第19話 認め合ったところで薬湯です

「行くよ! アイリーンさん!」


 人の気配がない村の外れにて、エルメダがアイリーンに向けて拡散光線レーザーを放つ。

 五本の光線レーザーが自由な曲線を描きながらアイリーンを四方八方から襲った。

 アイリーンが息を吐いてから、片足に力を入れて回転。回転の刃となったアイリーンにすべての光線レーザーがかき消された。

 エルメダは愕然として、後ろの木にもたれかかる。


「や、やっぱり化け物じゃん……」

「いや、なかなか素晴らしい魔法だった。正面からでなければ私も対処が難しいだろう」

「そんな気休めでしょー……」

「戦いとは常に一対一で向き合うものではないぞ。それとわざわざ攻撃時に許可を取らなくていい」


 アイリーンとエルメダは意気投合して、最近はずっと特訓をしている。

 エルメダは魔法の奥深さに気づいて狩りをするが、それだけでは物足りない。もっと極めたいとメディに告げると、アイリーンを紹介されたのだ。

 極剣相手に恐れ多いと一度は尻込みしたが、アイリーンは快諾。連日のように二人は模擬戦を繰り返していた。ただし勝敗はあまりに偏りがある。


「これで三十敗じゃん。私じゃなかったら心折れてるよ」

「折れたらまた叩き直せばいい。そうすればより頑丈になる」

「そんな骨みたいな理屈で? ていうかアイリーンさんも心が折れたことあるの?」

「あるぞ。彫刻家を目指していた時があってな」


 有名な彫刻家に弟子入りしたものの、瓦礫となって何も残らなかった。

 師匠にも見放された時のエピソードを話すアイリーンに、エルメダはまともに顔を向けられなかった。


「そ、それは大変、だったね……」

「あぁ、ショックだった」


 顔を背けて笑いを堪えている。堪えきれなくて輪切りにされる自身の末路を思えば、何としてでも踏ん張らなければならない。

 何せ話しているアイリーンは真剣なのだ。他人の夢破れた話を笑うなど、とは思うもやはり笑い話である。


「どうした? 体調でも悪いのか?」

「ちょ、ちょっとお腹が痛くて」

「それはいけないな。今日の模擬戦は終わりにしよう」


 エルメダは胸元の襟を摘まんで、ぱたぱたと揺らす。まだ本格的な冬を迎えていないとはいえ、今日だけで三戦もしたのだ。

 一方でアイリーンは汗一つかいていない。それを見てげんなりしたエルメダが地面に腰を落とす。


「あーーー、お風呂にでも入りたいなぁ」

「お疲れ様です! お薬だします!」

「うわぉっ! メ、メディ……ビックリした」

「差し入れのポーションですよ」


 メディが二人用に調合した冷たいポーションだ。体力回復だけではなく、体作りにも貢献している。

 ごくごくと飲める為、これを見た村人からの注文も殺到していた。


「ぷっはー! たまらん!」

「エルメダさん、おじさんみたいですね」

「これでも今年で三十だからねぇ」

「お、おばさんじゃないですか!」

「これが人とエルフの違いさ」


 エルメダの容姿だけ見れば、十代の少女と変わらなかった。メディが見抜けなかったのも無理はない。

 エルフの長寿の秘訣は恵まれた魔力の質や操作によるものだと考えられている。無意識のうちに魔力で皮膚や組織の老化から守っていた。

 人間からすればとんでもない事だが、エルフにしてみれば誰にでも生まれながらに備わっている身体機能だ。

 各界隈で研究がなされているがエルフの魔力の質、そして無意識による操作は人間では不可能と言われている。その昔、長寿を目指してエルフ狩りが行われた歴史もあった。


「私、まだまだエルフについて知識が足りてませんでした……」

「私からすればメディの知識のほうが驚くけどね。師匠とかいるの?」

「私が持っている知識はお父さんから盗みました」

「盗む?」

「薬の調合の知識なんかはほとんど何も教えてくれないので見て覚えました」


 アイリーンとエルメダは沈黙した。それを剣術に置き換えれば、剣聖に届く資質だ。魔法に置き換えれば賢者に到達できる。

 やはり二人はその知識の源である父が気になった。メディが現時点で師匠である父と同格なのか、或いは及んでいないのか。

 もしメディのような薬師が他にいるとすれば、国が放っておくはずがない。メディだけでも、こんな田舎でのほほんとして入れる立場ではないのだ。


「メディ。父は今、どこにいる? なんという名だ?」

「遠くの田舎にいますよ。ここと同じくらい小さい村です。名前はランドールです」

「ランドール……? 聞いたことがないな」

「当たり前ですよー。小さな田舎の薬師ですからねぇ」


 高名な薬師かと思えば、アイリーンに思い当たる人物がいない。しかし解せなかった。

 そんな力を持った薬師が田舎に引きこもっている。この親にしてこの子ありといったように、やはり似通るものか。

 アイリーンは邪推に邪推を重ねたが、無粋でもあった。メディに助けられた自分が勘ぐる話でもない。それはエルメダも同じであったが、彼女としてはやはり気になる。


「メディはさ、もっと大きなところで働きたいとか思わないの?」

「大きなところですかー……。思わないですね」

「そっか……」


 エルメダは再びメディの表情を観察した。やはり陰りがある。かつては大きな町で働いていたが何かあったのだと察するには十分だった。

 そんなエルメダをメディがじーっと見つめている。


「な、なに?」

「エルメダさんとアイリーンさん、お疲れですね。やっぱり必要ですよねぇ」

「何が?」

「心身ともに癒されるようなお風呂。いわば薬湯です」

「やくとう!?」


 メディが立ち上がって二人を見下ろした。その目はやはり輝いており、実行に移す気満々だ。

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