第60話 予防薬 1

 メディは一日中、素材と睨めっこしていた。調合にほとんど手をつけず、このような状態になるのは珍しい。

 ただし寝食を忘れるのは相変わらずで、カノエがなぜか居ついて世話をしている。

 今日も彼女が作っている夕食の匂いを嗅ぎながら、薬について頭を悩ませていた。


「メディちゃんがそこまで悩むなんて珍しいわね。例の予防薬?」

「そうなんです。外からたくさんの人がくるなら、何かの病気が流行るかもしれません。だから予防薬を作りたいと思ったのですけど……これが」


 メディは言葉を区切る。そしてアトリエのデスクに頭を何度か打ちつけた。


「なかなか! なかなか思いつかないんですっ!」

「やめなさい。せっかくの頭がエルメダちゃんみたいになるわよ」

「ハッ……! いえ、エルメダさんは賢いですよ」

「じゃあ、何に気づいてしまったのかしら」


 エルメダは馬鹿ではない。少し短絡的なだけだ。メディは自分にそう言い聞かせた。

 先日の薬湯ではダイエット効果があるからといってサウナに籠って倒れるなど、些細なものだ。

 上がった後はフルーツドリンクをがぶ飲みしていたので実現は遠い。


「メディちゃんはどの病の予防をしようと考えてるの?」

「各地で流行っている病です。でもそこまでわかりませんし、今の私じゃすべての病を予防なんてできませんし……」

「すべては無理でしょ。それができたら治癒師も薬師もいらないわ」

「そうなんですけどー……」

「じゃあ、私が知る限りの情報を教えてあげる」


 また頭を打ち付けようとしたメディを止めた。カノエから聞いたのは、その土地特有の病だ。

 特に人が多く集まる王都なんかでは病も同時に行き来している。

 治癒魔法では治療はできても予防は難しい。薬師全盛期であれば予防接種の類が進んでいたのだが、今は後天的な治療が主流となっている。

 治癒魔法を過信しすぎているとの見解もあり、今の治癒師一強の時代に眉を顰める者も少なくない。

 いくつかピックアップして、メディは焦点を絞る事にした。


「テヘン病、デグ熱……。この辺りは感染力も高いから注意が必要ね」

「感染力、致死性も考えなきゃいけませんね。予防するにはいくつか新しい素材が必要ですけど……まだ繋がりません」

「という事はあと少しのところまで来たのね?」

「はい。でも、そのあと少しが、少しが」

「はいストップ」


 メディの頭を押さえて、カノエはひとまず夕食の席に案内した。

 村で採れた野菜の炒め物、バーストボアの塩焼き、レンジオの実が食卓に並ぶ。

 レンジオの実は素材として有用だとメディがわかった為、畑にて栽培を開始している。

 レスの木同様、通常であれば成長するのに年単位を要するがメディの肥料は解消していた。

 短い期間で成長しており、今ではレスの葉やレンジオの実が収穫できる。

 この肥料を知れば、それこそカイナ村に集まる者達が増えてしまうがメディは商売に重きを置いていない。販売するのはあくまで薬だ。


「おいしいですねぇ。シャキシャキ感がたまりません」

「この村は寒冷地で作物があまり育たないみたいだけど、あなたの肥料のおかげね」

「いえ、畑で野菜を育てている人達のおかげですよ。いつもきちんと手入れされていて、私も見習わないといけません……んー?」


 メディは自分の発言と村人の姿を重ねた。何かが思い浮かびそうなのだ。

 カイナ村は小さいながらも、それなりに繁栄して続いている。メディが来る前は当然、医療の恩恵など受けられていない。

 特に村一番の畑を持つブラン、大工のオーラスなどメディの薬屋やロウメルの治療所の世話になった事がなかった。

 メディ自身も彼らが何らかの病にかかった記憶がない。極め付けに村長だ。


「この村、村長さんみたいなお年寄りが多いですね」

「急にどうしたの?」

「あー、あーーーー! なんか! なんか思いつきそうです!」

「ほら、ちゃんと食べなさい」


 立ち上がるメディをカノエが座らせる。メディは野菜を噛みしめた。

 歯ごたえと甘味、その奥にある栄養源。常に身近にあるものに気づかなかったのだ。

 この野菜に含まれている栄養源こそが村人の長生きの秘訣だと目星をつけた。


「村の人達は毎日、この野菜を食べてます!」

「そうね。特におばあちゃん達のお肌の艶は尊敬するわ。年をとってもあんな風でいたいものね」

「この栄養を摂取していれば、免疫力も上がります!」


 予防、薬というワードがメディを答えから遠ざけていた。根本である身体作りにかかせない栄養源を見直せば答えが出てくる。

 野菜に含まれている成分は、それだけで強力な素材だ。別の素材と掛け合わせて、新たな成分を作る事もできる。体の味方としては十分すぎた。


「思い描く予防薬が完成すればテヘン病やデグ熱だけじゃありません。もっと多くの病を予防できます」

「この村にそんな秘薬の源があったとはねぇ……」

「皆さんが真摯に野菜を作り続けてくれたおかげです。そもそもこんな寒いところに住んでいる人達ですよ。強いに決まってます」

「それで秘薬を作るのはいいけどね。ちゃんと食べてからね」


 寝食を忘れがちなメディは自身の身体には無頓着だ。カノエがまともな食事を用意しているおかげで、今や助手のような役割となっていた。

 最初はあわよくば、その薬の知識を下に趣味の毒薬作りに役立てようと考えていたのだ。

 ところが、その私生活の危うさについ手を出してしまって今に至る。


「食べます! 食べます!」

「予防薬もいいけど、宿の完成も課題ねぇ」


 メディは張り切るが、宿の進捗はようやく折り返しといったところだ。現在、少しずつやってくる客には民泊という形で民家に宿泊してもらっている。

 宿が完成した際には人手も一つの課題であり、カノエはこの辺りも密かに思いめぐらせていた。

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