第56話 裁きの後に
「この度はご足労いただいて感謝する」
頭を下げるべきは自分だとメディは思っていた。町長宅に招かれたメディは礼を言おうと思っていたのだ。
町長の謝罪の意味がわからず、メディは困惑した。
「あの、私のほうこそ」
「治療院という重要施設の惨状への対応に遅れたのは町長である私の不手際だ。何の言い訳もない」
「ち、違います! 私がもっとしっかりしていればよかったんです! あの人を……イラーザさんにいいようにされて、何もしなかった私が」
「君は何も悪くない。頼むから君は自分を責めないでほしい」
町長は額を拭って疲弊した表情を見せる。今日に至るまで、彼は寝る間も惜しんで今回の事件を捜査したのだ。
使える人脈はすべて使い、違法集団と事を構えて負傷者も出した。おかげで一斉に捕まえられたものの、今度は口を割らせるのに苦労する。
それは友人であるロウメルに頼られなかった自分への責め苦でもあった。彼が自分に何も告げず、町を出てしまった事を悔やんでいる。
そのロウメルも思うところがあり、町長の手を握った。
「すまない。頼るべきは君だった」
「いい、いいんだ。君こそよくやった……」
二人が涙ぐんで励まし合う。ロウメルは町長に迷惑をかけたくなかったというのもある。
ここで町長を頼れば何らかの癒着を疑われる事になり、友人の立場を優先した。
そんな二人の前にメディが申し訳なさそうに立つ。
「……私は治療院を追い出されて、それで終わりにしたつもりでした。ですがお二人は戦ってくれました。ロウメルさん、あなたのカルテが私にきっかけを与えてくれたんです」
「私も迷ったのだ。あんなものを持ち出してメディ君の為になるだろうか、と。君の新天地での生活に水を差すことにならないかと……。あそこで出会えたのは何の縁だろうと今でも思う」
「け、結果的によかったんです! 私はカルテを貰うまで、自分の生活の事しか考えてませんでした。残された患者さんを思わないようではお父さんに怒られちゃいます」
背負いすぎているとアイリーンは心の中で呟いた。薬師であろうとするほど、メディはメディでいられなくなる。
薬師として、患者の為に。それは自分を殺す事と表裏一体でもあった。だからこそ彼女には周囲を頼ってほしい。自分を大切にしてほしいと願っている。
「イラーザさんを止めなければ、どうなっていたか……。町長さん、この町の治療院はどうなるんですか?」
「人材を集めて立て直すよ。今は他の町から派遣された者達だけで凌いでいる」
「そうですか……」
メディは考える。裁判の前日、メディは出張薬屋を開いていた。
カイナ村と比べて、この町には人が多い。それだけ多くの人々が治療を必要としている。
治療院の惨状の影響もあるが、とても一日では治療などできない。
このまま去っていいのかどうか、悩んでいた彼女を町長が察した。
「何も心配しなくていい。私とて、イラーザの件ばかりに追われていたわけではないのだよ。実は優秀な薬師と知り合えてな。彼が伝手となって多くの人材を派遣してくれる事になった」
「そんな人がいるんですか。薬師……」
「彼は言っていたよ。薬師が薬ばかり作っていたら商売にならない、と。だからこそのあの人脈なのだろうな」
「え……」
メディはその言葉に聞き覚えがあった。
「あの、その人って」
「ちょ、町長! 大変です!」
警備兵が慌てて駆け込んできた。メディを見るなり、なぜか懇願するような訴える視線を送る。
「何事だ」
「そ、そこにいるメディはいないかと大勢が押し寄せて……。薬を売ってほしいと殺到してます!」
「なるほど……。というわけだ、メディ。どうする?」
「はい! もちろん決まってます!」
メディも慌てて駆け出したところで、躓いて転んでしまった。アイリーンが起こして、メディがぶつけた箇所を押さえている。
「いたたた……。アイリーンさん、どうもすみません」
「自分に薬を出すはめになるわけにはいかないだろう」
「その通りです……。あ、大丈夫です。歩けます」
「遠慮するな。こう見えても私は看護師を目指していた事があってな」
久しぶりにアイリーンの夢が出てしまった。出会った当初よりはマシになったが、その技術が活かされた試しはあまりない。
エルメダも嫌な予感がしたが、アイリーンはメディをおんぶする。
「わっ! こ、これはちょっと!」
「たまには労わらせてくれ」
「えぇっとぉ……。これは何か違う気がしますねぇ」
メディは顔を赤くしているが、アイリーンの表情は勇ましい。
「アハハ、そうしているとアイリーンさんってお母さんみたいだね」
「エルメダ、私は確かに昔は保母を目指していたがお母さんを目指した事はないな」
「……ごめん」
軽口が重大な大怪我へと繋がっては敵わない。エルメダは口を閉じた。
町長の家を出ると、門の前に大勢の人々が待ち構えている。おんぶされているメディにぎょっとしたものの、すぐに騒ぎ立てた。
「君! 薬を売ってくれ!」
「うちと取り引きしないか!」
「いやいや、君なら王都でもやっていける!」
クレセインの時と同様、勧誘する人間も少なくない。アイリーンとエルメダからすればメディへの評価は喜ぶべきものだ。
しかし当のメディはどうか。誰かを治療する事しか頭にない彼女にとって、出世への誘いに魅力を感じない。
ただでさえ治療院ではイラーザのような人間に手痛い目にあわされているのだ。
「わぁ、大変な事になってるわね」
「カ、カノエ!? 今までどこに行っていたのだ!」
カノエは気配を悟らせずにアイリーンの間合いに入った。もしこのタイミングで攻撃されていたら、などとカノエの実力の一端について考える。
当の本人は門の前に群がる大衆とメディを見比べていた。
「メディちゃん。ここで一発、宣伝しましょ。カイナ村には自分と薬湯があるってね」
「宣伝ですかぁ!?」
カノエがまた何か言い出した。エルメダにとってカノエはアイリーン以上に掴みどころがない。
果たしてそれでいいのかと思ったが、自分に止める権利などない。絶好のチャンスに対してメディは迷ったが決意した。
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