第35話 一人でも多くの為に

 助け出されたロウメルは宿の一室にて療養していた。傷はポーションで回復したものの、彼は所持金をあまり持っていない。

 長い間、放浪していたのだと三人は思った。ようやくリラックスハーブティーを口につけたロウメルが改めて頭を下げた。


「こんなところで再会できたのは何の縁だろうか……。メディ君、あれからどうだった?」

「ここから東にあるカイナ村で元気にやってます。薬屋を開いたんですよ」

「薬屋……。そうか、君なら一人でそのくらいやっていけるものな」


 またロウメルが口を閉ざす。リラックスハーブティーのおかげで少しは気が軽くなったものの、やはりロウメルには後ろめたさがあった。

 田舎から出てきたメディを認めて雇ったのは自分だ。そのメディを信じてやらずに解雇して辺境に追いやったのも自分だ。

 今は自分も院長の座を奪われて、何から話せばいいのかわからない。


「ロウメル院長、一体何が……」

「もう院長ではない」

「え……?」

「あの毒物事件の責任を取らされて治療院を追い出された」


 エルメダはメディの表情の変化を見逃さなかった。怒りを通り越した憎悪とも取れるその顔は滅多に見る事ができない。

 メディは自分の解雇についても納得がいかなかったが、誰かを巻き込んだとなればさすがに怒りがこみ上げてくる。

 

「メ、メディ。何があったのかな? いや、デリケートなお話なら無理に話してくれなくてもいいけど……」

「ロウメル……さん。お話していいですか?」

「私に止める権利などないよ。メディ、できれば君の口から話してほしい。しかし、お友達にとっては気分が悪い話となるかもしれん」


 エルメダもまた表情が強張り、カノエは腕を組む。

 メディが辺境の村に来るまでの過去など想像したこともなかった。

 そこに何らかの邪悪なる意思があるとすれば、エルメダとて怒りを抑えられる自信がない。


「皆さん。私はとある治療院を解雇されました」


 メディは話した。治療院での一年間、そして毒物事件の顛末。メディが唇を震わせるほどの話だ。

 エルメダは何度、声を上げたかったかわからない。カノエはただ冷静に耳を傾けている。

 冤罪をかぶせるきっかけになったロウメルがそこいると知り、エルメダは責め立てたい衝動に駆られた。


「濡れ衣に決まってるでしょ……」


 エルメダがようやく言葉を口にする。

 エルメダは体質が改善されて、ようやくまともな魔導士となってからは毎日が充実していた。

 村では狩人となって獲物をとってきて皆に切り分けた肉を提供する。アイリーンとの模擬戦、語らい。メディの畑仕事を手伝う。

 そんな日々を提供してくれたメディが、ワンダールと真摯に向き合ってシュラ虫を駆除したメディが。

 憎んでもおかしくないロウメルに駆け寄ってポーションを提供したメディが。


「そんな事するはずないッ!」

「エ、エルメダさん……」

「今すぐにその治療院に行って全員わからせてやる! 冗談じゃないよ!」

「私はもういいんです。今は薬屋が大切ですし、これから薬湯もできます」

「でも、悔しくないの!?」


 メディは無言で頭を振った。


「仕返しはよくないです。それに……失礼ながら、イラーザさんが院長では長く持たないと思います」

「そ、そうなの?」

「あ、でも患者さんは心配ですね……」


 そこで考え込んでしまうメディにエルメダは苦笑した。やはり心配はそこなのか、と。


「メディ君。君に受け取ってほしいものがある」

「なんでしょう?」

「君の薬を処方された患者のカルテの写しだ」

「え! なんでそんなものを!」

「あのイラーザや治癒師協会のレリックよりも先回りして持ってきた。おそらく写しもろとも証拠隠滅されていただろうからな」


 そのカルテはすべてメディの薬によって完治した記録が残されている。

 ロウメルが暴漢に襲われた時、必死に庇っていたものだ。


「もし君にその意思があるならば、大きな助けとなるだろう」

「でも……」

「いや、強制はしないよ。私に出来る事などこのくらいだからね」

「……ロウメルさんはこれからどうするのですか?」

「どこかで静かに暮らそうと思う」


 ロウメルが椅子から立ち上がる。俯き加減で片手をあげてドアに向かった。


「待ってください。ロウメルさん、カイナ村に来ていただけませんか?」

「……何だって?」

「あそこなら皆さん、迎え入れてくれると思います。それにロウメルさんの治癒魔法はイラーザさんなんかと比べものになりません。村の人達の役に立ちます」

「君で十分だろう」

「そんな事ありません。治療は一刻を争います。私一人では間に合わない時もあると思います。でもロウメルさん、あなたがいれば助かる人が増えます」


 ロウメルはメディの優しさに何かが胸の内から込み上げてきた。決壊しつつある涙腺を抑えるので精一杯だ。

 エルメダがロウメルの下へ向かって頭を下げた。


「私はメディに助けられました。だから私もメディのお願いは聞いてあげたいんです。どうかお願いを聞いてあげてください」

「……こんな私を受け入れるというのか」

「はぁ、あのね。ロウメルさん、だっけ?」


 カノエがついに口を開いた。


「人生なんていくらでもやり直せるのよ。人を救えなくても、これから救えばいい。あなたもまた誰かに認められたのよ。それだけでも幸せじゃない?」

「幸せ、か」

「メディの事を思うなら村に残ったほうがいいわ。断言する」


 カノエはエルメダとは異なる理由でそう断言している。カノエはこれまでの話を聞いて、これから起こり得る事態を予想したのだ。

 その上でロウメルを野放しにしておくのは悪手だと悟った。


「……いいのか?」

「大歓迎です!」

「こ、こんな、私が……!」


 ロウメルはついに泣き崩れた。このまま放浪して彼は死ぬつもりだったのだ。

 罪の意識で潰れそうだったところを、メディを初めとした少女達に救われた。

 生きてもいい。罪を自覚した上で生きていかなければいけない。メディがそう思わせた。

 こうしてロウメルはカイナ村の住人として受け入れられる。メディとエルメダがロウメルを慰める中、カノエだけは窓の外を眺めていた。

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