第59話 これからの村に必要なもの

「ふむ、商人か。村へ来た目的は?」

「温泉があると聞いてな。ついでに商売もさせてもらいたい」


 治療院での一件が片付いて以来、村に少しずつ外部から人が訪れるようになった。

 ただしカイナ村までの道は整備されておらず、道中には魔物が出現する。冒険者を雇って、その道のりを越えられるとなれば限られていた。

 羽振りのいい商人などは護衛をつけて悠々とやってくるが、来訪者の数はまだまだ少ない。


「商売か。商品を見せてもらおうか」

「な、なんか厳しいな……。これでどうだ?」

「つい最近、よからぬ連中に村が襲われてな。気を悪くしたならすまない。よし、通っていいぞ」


 ドルガー隊に加えて、村の入口には時々アイリーンが立っている。

 彼女の冒険者としての知識は大いに役立つ。不当な商品を村に持ち込もうとすれば、すぐに見抜けるからだ。

 よからぬ輩であっても同様であり、極剣のアイリーンの目を誤魔化すのであれば王宮に侵入するほうがまだ簡単だった。

 ドルガー隊は彼女から研修のような形で学んでおり、その知識を取り入れなければいけない。

 極剣直々の指導など、大々的に募集すれば各地から集まるほどの需要がある。討伐専門でやってきたドルガー達はその幸運を何としてでもものにしようとしていた。


「今の奴はニヤけた面してたし、ぶっ飛ばしてもよかったんじゃねえか?」

「職業柄、心証を良くしようとすればあんな風にもなる」

「じゃあ、他の基準はなんだよ?」

「最初に目を逸らさなかった。後ろめたい何かを持っているものは無意識のうちに初対面の態度に出る。見られたくないものであれば、無意識にそれを庇う。その際の視線の運びもそうだな。こちらに向かう時の足取りの迷いのなさ、他にもたくさんあるぞ」

「……敵う気がしねぇな」


 学ぼうとして学べるものか、ドルガーはまるで自信がない。

 ただし鼻が利くため、知識さえつけてしまえばよからぬものの臭いを嗅ぎ分けられる。

 そうなればアイリーンとほぼ同等の仕事ができるようになると励まされており、モチベーションは落ちない。 


「村の皆の為でもあるが、特に心配なのはメディだ。先ほどの商人なら心配はないが、中には彼女を利用しようとする輩がやってくるだろう」

「宿が完成すりゃ、これまで以上に忙しくなりそうだな」

「そうだな。だからこそ、より多くの者達を指導したいのだが……エルメダ」

「ふぁいっ!?」


 エルメダが近場の岩に腰を掛けて船をこいでいた。ビシッと直立するも、すでに遅い。


「エルメダ、食べすぎると眠たくなるどころか、身体にもよくないとメディに言われただろう」

「だってぇ……。最近、なぜか村の皆にお呼ばれされてたくさんおいしいもの食べさせてくれるんだもん……」

「そこで断れないのはお前の意思の弱さだな」

「でも魔導士は魔法をたくさん使うから、食べすぎでちょうどいいんだよ。だから太ってる魔導士はほとんどいない」

「では堂々とメディに健康診断してもらえるな」

「ひっ!」


 メディにかかれば身体の基礎知識を交えて栄養の偏りが引き起こす病について講義されるので、エルメダはもっとも恐れている。

 大浴場でも少し肉がついてきたと言われてショックを受けたばかりだ。その度にダイエットを志すが、三日ともたない。

 実際には過剰に恐れるほどひどくはないが、メディの目はかなり厳しかった。


「アイリーンさんはなんでそんなに引き締まった体してるの?」

「私と共に過ごせばわかる」

「すみません、真面目にがんばります」


 エルメダがわざとらしく軽快に移動して遠くを眺める。上空から何かが飛んできた。

 翼を羽ばたかせてやってきたのは獣人のイグルスだ。荷物を足に引っ掛けて飛んでいる。


「某は知っている。この後、ドルガーから『イグルス、買い出しか』と問われる事を……」

「イグルス、買い出しか?」

「フ……」

「勝ち誇らなくていいからよ」

「その通りだ。メディに素材の仕入れを頼まれてな。これが結構、いい収入になる」


 ドルガー隊のイグルスは鳥の獣人であり、行動範囲がもっとも広い。

 足りない素材を手早く補充できる為、半ばメディの雇われのような状態となっていた。


「ここ最近は人が増えるかもしれないってもんで、張り切ってるよなぁ」

「そうだな。外部から病を持ち込まれる可能性がある。その為に村人全員に飲ませるポーションを開発しているらしいな」

「そんなもん予防なんて出来るのかぁ?」

「普通は難しいがメディなら可能だろう」


 ドルガーは訝しんだ自分を恥じた。メディは公爵専属の治癒師でさえも見抜けなかったワンダールのシュラ虫さえも看破したのだ。

 とはいえ、アイリーンが知る限りではメディといえど苦戦している。全員の体質に合った予防ポーションなど、並みの治癒師や薬師なら思いついてもまず実行しない。

 それが出来れば苦労しないと諦めるからだ。その上で現実と向き合い、打開策を練る。

 しかしメディは違った。彼女の中に出来ないの文字はない。自分の限界を一切考えず、常識に囚われない。

 思いついた事は何でもやる。足りなければイグルスに頼んで買ってきてもらう。今日もメディは空いた時間を利用して研究に打ち込んでいた。


「あの子もよくやるね……。別にそこまでしなくてもいいのに」

「そこまでやるのがメディだ。そうでなければ、私はここにいない」

「私もか」


 アイリーンとエルメダには当然、思い当たる節がある。メディは妥協せずに今後、村が抱えるかもしれない問題に先手を打とうとしているのだ。

 宿の建築、予防薬。村が来訪者を受け入れるピースとしてはどちらも重要だった。

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