第70話 薬屋の一日 1
メディの一日は早い。早朝五時に起床して、すぐに薬の調合に移っていたのだがカノエのおかげできちんと朝食をとる。
いつも彼女がいてくれるわけではないが、メディは自炊に精を出していた。
朝食は一日の源となるので、その重要性はわかっている。朝食の準備を終えて五時半、ロロを起こしにいく。
「ロロ、朝ですよ」
「あと二時間……」
「ダメです」
他人に苦言を呈するといった行為を苦手とするメディだが、ロロを弟子にすると決めたのだ。
己を律して、ロロから布団を剥ぎ取る。身を震わせたロロが渋々起きて目をこすった。
「ニワトリより早い朝なのです……スー、スー……」
「二度寝はダメです」
ロロは手を引かれて、朝食の席に座らされた。
スクランブルエッグに野菜炒め、野菜ドリング。食べすぎて眠たくなるのも危険なので、程々に朝食を済ませる。
寝ぼけながらフォークをいつまでもテーブルに刺しているロロをまた起こす。
薬屋の開店時間は八時だが、メディは調合の下準備を整える。メディのおかげで大病を患う者はあまりいないが、怪我人は出る。
主にアイリーン以外の狩人や作業中の怪我など、日常生活での事故は尽きない。
何があってもいいように、ポーションの一定数の常備は必要だった。
「朝食を食べたら、ちゃんとお片付けするんですよ」
「まとめて片付けてやるのです!」
自分の事は自分でやらせる。メディ自身もそう言われて育った。
ロロも足りない背丈ではあるが、食器を持っていく。メディが洗いものをやっている間、ロロは顔を洗っていて歯を磨く。
それから薬師全書を読んでいた。薬師の成り立ちや素材、薬の種類が書かれている本だ。メディはこれをバイブルとして持ち歩いている。
しかし読み書きが不十分なロロには少々難しく、また瞼が落ち始めた。
「次はポーションの調合ですよ」
「ふぁっ!」
アトリエに移動して、メディがポーションの調合を始めた。続けてロロにも同じ手順でやってもらう。
最初は真似でもいいから、調合に触れてもらう事にした。
「ポーションに必要なのはレスの葉、魔力の水、グリーンハーブです」
「そんな三つでいいのです!?」
「素材の多さは必ずしも決め手になりません。大切なのは手順です」
調合の際に限界まで魔力の水を沸騰させるなど、基礎も教え込む。
これが不完全なポーションが世に出回っていて、質を大きく落とす理由を説明するとロロが不思議そうな顔をする。
「どうしてちゃんとやらないのです?」
「それは色々ですね……。やり方を知らなかったり手を抜いていたり……。一つの手抜きが後の完成度に影響します」
「けしからんのです!」
これが薬師の地位を落としている要因でもあるのだが、さすがにそこは伏せた。
ロロはレスの葉を凝視している。そしてかじった。
「にがぁぁっです!」
「それが飲めるようになるのだから、調合はすごいんです。それとなんでも齧らないでください。毒がある場合があります」
「毒ですと!?」
「グリーンハーブなんかは刺激が強いので、直に摂取すると中毒症状を起こす事もあります」
「ちょーどく!」
すべての素材が最初から生物に優しいわけではない。調合という過程で、生物に有益なものへと変えるのが薬師だ。
ロロには素材の恐ろしさを教える必要があると考えたが、これが効きすぎた。
グリーンハーブで死亡した例を話すと、ロロがデスクの下に隠れてしまう。
「お、おそろしーのです……。薬師はさいきょーなのでは?」
「さいきょーかどうかは知りませんが、腕次第で毒にも薬にもなります。だから出てきてください」
気を取り直してロロが手順通りに進めていく。
メディは長い目で見るつもりでいたが、手際は悪くない。魔力の水の温度管理、レスの葉の成分抽出。
拙いところはあるが、初めてにしては上出来だった。
レスの魔力水 ランク:D
「お店で売っているものくらいにはなりましたねぇ……」
「ホントなのです!?」
ロロにとっては最大の褒め言葉として聞こえるが、メディにとってのそれは粗悪品の域を出ない。
しかし逆に言えば、その辺の冒険者に飲ませてもバレない程度の完成度だ。今日、初めて調合に触れた人間と考えれば将来は明るい。
「今日はポーションを二十個ほど作ります。ロロちゃんはポーションの素材をそこのテーブルに並べて置いてください」
「ぞーさもないのです!」
ロロを助手として、メディは開店に向けて調合を開始した。
予め素材を自分でまとめる手間が省けたおかげで、作業の負担が大幅に減る。
必要素材さえ覚えてもらえれば、メディは調合に集中できるのだ。今はポーションのみだが、少しずつ増やしていけばいい。
メディは調合の合間にロロの仕事ぶりをチェックした。手間がかかると覚悟していたが、ほぼ手がかかっていない。
教えてしまえば卒なくこなす。何より本人のモチベーションが高かった。
「レスの葉、グリーンハーブ、魔力の水の量は……」
はしゃぐ時もあれば、驚くほど集中する。治癒師の修業をさせられていた時、ロロは必死だった。
覚えなければ、成果を出さなければ。皮肉にも劣悪な環境がロロの集中力を育んでいた。
「魔力の水の量、いいですね。これだけの量を正確に測ってくれて助かりました」
「助かったです? ロロが助けたのです?」
「そうですよ。あなたはすごい子です」
「ロロは……すごい子……」
否定されて捨てられたロロにとって、それは救いの言葉だった。
やがてポロポロと涙をこぼす。
「ロロは、もっともっと頑張るのです……!」
「この調子で開店に間に合わせましょう」
自分が必要とされている。その心地よさはメディが誰よりもわかっていた。
メディはもっとロロを必要とする事を誓う。それがロロの為になると信じた。
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