第63話 宿の展望と経営者

 メディは完成が近い宿の見学に訪れていた。大した規模ではないが、この村で三階建てはとてつもなく目立つ。

 初の三階建てという事もあり、オーラス達は苦戦しているが村長の知識に何度も助けられていた。

 三階建てなど王都でなければまず見られない。それでいて村の景観を損なう事はなく、立ち並ぶ家々と畑に木製の宿は限りなく溶け込んでいた。


「驚きましたねぇ! 宿とカイナ湯が繋がってるんですね!」

「宿に泊まってもらえりゃ直通よ! もちろんカイナ湯だけの利用も可能だ!」

「湯冷めしなくていいですね!」


 オーラスは得意気に語るが、笑ってばかりもいられないとわかっている。

 建物の完成の目途は立ったものの、運営については課題が多い。問題は働き手だ。

 料理人、清掃員、案内。村人は手持ちの仕事で手一杯の為、こちらは期待できない。

 ドルガー隊の何人かが手を挙げているものの、人手はやはり足りていなかった。


「完成すりゃ俺もできる事は手伝う。だけど、人を増やすなら住むところも必要だろ」

「村長さんに相談するしかないですねぇ」

「伝手で何人か来てくれるみたいだけどな」


 元国王の伝手とあれば心強いが、人を呼ぶにしても彼らの住む場所も必要だ。

 アイリーン達の家のように、空き家を改装して補ってはいるがこちらも足りていない。


「宿の事なら俺に任されている」

「ア、アバインさん!?」


 オーラスとメディの前に一人の男が現れた。襲撃事件以来、行き場がなくなったアバインは冒険者を引退して、今は畑を耕している。

 村の人手としてはありがたいが元一級の立場を捨てるにはあまりに惜しい。誰もがそう思ったが、彼に未練はなかった。


「もちろん村長の許可は貰っている」

「そ、そりゃいいけどよ。あんた、宿の経営なんてやった事あるのか?」

「これから勉強する。それに俺も元一級、これまで数多くの宿を巡ってきた。経営は素人だが、客としての立場の意見も出せると思う」

「そりゃ心強い!」


 そう自信を持つアバインだが、メディとは目を合わせられなかった。

 思い止まったとはいえ、彼はメディを殺すつもりで村にやってきたのだ。

 贖罪ではないと言えば嘘になる。しかしアバインは今までの自分を捨てる事でやり直させてほしいと村長に頭を下げたのだ。

 メディにもしつこく謝罪したが当然、責められるわけはない。

 メディは彼を歓迎している旨を伝えたものの、アバインの中にはしこりのようなものがあった。


「アバインさん。私からもお礼を言います」

「……いや、なんて事はないさ」


 自分が謝る事はあっても感謝などされる資格はない。アバインはメディが眩しくて直視できなかった。

 メディの様子を見れば、自分に恨みなど抱いていない事はわかる。それがわかっているからこそ、アバインは自身の情けなさを恥じた。

 何より年長者としてこのままではいけない。彼女が許してくれている以上は過去と決別しなければいけない。

 アバインは意を決してメディと向き合う。


「メディ、俺は……」

「あら、近いわね」

「うおわぁッ!」


 アバインが振り向いた先にはカノエだ。何者にも気配を探らせないのだから驚く。

 しかもそこにいたのは美女であり、アバインは固まる。彼は女性にあまり免疫がなかった。

 一級冒険者ともなれば、言い寄る女性も多いのだが彼は独自の自論で寄せ付けない。


「う、うら若き女性が軽々しく男性に近づくなど!」

「え? なにこの人、ちょっと面白いんだけど」


 伯爵家に雇われていた時も多数の美女が出入りしていたのを目撃したが、彼は常に目を逸らしていた。

 メディは年齢的にアバインの対象外である。エルメダも見た目としてはメディと変わらないが、実年齢三十と聞いてこれも対象外だ。

 サハリサと行動を共にしていたが、当時のメンタルではそれどころではない。

 アイリーンも美人の部類ではあるが、どちらかというと人外という見方が強い。

 それに彼女はあくまで恩人だ。そうなると残るはあまり面識のない美女、カノエだった。


「メ、メディ。こちらの女性は?」

「カノエさんですよ。どこにでも現れますが、いい人です」

「どこにでもだと……」

「え、なんか期待してる?」

「うおわぁおッ!」


 カノエがアバインの背後に近づいた。その反応をカノエがいじらないわけがない。

 一瞬でアバインの女性免疫のなさを見抜いた彼女は楽しみが一つ増えたと言わんばかりに、メディににんまりと笑いかけた。


「メディちゃん。面白いおじさんね。これからの仕事が楽しみだわ」

「仕事ですか?」

「私も宿の従業員として働く事になったの」

「な、なんだとッ!」


 アバインがのけぞった姿勢でまたも固まった。村長からは何も聞いておらず、完全に想定外だ。


「アバインさん? さっそく相談なんだけどね。お客様をお迎えするにはやっぱり服装が大切だと思うの」

「そ、そそ、そういうのは村長を交えてだな」

「村長さんはこっちのメイド服がいいと言っていたわ。他の男性の意見も聞きたいの」

「メ、メイド服、だとっ……」


 宿にメイド服。カノエの妖艶な容姿といい、アバインはどうしてもよからぬ妄想をしてしまう。

 しかし彼も元は一級冒険者、すぐに邪心を振り払った。


「こっちのスリットつきの服も捨てがたいと言ってたわね」

「な、なんの宿のつもりだ……」

「ねぇメディちゃんはどう思う?」

「メディ! 聞くな!」


 アバインがメディの耳を塞いだ。何がなにやらといった感じでメディは瞬きをしていた。

 彼女の意見はさすがにまとまらない。今まで立ち寄った宿ではそのような奇抜な服装の従業員はいなかった。

 しかしカノエに何らかの作戦があるとすれば、真剣に考えないわけにもいかない。


「看護師の服装はどうですか?」

「あら、あなたにとっていい思い出がないと思ったのだけど意外ね」

「やっぱりお客さんが心を落ち着かせるといったらそれしか思い浮かびません」

「そうよねぇ。特に男性客は大喜びね。あ、アバインさん!?」


 メディの口からとんでもない言葉を聞いてしまったアバインは卒倒してしまった。

 彼に何が起こったのか、メディには知る由もないがひとまずロウメルの治療院に運ぶという適切な行動を取る。

 その際にアバインはカノエに背負ってもらい、到着した頃にはなぜか熱が高かった。メディはこの症状を解明できずにいる。

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