第62話 予防接種

 予防薬メディリンの開発に成功してから、メディは村人に合わせた量産を開始した。

 調合の手順さえ指示すれば、カノエでも役立てる。ただしどさくさに紛れて毒薬を調合しようとしないか、メディは目を光らせていた。

 幸い、さすがのカノエもそんな真似はしない。それでなくとも、薬の調合でメディの目をごまかせるはずがなかった。

 完成したメディリンは順次、村人に渡していく。まずは村長を始めとしたお年寄りからだ。村の集会場に集まった彼らはメディリンを絶賛する。


「ポーションよりもさっぱりとしておるな。口当たりならば、こちらが好みだ」

「よかったです。それさえ飲めば伝染病の心配はありません」

「む、なんだか力が湧いてくるようだ。気のせいか?」


 村長が突然、上着を脱いで何らかの構えを取った。その奇行にメディはびくりと震える。


「良い! 実に良いぞ! 若い頃はこうして拳法を学んだものだ!」

「そ、そうなんですかぁ」

「そりゃ! うりゃ! きぇぇーーーーーー!」

「村長、調子に乗ってると血管が切れるわよ」


 カノエが村長を落ち着かせた後、残りの老人達がメディリンを飲んだ。

 また上着を脱ぎだすのではないかとメディは身構えたが、老人達は穏やかだった。


「心地いい」

「風呂上がりの一杯よりも格別だな!」

「メディちゃん、おかわりはないのか?」

「ありません! お薬ですよ!」


 念の為、メディは数日間のみ彼らの体調に気を使う。

 調合釜のお墨付きとはいえ、何せ初めて光らせたのだ。未知数の薬が人体にどう作用するのか、少なからず不安はあった。

 次に呼び寄せたのは中高年や若年層だ。ロウメル、ブラン、ポール、オーラス。エルメダやアイリーンが待っていたとばかりに登場した。


「メディ君、とんでもないものを作ったな。これが表に出れば、君は王宮に招かれるかもしれん」

「それはちょっと……。ロウメルさん、予防薬はどうですか?」

「良薬、口に苦しとは言うがこのメディリン、口当たりがもはや薬のそれではないな」

「メディリンで定着しちゃったんですかー……」


 名前はどうでもよかったメディだが、メディリンは気恥ずかしい。だからといって他に思い浮かぶはずもなく、集会場内ではメディリンの呼び名が浸透していた。

 特に後から入ってきた子ども達がメディリン連呼をしている。


「メディリン! メディリーン!」

「メーディリンっ!」

「緩急つけて呼ばないでください……」


 村の薬屋さんという事でメディは子ども達からも慕われていた。しかし、周囲を周られては困惑する。

 一方、ロウメルは言葉以上にメディリンに驚愕していた。この場にいるのが自分だけであれば、額の汗を拭っていい意味で頭を抱えていただろう。

 複数の伝染病への免疫がつくといったものの、その中には未だに確かな治療法が存在しないものもある。

 治癒師達もこれには右往左往しており、感染してしまえば回復魔法で病の進行を遅らせるのが精一杯だ。

 もしそんな病への予防薬ができたなどと外部に漏れてしまえばどうなるか。ロウメルは決断した。


「皆、聞いてほしい」


 決して大きな声ではないが、誰もがロウメルに注目する。後から入ってきたアイリーンやエルメダもすぐに空気を読んだ。


「今回、我々が接種したメディリンが世間に知れ渡れば、メディはこの村にいられなくなるかもしれない。それほどのものなのだ。このメディリンに関しては他言無用でお願いしたい」

「なんだよ、そんな事か」

「ドルガー君、いつの間に……」

「そんなもん最近やってきたオレらでさえわかってる。今更だよなぁ?」


 ドルガーの呼びかけに全員が頷く。村長は本来であれば自分が言うべき事だと己を恥じた。

 ロウメルの横に立ち、今からでも彼に代わって注意を促す。


「遅れたがワシからも頼む。メディは確かに優秀な薬師だが、それ以前にこの村の大切な仲間だ」

「村長さん……」


 村長が大袈裟に頭を下げた。そこまでしなくても、と一同は思ったがそれほどなのだ。

 そんな事があってはならない。エルメダとアイリーン、カノエ。ドルガー達。村人達。何も言わなかったが無言の了承だった。


「皆さん、その、私……。なんて言っていいか……」

「メディは薬師としての実力以上にすごいものがあるんだよ」

「エルメダさん?」

「それは相手を思いやる事。どんなに腕がよくても、気持ちがないと私もここにいなかったよ」


 アイリーンも同じだ。そしてメディリンを手に取って一気に飲む。


「うまい。毎日でも飲みたいくらいだ」

「ア、アイリーンさんなら問題なさそうですけど……」

「どんな商品を手掛けても、そこに宿るのは職人の魂だ。汚れていれば相応のものにしか仕上がらない。だが、メディリンは生産者の顔が見える」

「職人を目指していたアイリーンさんが言うならそうなんですね」

「そうだ。石工職人を目指していた時を思い出した」


 アイリーンの無数の夢と年齢を結びつける者は多い。しかし彼女の実年齢はメディしか把握していなかった。

 年齢を聞く勇気がある者など、ここにはいない。


「メディ。誰もがお前の顔を見ている。お前もまた皆の顔を見ている。そうでなければ成り立たない」

「なんだか恥ずかしいですよぉ……」

「全員の接種が済んだらゆっくり休め。あまり寝てないだろう?」

「なんでそれを?」

「さっきからずっと目をこすっている」


 アイリーンもまたメディを見ていた。溜まっている疲労は無視できない。

 いくら優れた薬師であろうと負担を分散すべきなのだ。メディを椅子に座らせて、残りの接種を続行する事を提案した。


「メディ。指示を出してくれ。私達がメディリンを渡していく」

「はい……ではお言葉に甘えます」

「私達って何気に私も? いや、いいんだけどさ」


 エルメダがアイリーンに肩を抱かれていた。年齢別、個別に配るだけなので難しくはない。

 アイリーンとエルメダはメディに代わって残りを手伝った。村人全員が接種を終えたのは夕刻であり、集会場を出る頃には――。


「メディ、寝ちゃってるよ」

「私が背負っていこう」


 アイリーンにおんぶされたメディが薬屋に送り届けられる。ベッドに寝かせて布団をかけられたメディが寝返りを打った。


「お薬……出しますぅ……むにゃ……」


 メディは誰かを治せるが、メディを治せるとしたら誰か。アイリーンは自分達が支えてやらねばならないと、いつまでも寝顔を見続けた。 

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