第74話 宿料理の品評会 2

「じゃあ、冷製スープとの選択制にするかね」


 ドルガーのような獣人だけでなく、いわゆる猫舌の客もいる。メディもそこは盲点だった。

 熱さも味のスパイスとしてリーシャは重要視しているが、邪魔になる時があるのも事実だ。熱いせいでなかなか食べられない、もどかしい。

 そんな惜しい料理を見てきた事もあって、一考の余地があった。そんな提案にエルメダが挙手する。


「でも二つとも食べたい人はどうするの?」

「そんなのエルメダさんだけですよ。と思いましたが確かに惜しいですね」

「そうだよね? 誰だって少しでもおいしいものを多く食べたいよね?」


 メディは考えるが、リーシャの答えは決まっていた。エルメダのような者がいるのも事実だが、それを許容すると弊害が生まれる。


「いや、あくまで選択制だね。欲張りたい気持ちはわかるけど、選択する悩ましさってのも大事さ。それも娯楽の醍醐味の一つだと思うね」

「そうかなぁ?」

「エルメダみたいな食いたがりは残念に思うだろうけど、商売として十分ありなんだ」

「どゆこと?」

「今日はこっちを選択するけど、次に来た時はこっちにしよう。一人の客が二度、訪れてくれる可能性が生まれるのさ」

「て、鉄人が汚い……」


 宿のオーナーであるアバインにも、その発想はなかった。自分自身、客であった時に度々物足りなさを感じた事がある。

 しかしそれはサービスが行き届いており、ある程度の満足を与えた証拠でもあるのだ。

 それに創業当初のやり方を継続しなければいけないわけではない。客からの要望次第で、サービスの変更や追加の余地もあった。

 アバインは思う。一番最悪なのは悪い意味で記憶に残る宿だ。もちろん冒険者として活動している以上、最低限の寝泊りができれば不満はない。

 そこで不衛生であったり質の悪い食事を提供する宿があれば、次からは訪れる選択肢から外れてしまう。

 あの町の宿はひどいからルートを変えようと心変わりしたのは一度や二度ではなかった。


「リ、リーシャ。その……」

「なんだい、オーナー。前から思ってたけど、そのオドオドした態度はよくないよ。もっとシャキっとしな」

「す、すまない。いい案、あ、ありがとう……」

「まぁオーナーの物分かりがよくて仕事がやりやすいよ。さすがは元一級だ」


 女性が自分の指揮下にいるというのは彼にとって試練だ。特にリーシャはカノエと並ぶスタイルの為、接する際は気を使う。

 ましてや良くも悪くもリーシャは思った事をすぐに口にする。褒められたとなっては、まともに目を合わせられるはずもなかった。


「理屈はわかりますが少しだけ残念ですね。栄養バランスなら私が何とかしますよ」

「メディ。依頼したアタシが言えたものじゃないけど、あんたは働きすぎだ。後はアタシ達に任せてくれよ」

「そうですよね。よく言われます……」


 落ち着いたところで最後の品が運ばれてきた。デザートであるキラービーのロイヤルゼリーには誰もが目を奪われる。

 透き通るような質感でいて、果実のホイップで彩られた美しさは村の者達にとってはまるで宝石のようだった。


「あーーーーーーっ! 匂いが激しいのです!」

「ロロちゃん、静かにしなさ……」


 メディも思わず言葉を詰まらせるほどだ。

 見た目だけではない。どこか野生を感じさせる甘い香りは、誰もがここが宿の大広間だという事すら忘れかける。

 そんな中、アイリーンは違った観点でそれを見ていた。


「もしこれが何らかの術であれば、私にも隙が生まれていたかもしれないな」

「でもアイリーンさん、負けないじゃん」

「一瞬の隙を侮るな、エルメダ。だからお前は負けるのだ」

「泣きそう」


 提供されたものの、誰も手をつけない。どう手をつけていいのかわからず、食べるのが惜しいと思わせていた。

 カイナ村で上品なデザートを作った文化がないので、スプーンを持ったままだ。

 そこで先陣を切ったのが村長だ。元国王として様々な品を味わってきた自信があるだけに、品に押し負けない気迫があった。

 ところがスプーンをゼリーに差し込んだところで、違和感に気づく。


「……柔らかすぎる!」


 国王であった時代を思い出す。他国のパーティに出席した際、彼は表情を動かさずに一流の宮廷料理人の品を味わった。 

 そして、これはかなりの品ですななどと無難な感想を述べていた。誰もが愛想笑いという仮面の下に邪念と陰謀を隠していた世界だ。

 彼は気丈な姿勢を崩さず、侮られないように律していた。それがたとえ絶品だったとしても変わらなかった。

 当時を思い出した村長はリーシャとの対決に臨むつもりでいたのだ。ところが食べる前からすでに第一声を発している。

 ゼリーと共に村長の手も震えている。口に入れた時、甘美な香りが鼻腔を抜けた。


「ふむぐぅッ!」

「村長!?」

「んはっ……」


 ゼリーが喉を通った。だらしなく口を開けて何の言葉にもならない。

 その柔らかさと甘味は今まで味わった事がないものだった。

 もしこれが国王であった時に提供されていれば、と考えるだけで彼は恐ろしくなる。


「リーシャよ……」

「な、なんだい?」

「ワシの負けだ」

「……なんだって?」


 各国、様々な品との勝負に挑んでいた彼の敗北は引退後だった。

 もしこれが会席の場で出されていたら、情勢は変わっていたと村長は胸中で語る。

 ほがらかな村長の笑顔だが、リーシャにとっては得体が知れないものとして映った。

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