第66話 移民の受け入れ

「よくぞ来てくれた。長旅だっただろう」

「お久しぶりです!」


 カイナ村にとある一団が到着した。大人から子どもまで様々であり、全員が浮かない顔をしている。

 メディを含む村人達は気になった。覇気がない彼らは何者なのか。


「長旅で疲れているのもありますが、彼らは落ち込んでいます! 災害や魔物、盗賊の襲撃で故郷を追われた者! 職にありつけない者! 失業した者。私達もこの村まで護衛してきましたが、未だ不安を抱えたままです!」

「うむ。まず、その、もう少し声を落としてもらいたい」


 彼らの護衛を務めているのは銀色の鎧を纏った王国騎士団だ。

 護衛部隊を率いる男の名前はラクレイ。声が大きく、騎士団の小隊の隊長を務めている若き騎士だ。

 村長は元国王の伝手を利用して、もっとも信頼できる王族に手紙を出していた。内容は難民を含む恵まれない者達をカイナ村に連れてきてほしいというものだ。

 とはいえ、いくら元国王といえど国の戦力である騎士団を簡単に動かす事などできない。

 手紙の内容はただカイナ村の利益を重視したものではなく、あくまで国益を考えたものだ。カイナ村の発展は国にとっていかに重要か、伝われば後は早い。

 ましてや職に溢れた者達が少しでも労働力となるのであれば、彼らとしても願ったり叶ったりである。


「ラ、ラクレイさん。私達はこの村で働くんですか?」

「小さい村で不安になるだろう? 私もだ!」

「え……」

「しかし私はあちらの村長を信頼している! どうかここは私を信じてほしい!」


 その一言で彼らは黙った。沈痛な面持ちであり、不安は隠せない。ただし、動揺する者はいなかった。

 道中、何度も命をかけて守ってくれた者の発言である。全員、黙ったままだがラクレイ隊に対する彼らの信頼が表れていた。


「皆の者。ここはラクレイが言う通り、小さな村だ。しかし誰もが懸命に生きておる。まずは何をしろとは言わん。ただこの村を見てほしい」


 誰も答えなかったが、他ならぬラクレイが信頼を寄せた相手だ。彼らも村長達を信じようとしている。

 口八丁で騙されて、過酷な強制労働をさせられるのではないか。そんな不安を抱えていた彼らにいきなり労働を押し付けるのではない。

 村長は彼らをカイナ村に受け入れる意思を伝えていた。


「ラクレイ隊も疲れただろう。今日は村に泊まっていくがよい」

「心遣い、感謝します!」

「メディ、彼らに怪我などはないか?」

「はい? えーっと、ないと思います」


 メディは村長の質問の意味がわからなかった。村長がラクレイ隊に向けてニカッと笑う。


「弱さを隠すのが騎士という連中だ。今も怪我を隠している者がおらんか心配だったのでな」

「そうだったんですか……。皆さん、怪我どころか体のどこにも悪いところがないです。これも騎士という人達なんでしょうか」

「その通りだ!」

「わっ!」


 ラクレイが村長とメディの間に割り込んでくる。そして鎧を脱ぎだして、ポーズをとって鍛え抜かれた体をアピールした。

 男性の筋骨隆々な身体をメディが興味津々とばかりに眺める。


「どうだ、この二の腕! 引き締まってるだろう?」

「鍛えてますねぇ!」

「腹筋も騎士団内ではトップの割れっぷりだ! これには騎士団長すら声も出せなかったほどだ!」

「騎士団長が!?」


 メディと騎士団長に面識はない。なんだ、これは。誰もが二人の盛り上がりに突っ込みたかった。

 メディが目を輝かせて男性の身体に魅入るという危険なシチュエーションを察知した者がいる。村の端から超速度で駆けつけたアイリーンがラクレイの後ろに立った。


「なるほど。これはたくましいな」

「ほぅおっ!?」

「驚かせてすまない。私にもよく見せてほしい」


 ラクレイはアイリーンの得体の知れない圧を感じ取った。無言の牽制に屈した彼は鎧を着込む。

 ラクレイ隊の騎士達の中には、彼女が極剣のアイリーンだと気づいた者がいた。


「あれって極剣じゃないか? なんでこの村にいるんだ?」

「やっぱり極剣だよな? 目で追えん速度だ……」

「噂通りの美人だが……」


 彼らがどうにもアイリーンを女性として意識できないのは、彼女との間に生物としての壁を感じたからだ。

 デッドガイやサハリサのような軽薄な者達とは違う。数多の死線をくぐり抜けて、自分や敵を真摯に認める事ができる者達である。


「彼らが以前から村長が言っていた助っ人か」

「アイリーン、お手柔らかにな。何せ彼らは……」

「緊張はだいぶほぐれたようだな」

「そうかの?」


 ラクレイとメディのやり取り、そしてアイリーンの登場が彼らの警戒心と緊張を解いた。

 自分達を奴隷としか見なしていない者達ならば演出できない場面だからだ。

 中にはくすくすと笑う者もいて、メディも一安心する。そこで彼らを見ると、一際幼い少女がいた。

 両親がおらず、外見年齢を考えても浮いている。メディは彼女からどういうわけか、目を離せない。


「さ、村へ入りなさい。皆、歓迎の宴の準備を済ませておるぞ」

「歓迎だって?」

「まずは村人と親交を深めてほしい。村で育てている作物や山で採れた山菜を使った料理もあるぞ。最近ではキラービーの蜜なんかも採れるようになった」

「キラービーの蜜って……。そんなの俺がいた町ですら滅多に買えなかったんだが……」

「バーストボアの肉も脂が滴って絶品だの」


 食となれば、おのずと誰もが食いつく。今までろくな食事をしてこなかった者が多い為、近づくにつれて漂う香りに自然と涎が垂れた。

 大鍋を用意して待っている村人達が歓迎した事により、涙を流す者もいる。やがて始まる宴を通して凍りかけていた心も解けつつあり、彼らの目には希望の光が宿っていた。

 しかしもっとも感動したのはラクレイ隊だ。王都を知る彼らですら、並んだ料理に舌鼓を打つ。

 ただし一人の少女だけは表情が暗い。どうにも気になったメディは彼女に近づいた。

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