第55話 裁きの時 後編

 アイリーンとエルメダはメディの勇ましさに感心した。優しいだけじゃない彼女の強さはこういった場でなければ見られない。

 物怖じせず、悪辣な同業者を涙目にしてやり込める。薬師としての力量が説得力をもたせて、ブーヤンを崩壊させた。

 高名な薬師の下にいたとは名ばかりだ。修業をさぼって破門されたものの、薬師を名乗っていた図太さだけがある意味で長所だった。


「本件において、イラーザ及び犯行に加担した者達の罪は決して軽くはない。イラーザ、申し開きはあるか?」

「ど、毒の入手ルートだってあの男達が言わされてるだけよ! 町長に脅されているんだわ!」

「町長、どうか?」

「……では」


 更に法廷の場に一人、現れた。治療院に勤めていた元看護師である。

 イラーザは当然、見覚えがある。自分帝国を築き上げる上で彼女も配下としていたが、メディ解雇直後に田舎に帰るという理由で退職していた。

 それがなぜ。イラーザはまたもや嫌な予感がした。


「イラーザ。彼女に見覚えがあるか?」

「知らない、知らないわ。誰? まさかそいつも脅してある事ない事を喋らせるわけ?」

「そうか。お前らしいな」


 町長は元看護師に指示を出す。弱々しい態度とは裏腹に、彼女は一つの瓶を持っていた。

 イラーザは凍り付く。見覚えがあるどころか、それこそが決定的証拠となるからだ。


「イラーザ。毒物を使用した後、処理は誰に任せたか覚えていないようだな」

「ウ、ウソ……。なんで、なんでぇぇー!」

「人間を軽んじて、自分に従うものばかりを囲っているからそうなる。自分の昼食すら他人任せだ。だから詰めも甘い」

「違う! 知らない!」

「いくら叫んだところで、証拠がいくつも揃っている。最終的に誰がどう判断するか、考えればわかる事だ」


 イラーザはついに膝をついた。なぜ今になって。あの退職は嘘だったのか。

 震えが止まらない彼女を無視して、町長は続ける。


「彼女はお前の横暴をずっと恐れていた。毒物事件の時も従ってしまった自分をずっと責めていたようだ。だが、きちんと証拠だけは持ち帰っていた。自分も同罪になると知りながらな。彼女に行きつくまでなかなか苦労したよ」

「あ、あ、あ……」

「まぁ、次はだな。ダメ押し、というには小さいが……」


 拘束されたデッドガイやサハリサ、冒険者達の登場でイラーザは完全に頭が真っ白になった。

 この後の展開など、想像するまでもない。殺人依頼が発覚してしまえば、ダメ押しどころではなかった。


「彼らはイラーザから明確に殺人を依頼されたと言っている。報酬まですべて詳細に話してくれたよ。彼らを雇う過程で複数の目撃証言がある為、繋がりそのものは否定できないだろう」

