第78話 魔物避けのお香を作ろう 1

「メディ、街道整備について相談がある」


 街道整備はアイリーン達であれば問題ないと考えていたメディが面食らう。

 アトリエにて、調合の手が止まった。

 エルメダとカノエも揃っており、より緊迫感に拍車をかけていたのだ。


「ま、まさか……アイリーンさんでも討伐できない魔物がっ!?」

「ある意味、そうかもしれないな」

「そんなぁー!」


 言葉足らずのアイリーンのせいで、メディが卒倒しかけた。


 冒険者事情に明るくないメディだが、アイリーンの実力は信頼している。

 彼女に勝てる者などいないと信じていただけに、力が抜けてしまった。


 エルメダに支えられて椅子に座らされて、ロロがなぜかポーションを持ってくる。


「アイリーンさん。ちゃんと説明してあげて。メディね、これきっと疲れてるんだと思う」

「む、それはすまない。メディ、実は……」


 アイリーンが改めて説明すると、メディはひょこっと元気を取り戻す。


 街道の魔物を完全に殲滅するのは難しい事、その上で魔物を寄せ付けない薬はないか。

 説明を聞いてメディはこつんと自分の頭を叩いた。


「そうですねぇ! 私、護身用として作ってたんですけど皆さんも必要ですよねぇ! そーですよねぇ!」

「そーなのだ。どういう薬かわからないが、それを街道に使用する事はできないか?」

「私が使ってるのは香水ですよ。一人用な上に効果範囲も狭いです」

「香水か。気づかなかったな」

「人間にはほとんど気にならない香りですから。それに魔物の種類によって異なるので難しいんです」


 そもそもそのような香水など、アイリーンですら聞いた事がない。

 もしそんな香水が一般的に知れ渡れば、と考えてしまった。難しいどころでは話ではない。


 高い報酬を支払って護衛依頼を頼む者が減り、護衛を生業としている者達にも支障がでる。

 しかし無駄に命を落とす者が減るのは事実だ。


 エルメダ達が魔導列車内で出会った冒険者達のように、愚痴を言う者達は増えるが得られるものは大きい。

 アイリーンだけではなく、カノエとしても命を優先すべきだと考えている。


「じゃあさ、香水を売ったら?」

「エルメダ、それをどこでどうやって売る?」

「それはこの薬屋で……あ」

「そうだ。この村に訪れる者の危険性を減らしたいのだ」


 メディは香水の販売を考えていた。

 怪我や病気を治すだけではない。

 メディリンのように、それらを回避する薬があればいい。

 メディはすでに頭の中でレシピを考えていた。


 しかし、香水ではせいぜい一人用だ。

 街道の平和を守るには、もっと発想を転換させなければいけない。

 考え込んでいると、暇を持て余したロロが傍らで勝手に調合を始めていた。


「ロロちゃん、何を作ってるのですか?」

「魔物が嫌いな臭いを出す薬なのです! これをこーして……んぶっ!」

「くっさぁ!」


 ロロが調合として使ったのは肥料用の牛の糞だった。

 牛の糞を調合釜に入れてはいけないという言いつけは守ったものの、凄まじい臭気を放つ。


「ちょ、窓を開けよ!」

「もう、ひどい臭いねぇ」

「まったくだな」

「どうして平然としてられるの、お二人さんはさぁ」


 下水を凝縮したような魔物と戦った経験があるアイリーンと、死体の中で過ごした事もあるカノエである。


 ロロの失敗作は早急に処分されたものの、臭いだけはかすかに残っていた。

 メディが花の素材を集めて、調合釜で煮詰める。


 調合段階ですでに花特有の香りがアトリエ内を満たしていく。


 ハーブ系を少しだけ煎じて、小さな容器をいくつか用意して小分けした。


「しばらくこれを置いておきます」

「いい香りだな。心が落ち着く」

「リラックスハーブティーの応用です。あちらよりも鼻によく効くんです」

「これは人にとっても心地ちいい香りだな」


 ロロは困り顔でなぜ失敗したのか考えていた。

 メディの下で着実に基礎知識や技術を身につけているものの、腕は未熟もいいところだ。

 ただし失敗してもメディは怒らない。むしろなぜ失敗したのか、考えさせるように教えていたのだ。


「魔物もくさいなら人間もくさいのです……」

「ロロちゃん、魔物が嫌いな臭いという発想はよかったですよ」

「そーなのです?」

「次はそれを改善して、より広く……広く?」


 メディは気づいた。

 より強く広がる香りで、魔物にとっては不快な香りとなればいい。


「お香です! 街道に置けばいいんですよ! 今みたいに、一つだけでも強烈な香りを漂わせればいいんです!」

「メ、メディ。強烈な香りってまさか、あんな酷いうん」

「はしたないわ、エルメダちゃん」

「うん……ふぎゅっ!」


 カノエによってエルメダとロロの口が塞がれた。


「メディ、まさかうんこの臭いを振りまくのか?」

「いえ、人間にとって不快感がないものにします」

「うんこではないのか。なるほど」

「カノエさん! アイリーンさんの口を塞いで!」


 アイリーンにその隙はなく、カノエとしても美人がその単語を口にするのを面白がっていた。

 理不尽に憤りを感じながら、エルメダはメディの話に耳を傾ける。


「例えばリラックスハーブティーの香りも、魔物の中には嫌う個体もいます。この辺に生息している魔物なら、そう難しくはないはずです」

「必要な素材はあるか?」

「今から考えますっ!」

「では待機していよう」

「アイリーンさんは居座ってリラックスハーブティーが飲みたいだけだよね」


 カノエも当然のように食事の準備を始めていた。

 まるで我が家のようなその振る舞いに、さすがのエルメダも呆れる。

 しかしやがて漂ってくるチキンのハーブ焼きの香りのせいで、エルメダもすっかりとくつろいでしまった。

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