあるし……」
「もう一つは私が使っている香水タイプです。これは効果範囲が狭いです」
「つまり結果的にコストがかかっちゃうかー」
「最後に袋タイプです。どこかの木にぶらさげておくだけで効果があります。効果範囲は香水タイプより広いですが、持続時間は短いです」
どれも一長一短だとメディは述べる。
うんうんと唸って悩んでいたメディだが、やがて一つの結論に至った。
そして猛スピードで紙が文字と絵で染まる。その際の集中力はアイリーンすら鳥肌が立つほどだ。
カノエが食事の用意ができたと呼んでも一切反応しない。
「メディ。カノエが食事を……」
アイリーンがメディの肩に触れた時、反射的に引っ込めてしまった。
力を込めてメディを止めようとしても、手を動かそうとするのを止めないだろうと察するほどだ。
「これしかありませんっ!」
メディが椅子を跳ねのけて立ち上がった。
すでに食事に手をつけていたエルメダが危うく喉を詰まらせそうになる。
メディがダッシュで食卓につく四人に紙を見せつけた。
「これなんですよ!」
「メディ、判読不能だ」
「どうしてですか! マジックランプを使えば、お香の持続時間を大幅に伸ばせます!」
「マジックランプ、明かりの調整を行える火魔石を組み込んだ魔道具か。それでどうするのだ?」
「火加減を調整すれば、お香の持続時間を伸ばせます!」
誰もが頭の上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいる。
「しかし一度、火がつけば匂いが広がるというのに温度が関係するのか?」
「そこはまずこの土台になっている素材の香木が重要なんです! これはカビを防ぐだけでなく」
「わかった、すまない。マジックランプを買ってくればいいのだな?」
マジックランプはカイナ村でも生活必需品として重宝している。
アトリエにも常備しているが、空き家の時に置いてあった年代物なのでいつ壊れてもおかしくない。
他の家でも古いタイプのものが多く、明滅を繰り返す骨董品ばかりだ。
「これではびみょーにダメなんですよねぇ。最近のマジックランプはもっといいものが多いですよね」
「いいものであれば、それこそ値が張るぞ。しかも私が魔道具職人を目指していた時にこんな話を聞いたことがある。マジックランプの色や形によってはマニアに愛されているものがあり、値を左右している場合もあるそうだ」
「それじゃ、欲しいと思ったマジックランプでも手軽なお値段じゃないんですねぇ」
仮に特注品となれば、更に値が跳ね上がる。さすがのメディも盲点だった。
抜群の調合レシピを思いついても、活かすには時として道具を必要とする。
メディにとっては初めての経験だ。そして故郷の村での父親を思い出した。
――メディ! こいつはいいぞ! 針をぶっさせば液体を注入できる!
――そんなの何に使うの?
――これの偉大さがわからねぇか! だったらお前は半人前以下だな!
――うー! わ、わかる! わかる!
「ちゅーしゃき……」
魔道具ではないが、メディはかつて父親に道具の必要性を教えてもらった。
調合釜も魔道具であり、これがなければメディも仕事がやりにくい。
飲み薬と塗り薬ばかりではなく、今回のように調合したものを魔道具の力で活かす時がきてしまった。
後でメディが知ったところ、注射器も父親が外注して作ってもらったものだ。
メディにそのコネはない。
――薬師だからって薬ばっか作ってんじゃねぇぞ!
「私は半人前……」
「メディ、さっきからどうした?」
「あの、お話があります」
メディが切り出した案には誰もが即答できなかった。
何せメディが薬以外のことに真剣になっているのだから。
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