第36話 村の進化

 五大領の一つを統治するワンダール公爵との契約にこぎつけた功績をメディが盛大に称えられる。

 後日、運送されてくるレスの苗木に加えて大量のレスの葉も持ち帰る。これにより質が高いポーション、入浴剤の量産が可能になった。

 村中に広まり、祭りでも始まりかねない賑わいだ。


「メディちゃん! まさかのまさか! やってくれたな!」

「ワンダール公爵っておっかねぇ人なんだろ?」

「どうやって認めてもらったんだ!?」


 薬屋の前でメディは揉みくちゃにされる勢いだった。エルメダが間に入って牽制して、カノエがクスクスと笑う。

 メディが一言、話すたびに大盛り上がりだった。そもそもメディが来る前は何の話題もなく、仕事に費やして一日が終わるような村だ。

 メディの薬は怪我や病気を治すだけではなかった。村が活気づく要因となり、やがて話題となる。

 狩人が怪我から復帰して山からの脅威を取り去って、ついには薬湯だ。村人の間では気がつけばメディの話題で持ち切りだった。


「こらこら、皆の者。少し離れんか」

「村長!」

「メディ、そちらの御仁はどなたかな?」

「こちらは……」


 ロウメルが自己紹介を済ませると村長が頷く。治療院での一件の話を聞けば、村人達も怒りに駆られる。

 特にメディの濡れ衣に対して怒りを燃やす。ここにいる誰もがメディの世話になっている以上、その熱は凄まじい。


「なんて野郎どもだ! ぶっ殺してやりてぇ!」

「メディに敵わないから嫉妬して陥れたに違いない。そんな事をしたって何にもならねぇよ」

「でもその治療院にだってメディに助けられた連中は大勢いる。どっちが正しいか、必ず証明されるはずだ」


 過激に怒りをぶちまける者の他に、冷静に分析する者もいる。

 それはメディへの慰めもあった。その心の傷を察したからこそ、言葉を選んでいる。

 彼らは誰かを助けることに必死になるメディを知っているのだ。中年の男性がロウメルに笑いかけた。


「ロウメルさんとかいったな。災難だったけど、あまり気に病むな」

「……ありがとう」

「この村でよけりゃゆっくりしていきな。言っておくが、メディちゃんがいるからって楽できると思うなよ?」

「誠心誠意、腕を振るわせていただきたい」


 やがて温かく迎え入れてくれる村人達にロウメルが涙ぐむ。

 村長の采配でロウメルはメディとは別に小さな治療院で働いてもらう事にした。

 ロウメル一人での運営となれば、大きな規模とはならない。完成までは村長の家に居候する事で落ち着く。

 薬屋と治療院の二つがあれば、どちらかが不在でも備えられると村長は言う。小さな病が命取りになった以前とは比べものにならない環境となった。

 更に薬湯の完成も近づいている。アイリーンが資材を搬入したおかげで、工期の短縮が見込めた。


「なかなか素敵な村ね。メディちゃん、そろそろいい?」

「何がですか?」

「あなたの薬屋に行きましょ。いろいろ聞きたいことがあるの」

「毒の事ならダメですよ! それにこれから薬湯を見に行くんですから!」

「あら、薬湯?」


 メディが暴漢に噴射したものがカノエは気になって仕方ない。メディは毒に懐疑的な姿勢を見せながら、いざとなれば残酷になる。

 ただ癒やす為の知識ではない。そのあまりに精通した知識の源泉を想像した上で一つの仮説に行きつく。カノエはエルメダを小突く。


「ねぇ、話があるの」

「なに? 私も薬湯が気になるから後にしてほしいよ」

「後でいいわ。メディちゃんの事よ」

「……メディの?」


 カノエの真剣な眼差しにエルメダが察する。


「わかった。じゃあ」

「私も薬湯は気になるもの。さ、行きましょ」

「へ? 話が先じゃ」

「いいの、いいの。薬湯、薬湯」


 場所も知らないカノエがエルメダの背中を押す。メディが元気よく走った先に薬湯はあった。


                * * *


「メディ。帰ったのか」

「アイリーンさん! これ薬湯ですか!?」


 三角屋根の巨大ログハウスのような建物がメディ達の前に姿を現した。入り口が広く取られており、数人同時に入る事ができる。

 それだけでも村人には感動ものだった。入口の上にはカイナ湯の看板が掲げられており、外からの受け入れ体制を彷彿とさせる。

 しかしオーラス達によれば、まだ内装は完成していない。


「メディの姉御ォ! お勤めご苦労様です!」

「マジ気合い入れて建ててるんで楽しみにお待ちを!」

「こりゃ確実に村のシンボルになりますぜ!」


 汗だくになったアンデ、ポンド、ウタンがメディに大きく頭を下げて迎えた。

 初めてこれを見るカノエは当然、メディを見る目が変わる。


「あら、大人しそうに見えて意外とそっちの筋なのね」

「はい?」

「カノエさん! メディに変な事を吹き込まないでね!」

「はいはい……あら?」


 カノエとアイリーンの目が合った。互いに硬直したかのように動かない。

 カノエ、アイリーンの両名の頭の中で攻防戦が始まっていた。初手、次の手。脳内シミュレーションの結果に終わりはない。

 つまりこの瞬間、二人は直観したのだ。


「あなた強いわね」

「只者ではないな」


 こんな辺境の村にいるべき人物ではない。二人の見解は一致した。

 エルメダといい、この村に引き寄せられる人物は知ればどの組織や国も欲しがる特級戦力ばかりだ。

 カノエもまたその一人なのだが、自分を棚に上げてその要因に目をやった。


「浴槽がたくさんあるなら、いろんな薬湯があってもいいかもしれませんねぇ」

「さすが姉御ォ!」

「一つ、二つくらいレスの葉を浮かべたら面白いかもしれません」

「痺れるゥ!」


 カノエはエルメダだけではなく、やがてアイリーンにも声をかける。その議題はやはりメディだった。

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