第57話 その名は広く、どこまでも

 メディは群がる大衆の前で決意した。ここでカイナ湯を宣伝すれば、村長の狙いである村興しにも貢献できる。

 期待の眼差しを向けて中にはメディ獲得を目論む者、薬の転売目的の者、病の完治を願う者。

 宣伝を行うならば、メディに注がれた熱意を利用しない手はない。


「メディちゃんが広く知られるチャンスでもあるのよ」

「私はともかく薬湯は知ってほしいです!」

「あなたもセットよ。忙しくなるけど、お金の事なら心配ないわ。臨時収入が入ったから」

「臨時収入?」

「さ、行きましょ」


 メディの背中を押して、カノエはアイリーンを歩かせた。

 近づくにつれて、大衆の騒ぎが大きくなる。まるで貴族や王族でも来たかのような盛り上がりだと、エルメダはため息をついた。

 メディが評価されるのは良い事だが、やはり善良な者達ばかりとは限らない。そういった者達を見極めて近づけさせないのも、護衛である自分の務めだと思っている。

 エルメダも勇んでメディを守るように半歩先を歩く。


「娘の病気を治してくれ! 派遣された治癒師でも苦戦してるみたいなんだ!」

「腕の痛みが引かないんだ!」

「頭が割れるように痛いんだ……」


 メディは数々の声を聞いたが、真っ先に治療すべき者を見定めた。群れの中に走り出すメディを守るようにアイリーンとエルメダが先行する。

 その過保護にも見える光景がおかしく、カノエはクスクスと笑っていた。メディは問題視した人物の手を握る。


「その頭痛は危険です! お薬、出します!」

「ほ、ホントか……」

「俺も頼む!」

「こっちが先だ!」


 メディは大きく息を吸い込む。自分勝手な主張をする者達に――。


「こちらの方はぁ! 放置してると死んでしまうんですっ!」


 メディの声量そのものは大した事ないものの、気迫で危機感を訴えた。その場で調合釜を取り出して仕事に入る様は誰もが注目する。

 無駄のない手捌き、成分抽出の要領は見る者が見れば神業と評するだろう。


「こ、これほどの薬師など王都でも見た事がない……」

「見事だなぁ」

「誰だよ、こんな子を追い出した馬鹿はよ」


 頭痛がひどい患者に目をつけたメディは正しい。命に関わる病の為、メディはまず応急処置用のポーションを手渡してから次の薬に取り掛かる。

 その手際にいつの間にか大衆は言葉を失っていた。レスの葉と魔力水の調合、更に獣人のドルガー隊が運んできた新素材のクラホフの実は様々な体内のトラブル防止に役立つ。

 メディの抽出と調合ならば、血液のトラブルに絶大な効果を発揮した。完成したポーションは男性の体質を考慮されており、すぐに差し出す。


「お薬、出します!」


 全員が固唾を飲んで見守る中、男性はポーションを飲んだ。少しの間、頭を抱えていた男性だが次第に表情が和らぐ。


「……痛みがウソみたいに収まったぞ」

「ば、馬鹿な! そんなにすぐ効くのか!?」

「治癒師じゃあるまいし……」

「いや、治癒師だってこんな一瞬で原因を見抜いて魔法で治療できるかよ」


 まったく驚かないのはアイリーンとエルメダ、カノエだけだ。メディの手を握って感謝する男性の様子からして、大衆は本物だと再認識する。

 男性の頭痛は放置していれば死なずとも下手をすれば一生、苦しむはめになる恐ろしい病だった。

 男性が礼を言って鼻歌を歌いながら離れた直後、一斉にメディに押し寄せる。


「俺の腕の痛みをォォ!」

「喉が痛くて咳がひどくて夜がきついんだ!」

「尻が痛くて泣きそうなんだぁぁ! 見てく」


 脱いで尻を見せつけようとした男性が謎の気絶を遂げる。アイリーンの目が光っていた。

 大衆を寄せ付けないようエルメダが手を広げてせき止めており、カノエが何かの旗を用意していた。

 メディも初めて見るものであり、そこにはカイナ湯の文字と温泉マークが刻まれている。


「はぁい、注目。カイナ村にはこちらのメディが作った入浴剤が投入された薬湯があるのよ」

「薬湯だって!?」

「その効能は近所のおばあちゃんの膝の痛みがなくなるほどよ。他にも慢性の皮膚炎が治ったおじさんもいるわ。お風呂に入りながら治るなんて素敵じゃない?」

「し、信じられんが……」


 メディの神業を見た後だ。大衆がざわついて、カイナ村について語り合う。

 辺境の村であるカイナ村を知らない者が多く、情報交換が盛んに行われていた。


「カイナ村……。何もないところだと聞いたが……」

「なんでそんな辺境の村に! もったいない!」

「治療院の事件は解決したんだろう? だったらこの町でいいだろう!」


 クレセインの時とは違う。メディはここまで自分が必要とされている事に感動していた。

 誰かを救えば、必要とする者が出てくる。また誰かを救えるようになる。メディは真の意味で自分の役割をわかっていなかった。

 仕事ではあるが善意の割合が大きかった為、半ば自己満足とも受け取られかねない。

 今は違う。メディは明確に自分は薬師であり、もっと多くの人に必要とされているとわかった。しかしそれでも尚、メディの心はカイナ村から動かない。


「すみません! カイナ村は私の居場所なんです! あの場所で薬屋をやると決めたんです!」

「そうだ。皆、あまり彼女を困らなせないでほしい」

「メディの薬がほしかったらカイナ村においで! 薬湯もあるからさ!」


 この瞬間、全員がその気になる。カイナ村というフレーズを胸に刻み込んだ。

 宣伝効果は絶大だったが、カノエは一つ大きな問題に気づく。


「……宿がないとねぇ」


 その一言がメディ達を強張らせる。薬湯があっても、外部からの客を受け入れる場所がなければ意味がなかった。

 アイリーンはメディをなぜか再びおんぶをする。


「村に戻るぞ。宿の建設を急ぎたい」

「そうねぇ。すっかり忘れていたわ」

「ダッシュ!」


 三人は一斉に駆け出した。


「ま、待ってくれ!」

「田舎の村より君は絶対に大きな場所で働くべきだ!」

「君の薬なら高値で買い取るぞ!」


 諦めきれない者達が続く。しかしその速さには追いつけるものではない。どんどん引き離すが、メディは振り返った。


「カイナ村に来ていただけたらお薬、出しますっ!」


 メディにはそれしか言えなかった。彼らの期待に応えられないのは少々残念だが、カイナ村はメディにとって第二の故郷となりつつある。

 地位や名声に囚われない彼女の意思は固い。この日を境にカイナ村の名が売れるようになる。

 薬師メディ。ゆっくりと時間をかけて、奇跡の薬師の名は確実に王国全土へと広まる事となった。


―――――――――――――――あとがき――――――――――――――――

第一部、終了です!

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