第67話 村の宴 1

 メディが近づいても、少女は顔を上げない。膝を抱えたまま、料理にも手をつけなかった。

 心ここにあらずといった少女は十歳前後、病はないが栄養不足が際立つ。この調子でものを口にしなかったとメディは推測した。


「食べないんですか?」


 メディが話しかけても反応がない。顔の前に手を往復させても視線すら変わらない。

 常に一点を見つめており、メディには彼女の空間ごと周囲から切り取られているように見える。

 事情はともかく、食べさせなければ死んでしまう。長旅についてこられたのが不思議なほどだった。

 メディは作戦を練る。隣で焼けたウリダケをわざとらしく頬張ってみた。


「厚くて噛み応えがあっておいしいですねぇ!」


 それとなく香り漂うウリダケを少女に近づけてみたが結果は同じだ。

 食欲すらも心の底に沈んでいる。メディは少女に触れていいものかと悩んだ。

 アイリーンの時は意思疎通が可能だったが、この少女は取りつく島がない。

 ただの余計なお世話であればメディもこれ以上は構わない。彼女としては少女の栄養不足を見過ごせなかった。


「その子は両親がいないんだ」

「ラクレイさん……」

「こっちへ来てくれるか?」


 ラクレイと共にメディは村人達が盛り上がる場から離れる。


「あの子の名前はロロ。詳しい事情は知らないが、親をなくしてからは親戚に引き取られた。なんでも治癒師の修業をさせてたらしいんだが……」

「ち、治癒師!? じゃあ、あの子は魔力持ちなんですか?」

「いや、それが全然魔力に恵まれなくて見放されたらしいんだ」

「そんな……」


 メディはロロの様子に合点がいった。彼女はメディを拒絶しているわけではない。何も見ないようにしているのだ。

 自分よりも幼い子どもが大人に見放される絶望など想像できなかった。

 治療院で濡れ衣を着せられて、悔しさと喪失感で胸がいっぱいだった頃を思い出す。

 カイナ村に辿り着かなければどうなっていたか。メディは自分とロロを重ねた。


「ロロちゃんは治癒師になりたかったんでしょうか?」

「生きる道がそこしかないとくれば、死に物狂いで頑張るだろう。選択肢なんかないだろうな」


 薬師になりたくてなった自分。何者かになるしかなかったロロ。

 認められず、自分は何者ですらないと悟ってしまったのかもしれないとメディはちらりとロロを見た。

 話を聞いた後では未だ一点を見つめるロロが痛々しく見えて、目を逸らしそうになる。

 しかしそんな様ではロロに同情する資格すらない。きちんと見て、目を合わせなければいけないのだ。


「ラクレイさん。ロロちゃんは私がなんとかします」

「難しいぞ? 私も何度かコミュニケーションを試みたんだがな。改心の肉体美に目も向けないのだ」

「それは厳しいですねぇ……」


 アイリーンやエルメダがいれば確実に突っ込んだだろう。メディはというと深く考えずに同意していた。

 再びロロの下へ行くと隣に座る。相変わらず何の反応も示さない彼女をどうするか。ラクレイは黙って見守った。

 メディはロロの前に皿とトングを差し出す。


「あちらの網の上に野菜と肉を乗せてもらえますか? あそこにいるエルフのお姉さんが次々と食べるので追いつかないんです」


 メディの呼びかけにロロは顔を上げた。初めて目を合わせると、ロロは不思議そうに首を傾げる。


「あ、間に合わないかもしれません! しかもドリンクまでがぶ飲みしてます!」

「ぷはぁーっ! 湯上りの一杯はたまらんねぇ!」

「エルメダさん、おじさんみたいです」


 エルメダがふらりとやってきてメディに絡んできた。寄っているかのように絡みついて、メディを翻弄する。

 ロロは珍獣を発見したかのように目を離さない。


「あの、あのあの! どんどん乗せてもらえますか!?」


 ロロは少しの間、戸惑った。ぴくりと体が動いて立ち上がると、おぼつかない手つきで野菜と肉を乗せ始めた。

 焼ける肉の香りと音がロロの鼻腔を刺激する。先程から嗅いでいた香りのはずだが、なぜかそれを強く感じるようになっていた。


「あ……」

「助かりました! あ、エルメダさん! また!」

「んまぁーいっ!」

「ロロちゃん、お願いします!」


 これではエルメダに餌を与えているようなものだが、メディはこの機会を利用した。

 必要とされてないと思い込んでいるのなら、お願いすればいい。自分が何かを成せば誰かの為になる。まずはそう自覚させる事が大切だと思った。


「もういくらでも食べられちゃう!」

「焼かなくても問題ないな」

「アイリーンさん! 生のまま食べないでください!」


 メディとエルメダ、アイリーンがじゃれ合う隣でロロは肉をぱくんと口に入れた。


「あっづぃです!」


 初めて聞くロロの声に三人が驚いた。メディだけではなく、彼女の事は二人も気にかけていたのだ。舌を出しているロロにメディが水を差し出す。


「あ……」

「おいしいですか?」

「う、うん……。うまいです……」

「うまいですかー」


 水をごくごくと飲んでから、ロロはまた俯いた。また元通りかと心配したメディだが、震えていると気づく。


「う、うっ……」

「ロロちゃん?」

「ロロは、い、いる子です……?」


 予想しなかった言葉にメディは何も返せない。その悲痛な面持ちだけでは、これまでの苦労のすべてなど察せなかった。

 凍り付いていた心が氷解すると、今度は現実を思い出す。一筋縄ではいかないと、アイリーンもかける言葉を見つけられない。

 どうしていいかわからなかったメディだが、彼女の頭に手を置く。父親が自分にそうしてくれたように、こうされると落ち着いた。


「私はですね。ロロさんにお願いがあるのです」

「お願い……?」

「この宴で出ている料理をたくさん食べてください。そしてもっと感想を聞かせてほしいんです」

「かんそー……」

「ここにある料理の一部はあちらに見える宿で出す予定の料理なんです。外から来た人の意見は貴重ですし、お願いします」


 メディはロロに頭を下げる。メディらしい、アイリーンとエルメダは思った。

 相手が自分よりも年下だろうが、決して軽んじない。必要だと思った事は何でもお願いする。

 もちろんロロに自分の存在意義を認識し始めてもらう狙いもあったが何より、食べてもらわなければいけない。食べて栄養をつけてもらうのだ。


「わかり、ましたのです……」


 やがてロロは小さく頷いた。

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