第54話 裁きの時 前編
町の裁判所には多くの者達が集まっていた。この町、唯一の治療院で起きた事件である。
傍聴席は満席であり、アイリーンやエルメダもいる。証人席にはメディとロウメルが着席していた。
被疑者はイラーザやクルエ、パメラ。そして彼女に準じた治療院関係者。薬師ブーヤンは毒物事件以降に雇われたが、被疑者側だ。
彼によってもたらされた薬害も軽くはないとみなされており、町長はこれを機に一網打尽にする考えだった。
イラーザは爪を噛んで落ち着きがなく、クルエ達はすっかり怯えている。
「…以上が事件の概要だ。犯行内容の成否について申し開きがあれば聞こう」
「ど、毒なんて作ってません。何かの間違いです」
「私はイラーザに脅されたんですよぉ!」
「私もです!」
「イラーザはあまりに横暴で」
「静粛に」
裁判長の冷淡な一言が彼女達の見苦しい様を静める。牙城にて、イラーザに平伏していた者達が完全に取り乱していた。
特にクルエの変わり身はメディから見て、あまりにひどい。メディはクルエなど、イラーザを肯定するだけの人間としか認識していなかったのだ。
それが今や保身に走ってイラーザをつき落そうとしている。他の者達も同様だ。
恐ろしくて従っていたとはいえ、それならばもっと早く手を切るべきだった。
細かい事情は知らないアイリーンでも、メディと同じ事を考えている。切り時を見極められなかった時点で、イラーザと同類だ。
そんな中、薬師ブーヤンだけはあくびをかいていた。
「あのー、これって長いんですか? 俺、これから予定あるんすよね」
「事件と無関係な発言は慎みなさい」
「いやいや、意味わかんねえっすよ。なんで俺が」
「以降、不適切な発言と見なせば有罪判決も考慮する」
「は、はぁ……!?」
無茶苦茶だと言おうとしたブーヤンだが、後ろに控えているのは警備兵だ。さすがの彼も冷や汗をかく。
なんで自分が。その思いは変わらないものの、発言を飲み込むだけの圧を感じていた。
「……それでは証人ロウメル」
「はい。院長を務めさせていただいた当時、被疑者達についてお話しをしましょう」
ロウメルの口から語られたのはイラーザの勤務態度だけではない。クルエ達、看護師達のそれを詳細に語った。
年数が経つにつれて患者に対する横柄な態度が目立つようになり、休憩室でさぼる。薬師であるメディに昼食の買い出しを押し付けた事もあった。
クルエ達もその行為に乗っており、同罪である事も付け加える。そのくせ患者の容体はあまり変わらず、治癒魔法の腕については昔から懐疑的であったと話した。
「……以上です。もちろん院長だった私にも責任はあると自覚しております」
「ふ、ふざけないでよ! この私がいなかったら、あんたなんかとっくに治癒師協会を叩き出されてるわよ! ていうか今までどこにいたの!」
「ロウメルさん! 私だってイラーザに買い出しを押し付けられたんですよ!」
「静粛に」
イラーザ達の喚きなど通らない。続いてメディが指名されて席を立つ。
その瞬間、イラーザの瞳に憎悪の炎が宿った。飛びかかりたい衝動を隠し切れず、歯を食いしばっている。
「私は毒を調合していません。それに毒といっても色々あります。特にイラーザさん達のような知識がない方が用意できるものとなれば限られています」
「このクソガキがッ! こんな時だからって調子に乗ってんじゃねぇわよ!」
メディはずっと毒の正体について考えていた。イラーザのような素人が用意できて、尚且つ彼女の資産内で手に入れられるもの。
消去法で複数の候補を思いついていた。
「今から私が毒の名前をあげます」
「だから証拠なんかねぇっつってんだろうが! この薬漬け頭がッ!」
「静粛にッ!」
裁判長の怒声が事態の酷さを物語っている。彼とて人間だ。立場上、中立ではあるが人間を隠すにも限界がある。
メディはイラーザに目もくれず、毒の名前をあげていく。そのうちの一つに町長が反応を示した。
「裁判長」
「町長、発言を許可する」
「使われた毒はメディが挙げたイビラです。仕入先も把握しておりますし、購入者の顔と名前も判明しております。おい、連れてこい」
町長が警備兵に指示をすると、奥から後ろ手に縛られた男達が連れてこられる。
毒物の販売元であり、人相が悪い見た目からしてまともな筋ではないと誰もがわかった。
町長が特定するのにもっとも苦労した者達だ。これに手間取り、今日までイラーザ達をこの場に引きずり出すのが遅れていた。
「か、買ったのはそこの女です……」
「し、知らないわよ! あんた誰よ!」
男に名指しされたクルエは発狂した。当時の状況、場所。男は詳細に喋る。
元冒険者のクルエは伝手を利用して、男達に近づいた。そして手頃な毒物を彼らから買っている。
具体性を帯びた男の発言は一つの有力な証拠となった。更にメディが畳みかける。
「当時、治療院で扱っていた薬を見ていただければおわかりになると思います。その中にイビラを調合できる素材は一つもありません。治療に使用していた薬についてはそちらのカルテに記載されています」
「カ、カルテですってぇぇぇーー……?」
ロウメルから貰ったカルテの写しだ。イラーザは処分したはずだと何度も頭をかきむしる。
今の彼女に写しの存在を認識できる余裕などなかった。カルテは予め提出してある。
裁判長も事前に目を通しており、メディの仕事ぶりも同時に把握できた。これほどの薬師がこの町の治療院にいた事実を彼は知らない。
なぜ今の今まで知らなかったのか。裁判長は私的な感情を抑える。
「こちらにはブーヤンが赴任した後のカルテがある。情報の抜け落ち、判読不能。明らかに少ない枚数。差は歴然だ」
「そ、そんなもんテキトーでいいじゃないっすか」
「……最低ですね」
メディはブーヤンに嫌悪感を抱く。彼の身体に纏わりついているとある臭いも後押しする。
その上でメディはブーヤンに薬師を名乗る資格すらないと結論を出す。
「え、よく見たらかわいーじゃん。イラーザさんもブスだなんて言いすぎ」
「患者さんに関心を持たない人に薬師なんて務まりません。それに臭いでわかります。大量のグリーンハーブの使用、適量を考えてませんね。更に抽出が不十分だと、そういうカビみたいな臭いがつくんですよ」
「え、え……? カビなの?」
「グリーンハーブは便利で効き目がいい素材ですが、患者の体質などを考えないと毒にしかなりません」
メディの声質には傍聴席の者達もわずかに身を震わせた。
力量が言葉に帯びている。素人にすら、メディの薬師としての格が伝わっていた。
「個人的にイラーザさんより嫌悪します」
アイリーンやエルメダはこのメディの低い声を聞きたくなかった。
彼女には明るくいてほしいと思っている。しかし今はこの場に出る事を選択した彼女の意思を尊重した。
「な、なんだよぉ……。俺だって、一生懸命……」
楽観していたブーヤンが無意識のうちに腰を抜かしていた。目には涙が溜まっている。
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