第61話 予防薬 2

キャベシ ランク:A

ニジン  ランク:A

タマギ  ランク:A


「素晴らしいっ!」


 メディは村で栽培している野菜を並べて一人で感心した。今まであまり気にしていなかったが、ランクAの食材など滅多に見られない。

 王都に流れる食材の多くは輸入品であるが、必ずしも質の保証はされていなかった。

 運搬の過程で劣化しているものや、粗末な育て方により旨味や栄養の大部分が失われているものも珍しくない。

 最近では虫食いを嫌う人々が増えた為、生産者もあの手この手を使って除去していた。そんな中で魔法による駆除で食材が痛んでしまう事もある。


「村の人達は虫を極力、丁寧に手で取り除いてます。虫がつくのはしょうがないんです」

「そうよね。虫が食べるならおいしい証拠よ」

「虫と人間は違う生き物なのでそれは……カノエさん、まだいたんですかぁ!」

「夕食を用意させたら用済みなの? ひどいわねぇ」


 アトリエに堂々と居座っているカノエにメディが驚く。邪魔にならなければいいが、カノエの事だ。

 邪魔になる位置取りや動きをするはずがない。彼女はメディに追い出されないギリギリのところを攻めていた。


魔力の水    ランク:A

ブルーハーブ  ランク:B

イエローハーブ ランク:B

グリーンハーブ ランク:B


「イエローハーブを使うの?」

「イエローハーブはお腹の環境を整える効果ばかりが注目されますが、実は身体の免疫機能をサポートします」


 イエローハーブにより、胃腸の機能を高めるのが狙いだ。余計なものを分解して体外へと排出させる。

 更にグリーンハーブで毒素の分解をサポートして強化した。ハーブ等はそれぞれ乾燥させる事で余計な水分を飛ばす。

 効果増強は魔力の水だけではなく、ブルーハーブもふんだんに取り入れた。

 予防薬として身体に浸透させる力をもたらすのは、これらに含まれている魔力の助けがなければいけない。

 エルメダのようによほど特殊な体質でない限りは、常人が持っている微量な魔力と混ざり合ってもらえる。


「血液や血管にいい作用をするクラホフの実と解毒効果があるグリーンハーブも忘れてはいけません」

「全体的に体を強くする発想でいいのかしら?」

「そうです。この村の野菜が教えてくれましたから。もちろんすべての病は防げませんけど、完成すれば外部からの病の脅威はだいぶ取り除けるはずです」

「でも予防薬って体質によって合ったり合わなかったりするじゃない? それはどうするの?」

「もちろん一人ずつ合わせて作ります。今のは成人用です」

「実験台ならいつでも受けるわ」


 カノエが胸元をちらりと開いてアピールするが、メディは気にしない。

 新薬の開発など、本来であれば年単位を費やす。一人の薬師の手に負えるものではないがカノエが見る限り、メディそのものが研究機関に相当する。

 数十人の優秀な薬師が集まり、ようやく進める工程をメディは異常なまでの速度で消化していた。

 正解のルートを手探りで当てるのではなく、すでに知っているかのようだ。無数にある選択肢の中から即最短距離を見つけ出している。

 それは薬師の知識というより、勝負勘に近い。アイリーンのような強者が戦いの中で相手を見切り、最適な動きを見つけ出すのと同じだ。

 戦場でアイリーンが最強であれば、薬師最強はメディかもしれないとカノエは頬杖をついた。


「続いてこの野菜達です。栄養素を多く抽出して、それぞれアフラの実と掛け合わせます」

「アフラの実はどんな効果があるの?」

「生きる上で必要ですが体内で生成できない栄養素が含まれているんです。リラックスハーブティーにも使っています」

「あぁ、それはあるわね。その存在が明らかになる前は、長い航海で栄養不足に陥った船員達は次々と命を落としたわ」


 船旅で生き残るのは船員のうち半数以下と言われていた時代があった。

 その原因を明らかにしたのも薬師でもあるのだが、今では追いやられている。

 メディほどではないにしろ、薬師はまだまだ世の中にとって必要だとカノエは国の方針に呆れた。


「アイリーンさん風にいえば根本は身体の強化ね。強い身体さえあれば、感染する確率は大幅に下がる」

「それも一時的ではなく、半永続的でなければいけません。だから魔力への干渉が今まで以上に重要なんです」

「私の魔力は大した事ないけど、常に体にまとわりついてるものよね」

「そうですよ。私にもあります。エルメダさんなら誰がどこにいるのか、わかるくらい敏感ですけど」

「私がここにいるのもバレているのかしら?」


 闇の界隈において、それができるものほど脅威とされている。カノエには恵まれない才能だ。

 もっとも、そんなアドバンテージをものともしないのがかつての彼女だが。


「酪農を営んでいるポールさんのおじいさんは生まれてから一度も病気をした事がないそうです。ヒントはそこにあったんですよ」

「彼の場合は長年、摂取し続けているからこそね。でも、メディちゃんの予防薬は違う」

「そうなんです! さすがランクAの食材です、アフラの実との相乗効果ですごい栄養素が生まれました!」

「それは?」

「体内への毒素を排出するだけではなく、様々な抗体が作り出されます!」

「それはすごいわね。命名するとしたらメディリンかしら?」

「えー……?」


 名前などまるで考えていなかったメディだが、そのネーミングには疑問を持った。

 メディが仕上げとして魔力水とイエローハーブ等を掛け合わせたものと、メディリンの調合に入る。

 その時、調合釜が光った。


「え……? メディちゃん、それって?」

「こ、これは! お父さんの時と同じです! ベストな調合に釜は応える……でも、狙って出せるものじゃないって……」

「つまり奇跡ね」


 かつてランドールは数度、起こした。ほとんどの薬師は生涯に一度すら叶わない。

 カノエは魅入っていた。予防薬どころか、それは奇跡の薬の誕生ですらある。


「できました! 皆さんにお薬、出します!」


薬名:予防薬メディリン ランク:S

素材:ブルーハーブ

   グリーンハーブ

   イエローハーブ

   魔力の水

   アフラの実

   キャベシ

   ニソジン

   タマギ

効果:強力な伝染病への予防効果がある。


 この日、メディは生まれて初めてランクSの薬の調合に成功する。

 そんな奇跡をよそに、メディは平常通りの喜びだった。カノエと手を握って跳び上がり、おおはしゃぎでくるくると踊る。

 事前の約束通りカノエが口にした途端、体内の奥底から何かが広がる感覚を覚えた。

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