第69話 村の宴 3
メディに感化されて、移民達の意識も少しずつ変化する。彼らの中にはかつて専門職として働いていた者もおり、中には料理人がいた。
その者の名はリーシャ。かつては有名飲食店で料理人として雇われていたが、我の強さから喧嘩騒動を起こして解雇されていた。
それから町から町へ渡り歩き、様々な飲食店で働いたが長く続かない。このままでは潰れると見越した店のオーナーに新メニュー等を提案したが、突っぱねられた事もあった。
このままでは飽きられると感じた店へのアドバイスも無駄だった。
「あんた、メディっていうんだね。薬師みたいだけど、オルゴム草の肉巻きはどこで覚えたんだい?」
「あなたは?」
「あぁ、悪かった。アタシの名前はリーシャ。ただの料理人崩れさ」
「りょーりにん!? そんな方までここに!」
「そんな大したもんじゃないよ。それよりオルゴム草の肉巻きについてなんだけど……」
「どこでと言われましても……。栄養バランスと食感的に相性がいいと思っただけです」
メディの口振りからして、以前から知っていたわけではないとリーシャは悟った。
メディの知識が土台となっているのは確かだが、更に根底にあるのは彼女の類まれなる発想力だ。
型に捉われない自由な発想にリーシャは親近感を抱く。
「確かにいい味だよ。シンプルながら完成されている。料理ってのは作り込めばいいってもんじゃないからね」
「それわかります! お薬も簡単な調合ですごいものが完成する事があるんですよ!」
「ししょー! それは本当なのです!?」
「ロロちゃん、ししょーは恥ずかしいです……」
メディ呼びだったロロを窘めたのがアイリーンだ。教わる立場である以上、相手に対する礼儀を忘れてはいけないとアドバイスされた。
メディさん、メディちゃん、メディお姉ちゃん。これだけ選択肢がある中でロロが選んだのがししょーだった。
「メディ、ロロをしっかり頼むぞ」
「アイリーンさん、ししょーはちょっと……」
「何を言う。お前はどこへ行っても師匠としてやっていけるぞ。ならば相手も敬意を払う必要があるし、少しは胸を張ってほしい」
「でもぉ……」
メディ自身は父親という高い壁を意識しているせいで、分不相応な呼び方と感じていた。
アイリーンの理屈も間違ってはいないが、やはり師匠呼びは許容できない。
「ロロちゃん。私の事はお姉ちゃんでいいですよ。それでもアイリーンさんが言う敬意は十分に払ってます」
「んむー、それじゃメディおねーちゃんと呼ぶのです」
「それでいいのです」
メディにとって師匠呼ばわりは重すぎたかとアイリーンは反省した。
そこでふと、肉のオルゴム草巻きを噛みしめているリーシャを見て気づく。
「リーシャ、だったか。失礼だが一つ尋ねていいか?」
「なんだい?」
「あなたはあの流浪の鉄人リーシャか?」
「……不名誉極まりないけど、アタシ以外に該当する奴が思い当たらないね」
「やはり……」
アイリーンの発言に村長を含めて、エルメダすら身を固くした。
この事態についていけないのはメディとロロだけだ。村長の隣でメイド服姿のカノエも意外そうな顔をしていた。
「国内各地、数々の店を渡り歩いた料理人……。一か所には留まらず、決して己を曲げない事から鉄人の異名がついた」
「なんだい、喧嘩を売ってるのかい? 確かに否定できないけどさ」
「鉄人が去った店からは客のほとんどが消える。店潰しのリーシャと同業者は蔑む」
「あのさぁ……」
「しかしその一方で、国内一の料理人としての呼び声も少なくない。今でもあなたを追いかけ回す者もいると聞く」
アイリーンの口から語られた事実にメディは息を飲む。
雰囲気で只者ではないと薄々気づいていたものの、想像の上をいく人物だった。
「この様子からしてアタシは知らない間に有名になっていたんだね」
「あの、リーシャさん。それほどの腕があるならどうしてお店を開かなかったんですか?」
――女のお前が店なんかとんでもねぇ!
――あんたの粗末な下処理でも、男ってだけで店を持てるのかい!
――なっ! なんだと! てめぇもし店なんかやってみやがれ!
――やったらなんだっていうのさ!
――俺の息のかかった連中なんていくらでもいるって事よ!
「料理の世界ってのはとんでもない偏屈の巣窟でね。女のアタシが店を持つ事を許さない連中が多いのさ。雇われで生きた事もあったけど、ダメだね。どいつもこいつも……」
リーシャが腰を下ろすと、ロロがやってきてバクタケを差し出した。
料理人の彼女が毒キノコに気づかないはずはない。やや躊躇したが、メディを見た。
そして口に入れると、思考すら停止するほどの味わいを感じる。
「……これ、やばいね。さすがのアタシも、これは思いつかなかった」
「メディおねーちゃんの仕業なのです!」
「なんか嫌な言い方だね……」
バクタケの毒の処理など、さすがのリーシャも思いつかなかった。
凝り固まっていたのは自分のほうかと思い直す。
――この店の伝統もいいけどさ! 古いんだよ! このままじゃ飽きられる!
――女の分際で俺の店の品に口を出すんじゃねぇ!
「いやいや、アタシも古いって……」
「リーシャさん?」
リーシャは村長のところへ行って深々と頭を下げた。何事かと戸惑う村長だがすぐに察する。
「村長、アタシをこの村で働かせてほしい。変な尾ひれがついちまってるけど、腕には自信があるつもりさ」
「フフ、礼を言いたいのはワシのほうだ。この村に馴染んで、そう決意してくれたのだからな」
「じゃあ……」
「あそこに見える宿では不服か?」
「不服なもんかい! あんなすごいところで腕を振るえるってんならさ!」
途端に村人が沸いた。懸念事項の一つだった宿の料理人が決まったのだ。
ここからは怒涛の勢いで、他の移民達も次々と働き手として名乗りを上げる。
宿とカイナ湯、街道整備。中には村の料理やリーシャに感銘を受けて、それこそ弟子入りする者もいた。
そしてメディの薬屋には小さな弟子が加わる。移民達との交流を経て、カイナ村はまた一つ進化するのであった。
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