「わ、私達は関係ないですよ! それこそイラーザが勝手にやった事です!」


 イラーザの代わりにやはり騒ぎ出すのはクルエ達だ。彼女達はイラーザに従った事を心の底から後悔している。

 強きに流されて、己の意思を律さなかった結果だ。目の前にある安住と甘い汁だけを追い求めてしまった。

 何もかもが遅い。獣にすら劣る。往生際の悪さをアイリーンはただ静観していた。


「殺人依頼はマジで私達は知らないんですよぉ! 裁判長!」

「静粛に」

「イラーザに協力してしまった事は認めます! だから殺人依頼は」

「静粛にっつってんだろうがッ!」


 これほど場が静まった事などない。いくつもの案件を取り扱った事はあるものの、裁判長は常に自分を律してきた。

 反吐が出る事件もあった。それに比べて今回の事件はかわいいものであるが、ここまで浅ましく騒いだ者達などいなかった。

 最後は静かに罪を認めるか、沈黙するか。開き直る者もいたが、今回は本当にうるさい。

 裁判が思うように進まないストレスもあって、限界がきてしまった。

 イラーザが床に手をついたまま、裁判長を見上げる。


「ち、治癒師協会……王都支部の、レリック支部長に問い合わせれば……。あの人は私を認めてくださったから……」

「レリック支部長から手紙を預かっている。読み上げよう。『本件はすべて院長イラーザの独断であり、治癒師協会は何の関与も行っておりません。しかしながら治癒師協会として、今後は彼女のような人物を出さないよう再発防止に努めます。町の方々にはご迷惑をおかけしました』だそうだ」

「へ……。そんなの、許されるの……?」

「いずれにしても本件とは何の関係もない」


 アイリーンは呆れた。わざわざ定型文をよこすくらいなら沈黙を貫いたほうが賢いと思ったからだ。

 関与していないとはいえ、治癒師協会の実態もおのずと見えてくる。氷のレリックといえばその名の通り、腕はいいが血が通っていないと噂されている人物だ。

 ロウメル失脚にも一役買ったと聞いていた彼女は目を瞑って小さく息を吐いた。

 

「あ、あの、私ね。メディちゃん」

「……はい?」

「私、あなたに謝るわ。あなたに嫉妬していて……どうかしていたのよね。私、熱くなると昔から変なことばかりして……」


 イラーザによる突然の猫なで声だ。メディでなくとも面食らう。

 まるで子どもに語りかける母親のような優しい口調とも受け取られて、それが逆に白々しさを演出していた。


「あなたには悪い事をしたわ……。あなたの腕前は私より上よ、本当よ。ねぇ、そうでしょ。だってあなたのおかげで助かった人がいるんだもの。ねぇ、そうよね」

「静粛に」

「ごめんなさい。この通り、謝るわ。ごめんなさい、すみませんでした。二度としません。反省してます。申し訳ありませんでした」


 裁判長は怒りを通りこしている。一方、メディはイラーザに何の感情も見せていない。

 怒りか呆れか、真顔でメディは口を開く。


「あなたを見ていると、すべての人達が救われる必要がないと思えてきました」

「そんな事いわないで! ねぇ! 謝ってるのよ!」

「それでも私は薬師を止めません。ここには私のおかげで助かったと言ってくれる人達がいます」

「私だって助かったのよ! ねぇ! お願い! 許してェ!」


 アイリーンとエルメダは気恥ずかしくなる。以前ならば自分の功績を口にする事もなかったメディだ。

 二人はそんなメディの成長を、それこそ母親のように喜んでいた。


「さようなら、イラーザさん。もう二度と会う事もないでしょう」

「そんな! だから謝ってるじゃない! ねぇ!」


 裁判長は潮時を感じた。ここらですべてを終わらせようと切り出す。


「君達の態度も考慮して判決を下そう。まずは被告人イラーザ。本件において毒物使用による悪質さは言うまでもないが、その影響は大きい。治療院の運営に支障をきたして、町の医療事情にも打撃を与えた。助かる命も助からず、あまつさえ治療院の資産を使い込む。果てには殺人依頼と情状酌量の余地もない」

「い、いや……」


 一息、置いてから裁判長は重い口調で裁きを下す。


「判決を言い渡そう。被告人イラーザ、鉱山にて無期限の強制労働を課す」

「ウ、ウソ、嫌、嫌よ! いやぁぁぁーーーーーーーーッ!」


 イラーザの絶叫をよそに残りの者達にも順次、判決が言い渡された。クルエ以下、共犯者達は十年の鉱山労働。

 患者の容体を著しく害したとされるブーヤンは八年。証拠となる瓶を持っていた看護師は五年。

 そして殺人未遂となったものの、デッドガイとサハリサには極刑が下される。尚、彼らに与した冒険者達や薬を販売した者達は極刑は免れたものの無期限労働を言い渡された。

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