第68話 村の宴 2

「ど、どれもうまいのですっ……!」


 涙を流して答えられては味の感想どころではない。ロロだけではなく、移民達にとってまずい品物などない。

 職も食べ物もなかった彼らだ。食べさせてもらえるだけでも感謝していた。

 進展がないと考えた村長だが、今はこれでいいとも思っている。メディもまた考えを改めた。

 王都の高級ホテルのように、一流の料理が村に似合うとも限らない。素朴でも、カイナ村の特色が表れていればいい。

 何より移民達そのものが初めての客でもあった。


「ロロちゃん、もっとおいしく食べられる方法を教えます。お肉をこのオルゴム草で巻けば、違った食感と共に味わえます」

「なんと! なんと!」

「どうです?」

「しんしょっかん!」


 これを聞いて実行したのはロロだけではない。村人も初耳であり、次々とオルゴム草と肉が消費される。

 これにはアイリーンも生食をやめて肉を焼き始めた。


「これは確かに味だけではなく、食感を楽しめるな」

「でもオルゴム草は食べすぎると毒にもなりますので、宿で出すなら気をつかないといけません。いけないんですよ、エルメダさん?」

「んむ?」


 大量摂取の疑いがあるエルメダが頬張っている。

 ここでメディはまた一つ、懸念した。食感や味も大切だが、バランスを考える必要もある。

 本来であれば宿でそこまで配慮する必要はなく、娯楽性を追求するのが一つの理想なのだがメディは違った。

 おいしく、健康に。単なる娯楽を与えるのではない。体の芯まで優しくフォローしたかった。


「オルゴム草を出すなら、グリーンハーブをすり下ろしてわずかにあえる形がいいと思います」

「メディでなければ、その辺はタッチできないのが悩みどころだな」

「それは確かに……ロロちゃん?」


 メディはロロに見つめられているのに気づいた。


「メディは……どうしてそんなに詳しいのです?」

「たくさんお勉強したからですよ」

「ロロもたくさんお勉強しました。でも、おばさんとおじさんが……叩いて……ロロは治癒師になれない出来損ないだって……」

「ロロちゃん……」


 メディは歯ぎしりをした。治療院の一件以来、メディは自分だけではなく他人のそういった境遇も深く考えるようになる。

 自分のようにその後がよければすべて良しではない。ロロのように傷ついたものは傷をつけたまま一生を過ごす。

 リラックスハーブティーだけでは心の傷は癒やせない。同じ治療でも、メディの専門外だった。


「ロロは、治癒師になれないから……」

「そんな事はない」

「おじさん、誰なのです?」

「治癒師のロウメルだよ」


 一連の話を聞いていたロウメルが優しく声をかけた。治癒師になれない子に治癒師が話しかけていいものかとアイリーンは訝しむ。

 ロウメルが不躾な真似をする人間ではないと信じていても、成り行きが不安だった。


「治癒師、なのです?」

「そう、いらないと言われてこの村に流れ着いた不甲斐ない治癒師だ」

「いらないと言われたです!?」

「そうだよ。治癒師になったといっても、その程度なんだよ。だけどそれは仕方ないんだ」


 見上げるロロをしゃがんだロウメルが頭を撫でた。


「もちろん自分の腕を信じてはいたがね。ショックだったが考えるうちに私は気づいた。治癒師である事にそれほど意味はないのだ」

「よくわからないのです……」

「ロロはすべての治癒師が同じ人間だと思うかい?」

「違うと思うのです」

「そうだ。治癒師といっても色々いる。世の中には私より若くて優秀な治癒師なんてたくさんいる。だからね、ロロ」


 孫を諭す老人のようにロウメルの口調は穏やかだ。

 メディはロウメルを改めて認めた。若い自分では及ばない考えをロロに話す。

 どうすれば心を開いてくれるか、そればかりだったメディにとって年長者のロウメルはどこか余裕があった。


「治癒師になれるかどうかが重要なんじゃない。ここにいるメディだって治癒魔法は使えないが、この村では必要とされている。彼女は薬師だ」

「薬師……!?」

「どうかしたのかい?」

「く、薬師にだけは、なっちゃダメだって、おじさんとおばさんが……」


 ロロが言うおじさんとおばさんは彼女を引き取った者達だと誰もが推測する。

 治癒師至上主義は今となっては珍しい思想でもない。薬師が淘汰されつつある背景には、その手間とリスクがあった。

 調合ミスによる医療事故、調合の手間と素材コスト。手軽に治療が受けられる上にスマートで華やか、治癒師が憧れとなる理由は十分だった。

 メディとてそういった事情を知らないわけではない。その事実を受け止めた上で、ロロとどう向き合うか考えた。


「ロロちゃん。魔法が使えないなら、手で薬を作っちゃえばいいんですよ。そうすれば誰かを助けられます」

「そーなのですか……?」

「そーなのですよ。私は魔法が使えないからって困ってないんです」

「だからメディはお勉強して詳しいのです?」

「そーなのです」


 メディが微笑むと、ロロがオルゴム草巻き肉をぱくんと食べる。


「こうするとおいしいってメディは知ってたのです……。お勉強したからです?」

「たくさんお勉強すれば、もっと詳しくなりますよ」

「ほむほむ……」


 単純であるが、オルゴム草巻き肉は誰も思いつかなかった。ほんの少しの知識があれば辿りつく。

 知識の集大成は魔法にも劣らない。そこにいるメディという存在が説得力を後押ししていた。

 ロウメルはロロの頭を撫でる。


「彼女は治癒師にも負けないよ。いや、私が知る限りだが彼女以上の癒やし手は見た事がない」

「治癒師にも負けないメディ……!」

「魔力は生まれ持ったものだが、知識は生まれてから努力して身につけたものだ。だからこそ強いのだろうね」

「ロロも強くなれるです!?」

「頑張ればね」


 ロロは地団太を踏んだ。そしてメディをキリッと見上げる。


「メディ……。ロロもお勉強させてほしいのです!」

「いいですよ。でも難しい事もたくさんありますよ?」

「が、頑張れば強くなれるのです!」

「そうです。なれるのです」


 メディもぱくりとオルゴム草巻きを食べる。彼女に自覚はないが、ロロを弟子として迎え入れたのだ。

 治癒師になりたくて、いや。治癒師になるしかなかったロロの道が今、開けた。

 丸く収まった場を見つけて、カノエが納得するように頷く。隣でアバインが茹ダコのように赤くなって倒れている背景など誰も気にしない。

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