第20話 イラーザの牙城
「最近、当治療院へ来院する患者が減っている。退院手続きを申し出た患者も多い」
ロウメルは会議室での定例集会にて、開口一番に全員に向けて告げる。
大あくびをしてメモ帳のスケジュールをチェックしているブーヤン、しかめっ面で構えるイラーザ。ヒソヒソと周囲の看護師と何か囁き合うクルエ。
ため息を堪えてロウメルは言葉を続けた。
「治癒魔法とて万能でないことはわかっている。特にベテラン諸君はよくやっていると私は思う。しかし、ここ最近になって急にクレームが増えたのだ。来院数が減ったとて、怪我人や病人が減ったわけではあるまい。何故か? 思い当たる原因を述べよう。まずブーヤン君」
「へ? オレっすか?」
「まずこっちを見なさい」
「へーい」
だるそうにブーヤンがメモ帳から目を離す。目元をこすって、またあくびをした。
「君はあの高名な薬師クヤッフの下で修業をしていたのだったね。それにも関わらず、君の薬の評判はよくない。副作用とは言うが以前、在籍していた薬師の時では考えられなかった。君は一体、何を学んできた?」
「前の薬師がいたんすか?」
「いたよ、ブーヤン。毒物を混入させた薬を出そうとした馬鹿な小娘がね」
「マジっすか、イラーザさん。女の子だったんすか。惜しいなぁ。お近づきになりたかったなぁ」
ロウメルの話をそっちのけでイラーザとブーヤンが盛り上がる。ロウメルは我慢の限界だった。
当の原因を作った者達が何一つ自覚していない。怒りを堪えて、次はイラーザだ。
「イラーザ君、君もだよ。確かに君は当院に長年に渡って勤務してくれた。しかしここ最近になって急に君の素行や治癒魔法へのクレームが舞い込んでいる。なぜか? それは以前から患者が抱いていたものだ。知っての通り、治療院はこの町に当院のみ。不満があろうが選択肢などないのだよ。皆、我慢を重ねて利用してくれただけだ」
「ではなぜ最近になって、と仰るのですか?」
「本題はここからだ。少し前まで当院の評判は良かった。難病も怪我も長引かない。患者の笑顔が目立った。更に少し前までは考えられなかったのだ。良い環境になれば人は慣れる。逆戻りすればどうだ? 慣れた環境に戻せと人々は怒る」
「つまり何を仰りたいのですか?」
「ほんの一年間だがな。以前、追い出してしまった薬師……彼女の薬は本物だ。最終的に私の判断で追い出してしまったことを後悔している」
「……は?」
イラーザは不快感を隠さない。ここにきて今更、何を言ってるのか。ロウメルもまた何かを企んでいるのか。
イラーザは焦った。ロウメルの決断や行動次第では自身の計画が水の泡になる。イラーザは時間稼ぎへと切り替えた。
「お言葉ですがロウメル院長。もし彼女を連れ戻すのであれば、あなたの経歴に傷をつけることになります。下手をすれば毒物事件の責任を取らされて投獄の可能性すらありますよ」
「それもいい。私が間違っていた。彼女がそんな事をするはずがないし、あの事件は何かおかしい。私は今一度、彼女に会ってみようと思う」
「馬鹿なことを! それで何が解決すると!」
「患者の心身だよッ!」
ロウメルがついに怒鳴った。皆が抱いている温厚で低姿勢というイメージからはかけ離れている。
後悔に打ち震えたロウメルがイラーザ達を睨みつけた。
「私が間違っていた! 高給に満足して腐敗に見向きもしない! 黙っていても患者は来るのだからな! 私も君達と同類だよ! いや、それ以下かもしれん! すべての責任は私が取る! まずはイラーザ! ブーヤン! 君達を解雇する!」
「正気ですか!?」
「正気だとも! 私は」
治療院に複数人が入ってきた。白いローブを纏って清潔感と高潔さに溢れた集団、患者ではない。
ロウメルはハタと気づいて、集団を迎えた。
「治癒師協会のレリック支部長、本日はどのようなご用件でしょう?」
「この中にイラーザという治癒師はいるか?」
「あちらに……」
レリックはロウメルの脇を通り過ぎて、イラーザに挨拶をした。ロウメルは尋常ではない雰囲気を感じ取る。
何が起こっているのか。まったく理解できなかった。
「治癒師イラーザ。報告、ご苦労だった。本日はこちらで調査しよう。念のため、聞き取り調査を行った上で然るべき判断を下す」
「ありがとうございます! レリック支部長!」
「ど、どういうことかね!」
「ロウメル院長。いえ、ロウメル。もうあなたには何の権限もない」
イラーザがロウメルに邪な笑みを浮かべる。他の者達も澄ました顔をしており、ロウメルは察した。
「き、貴様! まさか!」
「今までご苦労様でした」
レリックの聞き取り調査もすべては形だけだった。イラーザの息がかかった者達が口にしたのはロウメルへの不満だ。
いかに彼が腐敗化の要因であるか、更にはロウメルが手のかかる患者を殺そうとして毒を盛って殺害の手引きをしたなどと捏造されてしまった。
イラーザは以前から治癒師協会に手紙で密告していたのだ。自身の手柄を主張して、治療院の頂点に立つ為に。
「ロウメル、本日をもって院長の任を解く」
毒殺事件について触れないのは治癒師協会の面目を考えての事だ。その為、ロウメルは治癒師協会から追放処分とされた。
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