第77話 街道整備の解決策

 宿の開店に当たって欠かせないのが街道整備だ。最寄りの町からカイナ村までの道は決して平坦とは言えない。

 石や砂利を含んだ悪路もあるせいで、馬車での往来が困難となっている。徒歩にしても歩きにくく、体力を奪われる。


 魔物の襲来もあるので、アイリーン達は定期的に魔物討伐に当たっていた。

 カイナ村への道は山の中を突っ切る形になっているので、道の両脇は崖や森となっている部分がほとんどだ。


「拡散光線レーザーっ!」


 エルメダの魔法がゴブリン達の頭部を的確に打ち抜く。


 その正確無比の一撃を目の当たりにしたゴブリン達は逃げの姿勢だが、すぐに背中から貫かれた。


 低級の魔物ばかりとはいえ、さすがのエルメダも疲れを見せている。岩に腰かけて、一休みしていた。


「はぁー、くったびれるぅ。これってちゃんと数が減ってるのかな?」

「今日だけで二十匹以上、討伐した。魔物との遭遇率も目に見えて減っている」

「その大半はアイリーンさんだけどね……」


 アイリーンは当然のように汗一つかいていない。

 とはいえ、アイリーンもこの状況に疑問がない事もなかった。


 いくら魔物を討伐したところで、ゼロにするには不可能に近い。

 一匹のハンターウルフやゴブリンがいただけで、戦闘能力がなければ犠牲者は出る。


 護衛なしでカイナ村に向かえる状況ではないのだ。

 加えて護衛も雇う者によっては代金が大きく変動する。


 更に暴利を吹っ掛けてくる者もいれば、護衛対象を襲って逃げる者もいた。


「ねぇ、これじゃさすがに誰もが訪れる事ができる宿ってのは難しくない?」

「そうだな。それに冒険者を護衛につけても、デッドガイやサハリサのような例がある。まともな人間ばかりではない」

「お金のトラブルなんかもあるもんね。まぁ五級の私に護衛依頼なんて誰もしてくれなかったけどさ」

「私は引っ張りだこで困った」


 アイリーンのナチュラルな自慢にエルメダは辟易する。

 カイナ村に居ついて以来、エルメダはまともに冒険者活動をしていない。


 エルメダはアイリーンと共に戦っていると嫌でも差を感じてしまった。


「アイリーンさん。一級冒険者になるにはどうしたらいいの?」

「む、唐突だな。そうか、腹が減って頭が回っていないなら今日は早めに切り上げよう」

「いやいやいや、なんでそうなるのさ! 私だってアイリーンさんと並びたいし勝ちたいし!」

「本気の質問だったのか。それはすまない」

「私じゃなかったら泣いてるよ……」


 相手がエルメダでなければあり得ない返答でもあった。

 改めてアイリーンはエルメダの問いに真剣に考える。


「お前の実力はすでに一級に届いている。ただし強ければいいというものでもない」

「昇級試験があるもんね……」

「そうではない。一級となれば、背負うものも重くなる。結果を出して当然の世界だ。そんな世界で誰もが一級であり続けるのは難しいだろうな」

「アバインさんも雇ってくれた人に見限られたんだっけ」


 エルメダは今一度、思い直した。今の自分に等級がどれほどの意味があるか。

 肩書きだけアイリーンと並んでも意味がない。一級だからの強いのではなく、アイリーンだから強いのだ。


 やや俯いたエルメダの頭をアイリーンが撫でる。


「ちょ、ちょっと! なんで子ども扱いするのさ!」

「そういえば子どもではなかったな。では私より年上の可能性があるのか」

「私、アイリーンさんの年齢とか未だに知らない」

「私もわからない。途中で数えるのをやめてしまったからな」


 エルメダの実年齢三十というプロフィールは誰もが忘れかける。

 時折、中年じみた発言や仕草をするのでギャップに驚かされる者もいた。


「お前は強い。冒険者ギルドや誰かが認めなくても、お前はとっくに大勢に認められているだろう」

「まぁ肩書きはともかくさ。悔しいって気持ちはあるよ」

「それは大切にすればいいわ」


 エルメダとアイリーンの間にカノエがいた。

 その手にはランチボックスがあり、現れた理由を無言で誇示している。


「でも誰かに勝ちたいって欲求はもろ刃の剣よ。拗らせて堕ちた人はたくさんいるからね」

「そ、それよりそのランチボックスの中身!」

「あら、せっかく良い言葉で決めたかったのに……。リーシャさんお手製のサンドイッチよ」

「あの人、最高かー!」


 エルメダが真っ先にミートサンドにかぶりつく。

 その刹那、アイリーンとカノエの背後からハンターウルフ達が襲いかかった。

 もちろん襲撃は成功せず、それぞれ急所を切り裂かれたり両断されて終わる。


「魔物、それなりにいるわねぇ」

「なかなか苦労している」

「振り向かずに瞬殺しておいて言うセリフじゃないよね」


 カイナ村を襲撃するとすれば、どれほどの戦力が必要になるか。

 想像したところでエルメダには見当がつかなかった。


「この問題は極力、解決しておきたい。何よりメディもそのほうが喜ぶ」

「怪我人がいたほうが儲かるってのに、あの子も真面目よねぇ。あ、そういえばメディは護衛をつけずにあの村にやってきたのよね」

「そのようだな。以前、共に山に入った時も魔物はメディを襲うのに躊躇していた」

「それよ、それ。あの子ならこの街道整備の問題に終止符を打ってくれるかもしれないわ」


 カノエの提案にアイリーンはハッとなった。

 魔物を絶滅させて安全を確保するのではなく、近づけさせなければいいのだ。


 そしてメディの畑は害虫や害獣を寄せ付けていない。

 その事実に気づいたエルメダも思わずサンドイッチを喉に詰まらせた。


「んぐっ!」

「カノエ、名案だな。さっそくメディに相談しよう」

「うふふ、久しぶりに調合にお邪魔しちゃおうかしら?」


 苦しむエルメダの首元に手刀を入れたアイリーンだが、勢い余って気絶させてしまう。

 そのまま担いでカイナ村へと帰還して、迎えた警備隊は警戒心を露わにした。


 エルメダほどの者を追い詰めた魔物がいたのかとざわつき、誤解を解くのにやや苦労したカノエとアイリーンだった。

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