第75話 宿料理の品評会 3

「では皆の者。意見を出し合おうか」


 村長が真面目な口調で切り出す。誰もが静まり、これまで出された品の優劣を決めるのだ。

 ここで不評であれば、宿の料理としては出せない。或いは改善の余地がある。リーシャは重く受け止めていた。


 並みの料理人であれば、この瞬間は緊張するがリーシャは落ち着いている。

 自分の腕に絶対の自信を持っていないようであれば、そもそも客に品を出すべきではない。出した以上はおいしいと確信している。


 それは決して慢心ではない。料理人としての揺るぎない矜持だ。


 そんなリーシャの表情を見たアイリーンは親近感を覚える。


「リーシャは私と同じだな。勝負の瞬間は堂々としていなければならない」

「勝負なの?」

「エルメダ、これもリーシャにとっては戦いなのだ。客においしく味わってもらわなければ、料理人としての敗北を意味する」

「でもさすがに心配ないよ。文句のつけようがないくらいおいしいもん」

「私もそう思う。だからこそ、だ」


 勝つ。そう確信しなければならない。リーシャは腕組みをして、皆の言葉を待った。

 最初に口を開いたのはメディだ。


「あの……。今更、こんな事を言うのもちょっとどうかと思ったんですけど……。別にこれでいいんじゃないでしょうか?」

「メディ、それはどういう事だい?」

「私はすごくおいしいと思いますし、ぜひお客さんにも味わってほしいです」

「それはありがたいけどさ。アタシは正直な意見が聞きたいんだ。あんたも気を使う必要なんかないよ」

「いえ、えーとですね……」


 メディは困った顔をしながら、全員を見渡した。誰も未だに発言しない。村長もあえて誰かの発言を待っている。

 彼としてはすでに結論は出ているが、村長である自分が口火を切れば結論を急がせるようなものだ。


 先ほどの己を棚に上げて、彼はどっしりと構えていた。


「皆さん、あんなにおいしそうに食べてました。だからおいしいんですよ」

「いや、だからね……」

「皆さん、幸せそうでした。私は傷や病気を癒やせますが、あんな顔をさせられるでしょうか。だから、それだけで十分ですよ」

「でも、それじゃ意味ないじゃないか。アタシは料理の質の向上を……」

「食べるのは村の人達だけではありません。お客さんですよ」


 この品評会の意義を覆す発言だった。

 リーシャも自分の中で何かが砕けた感覚がある。


 他人に評価してもらう事も重要だが、誰が食べたか。

 それもまた大切だとリーシャは気づいた。


「私、お母さんの顔はほとんど覚えてないんですけど……。故郷の卵料理の味は今でも覚えてます。それが皆さんにとっておいしいかはわかりませんけど、私にとっては一番です」


 アイリーンやエルメダも初めて知るメディの過去だ。

 彼女の生い立ちを気にした事はあったが、母親については考えてなかった。

 どんな品であろうと、食べる者次第だ。すべてを判断するのは客であり、必要以上に品について議論する必要もない。

 何よりメディが言いたいのは、必ずしも質で結果が左右されるわけではないという事だった。


「しかし、だ。このまま何も言えないのではリーシャさん達に対して失礼だ」

「確かにな。せっかくの品評会だ。言いたい事を言わせてもらおう」


 やがて村人達が声を上げる。リーシャの表情は尚も変わらない。

 この流れでエルメダはおかわりを要求したい衝動を堪えている。メディの言う通り、品評会などと大袈裟だと感じていた。


「私もね、言いたい事を言わせてもらうよ」

「エルメダちゃん。どうやら志は同じのようだな」

「じゃあ……おいしかったに決まってるでしょーーーーーー!」


 エルメダの思わぬ声量に一同は驚く。


「うまい! それだけだ!」

「そうそう! 大体、オレ達は料理の評論家でも美食家でもない! うまいものにはうまいとしか言えん!」

「そーだそーだ! おかわりを所望する!」

「エルメダちゃん! まだ食べるつもりか!」


 村人達が口々にリーシャ達の料理を絶賛する。調理補助の者達は呆然としていた。

 品を考案して作り上げたのはリーシャだが、彼らも厳しい修業を積んでいる。

 嵐のような厨房にて、料理の世界を知ったのだ。しかしその上で品を完成させて、褒められた。

 作ったものを食べてもらえて褒められる。しかもこの場にいる者達からの称賛だ。感動しないわけがない。


「そっか……。俺達、いや。リーシャさんのおかげで認められたんだな」

「この村に来るまではひどい扱いを受けていたから、こんなの忘れてたよ……」


 巻き起こる拍手が彼らの涙腺を緩ませる。村長はあえて何も言わなかった。

 品評会などと称したが、彼自身も最初から厳正に判断するつもりはない。


 個人的にリーシャと勝負のようなものを勝手に想定していただけだ。

 ただ一つ、この村に誕生した宿というものを全員に知ってほしかった。


 そんな中、エルメダは待ちきれずにリーシャにすがりつく。


「ね! ね! おかわりお願い!」

「う、嬉しいけどさ。さすがにそれはダメだよ。今日はあくまでお試しだからね」

「エルメダ、無理を言うな。これは本来、お金を出して食べるものだ」


 アイリーンにエルメダが首根っこを掴まれて引きずられた。エルメダも自分の意地汚さを恥じる。

 しかしそれだけおいしかったという証拠でもあり、リーシャとしては悪い気はしなかった。


「アタシは今まで余裕がなかった。自分の店すら持てず、雇われをやっては喧嘩をして追い出されての繰り返しだった。腕さえ認めさせたらアタシだって……そんな風にギラついていたけどさ。今思えば、自分の居場所を求めていたんだと思う。だから、こいつらと同じだよ」

「リーシャ料理長……」

「アタシなんかの下で働いてくれてありがとな。あんた達もこの村も……ア、アタシは……」


 リーシャは誰にも見られないように全員に背中を見せた。誰もが察する。


「そ、村長! 品評会は終わりかい!? それならアタシは厨房に戻らせてもらうよっ!」

「う、うむ。皆の者も、今日はこれでお開きという事でいいか?」


 全員、異論はなかった。リーシャの腕はとっくに誰もが認めている。

 この村が少しでも彼女のような人間の受け皿となったのであれば、礼を言いたいのは村人のほうだった。

 メディもその一人であり、一日たりとも感謝を忘れた事はない。リーシャの境遇も自分と遜色ないと感じており、だからこそ気になる。

 流浪の鉄人の詳しいルーツを知る為に、お開きとなった後でこっそりとリーシャの下へと向かった。

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