第二部

第58話 その名が届いた先

「レリック支部長。第二治療院のベレル病患者への治療の救援要請がきています」

「捨て置け。助からん命だ」


 王都の治癒師協会支部にて、レリックは雑務に追われていた。書類に目を通しながら、秘書の報告を耳に通す。

 この反応に秘書も特段、感情を動かさない。いつもの事だからだ。

 レリック、若干二十六歳にして治癒師協会からこの国の王都支部長の座に任命された若き異才。

 その特殊な治癒魔法は切断された部位をも接合する事で、王都内でも脚光を浴びている。

 ただし彼自身が治療に当たる事は滅多にない。一方で彼は氷の異名を持っていた。


「ベレル病は早期発見が鍵だ。中期にまで病が進んでしまえば助かる可能性は大幅に下がる。それもわからず救援などと、第二治療院の院長は学院からやり直すべきだな」

「あちらにはなんとお伝えしますか?」

「適当な投薬でもいいと伝えろ」

「了解しました」


 レリックは合理性を尊重していた。治癒師には助かる命と助からない命の見極めが必要だと考えている。

 見極めが不十分であれば無駄な労力を費やし、助かる命が助からない命に早変わりだ。

 限られた時間の中で何人の命を救えるか。それこそが自分のステータスとなり、労力がかかる患者など平然と切り捨てる。

 いわばタイムアタックのような感覚だ。合理性に欠いた者に医療に携わる資格などない。レリックは自分だけではなく、同業者さえ厳しい基準を課していた。


「次の報告です。以前、訪れた治療院のイラーザ院長に有罪判決が下されました」

「そうか」

「彼女に利用価値があったので?」

「少しは期待した。だから赴いた」


 そう報告を受けつつも、レリックは早期に手を打っていた。手紙をよこす事で関与を否定して、暗にイラーザを切り捨てるとの意思を示している。

 レリックから見ればイラーザは途中までいい線をいっていたのだ。無能と判断した者を引きずりおろすのは利己的であるが、野心は人に必要だと考えている。

 野心がなければ何も成せない。イラーザは野心に満ち溢れており、それが力となって最良の結果を生み出す。

 彼自身、そうしてきたからこそ力に対する信仰があった。


「彼女に野心はあっても力がなかった。だから終わった」

「力、ですか」

「人と力は密接だ。生活力、腕力、脚力、体力、生命力……。力とつく言葉は多い。医療においても無関係ではないだろう。助かる者は生命力がある。死ぬ者はない。我々はそこを見極めなければいけない。勝つのは病の力か、はたまた生命力か。ベレル病の多くは予防できる」

「免疫力でしょうか」

「そうだ。免疫力も力、生まれもった者が生きる。もしくは日々の生活習慣などでどうとでもなるだろう。私はね、そこが嫌なのだよ」


 レリックがデスクから離れて、窓の前に立った。王都の風景が一望できるこの高さは彼も気に入っている。

 すべてを見下ろせる自分こそがこの位置に相応しいとほくそ笑んでいた。


「自堕落で不健康な生活を送っておきながら、病にかかると治癒師に泣きつく。己を磨く事を怠った堕落者どもが私は嫌いなのだ。多くの病は己の努力次第で予防できる。例えば私は毎朝、必ず野菜ドリンクを摂取する。間食は一度もない。どんなに忙しくとも八時間以上の睡眠時間は確保する」

「敬服いたします」

「患者を見ただけでわかるのだ。そういう患者は本来、視界にも入れたくない。あの治療院を調査した際にもそういった患者が目立ったよ」


 イラーザの治療院の患者を視界に入れつつ、レリックは内心で呆れていた。

 王都のみならず、こんな僻地のような町にも堕落者が多くいる。だからこそいつまでも治癒師が必要とされる。

 呆れつつも、レリックは彼らを屍に見立てた。その上に自分が立っている。彼らなど、レリックにとっては踏み台に過ぎない。

 王都を眼下に収めつつ、レリックは笑った。


「しかし嘆いたところで何も変わらない。堕落する者がいるならば利用する。それこそが合理性だ」


 レリックにとって医療とは自分という存在を証明する概念でしかない。再生治療の研究も自分の為だ。

 もし完成させれば各国から絶賛されるだろうという狙いだった。レリックは席に戻り、仕事を再開する。


「今頃、あの町では堕落者で溢れかえっているだろう。気の毒な事だな。イラーザに力があれば、そうはならなかった」

「その件……とは違いますが妙な話を耳に入れまして」

「話せ」

「例のあの町では患者が激減したそうです。中にはベレル病患者も完治したとか」


 秘書のやや申し訳なさそうな報告に、レリックは眉を動かした。今しがた、自分が見切りをつけた病の患者だ。


「早期発見であれば不思議はない。とはいえ、優秀な治癒師が派遣されたようだな」

「いえ、それが……。あの治療院に勤めていた薬師だそうです。とてつもない腕の持ち主で、その薬の効能は治癒魔法以上だとか」

「薬師、だと?」

「あの町から来た商人や冒険者が王都で話題にしたようです。ところがその薬師は金の話には乗ってこなくて勧誘にはことごとく失敗しただの……ハッ!?」


 秘書は喋り過ぎたと後悔した。レリックの形相が凄まじく変化している。

 彼は野心や力がある者を好むが、それはあくまで自分以下の人間限定だ。

 秘書は命拾いしたとも思っていた。薬師に治された患者のベレル病は後期にまで進んでいたという噂を話せば、どうなっていたか。


「……そんな薬師があの治療院にいたというのか?」

「イ、イラーザ元院長が毒物事件の濡れ衣を着せて追い出したようです」

「しかし、戻ってきて逆襲した。違うか?」

「そう、なりますね……」


 レリックは胸がざわついている。こと医療に関して、自分は上に立たなければいけない。

 自分の倍近く生きている治癒師も数多くいるが彼らすら鼻で笑い、出世街道を突き進んだ。

 イラーザのように自分の下位互換であれば手駒に加える事もしてきた。ただし今回はどうか。


「薬師、か。その薬師の名前は何だ」

「メディ、十五前後の少女と聞いております」


 薬師こそ治癒師の下位互換と信じてきた彼にとって、見過ごせない話だ。

 彼の息がかかっている王都内の治療院にも薬師はいるが、待遇はよろしくない。

 薬師など働かせてやっているだけでもありがたく思えと、レリックは見下していた。その薬師がベレル病を完治させたのだ。


「ヘーステイ。情報を集めて、その薬師の居場所を特定しろ。こちらも日程を調整する」

「かしこまりました。白十字隊ヘルスクロイツの手配を?」

「二名、よこせと言え」


 秘書のヘーステイは頷く。レリックは自分以上に目立つ存在がいれば、ことごとく手駒としていた。

 それが叶わぬならば、何らかの形で潰す。それこそが彼を出世に至らせた秘訣でもある。

 レリックはあらゆる未来を思い描いている。メディという少女を従わせて踏み台とするか、或いは――。


「ヘーステイ。私は治癒師協会の頂点へ上り詰める。頭が固い年寄り連中をいつまでも座らせておくわけにはいかんのだ」

「存じております」


 特にイラーザの前任のロウメルなど、彼にとって嫌悪の対象だった。

 年功序列とばかりにいつまでも院長の席に座る。そういった者を引きずりおろして、屍に花を咲かせて出世街道を歩く。

 自分こそが最強の治癒師だと証明する為に。

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