第17話 覚醒への儀式(マッサージです)
「メディ、採取依頼ではないようだが?」
招かれた容姿端麗な女性にエルメダは見惚れてしまう。スタイル抜群、まるで美術品のような身体の完成度はエルメダにとっても憧れだった。
こんな田舎の村に似つかわしくない。失礼な感想を抱いたエルメダは何故か深々と頭を下げた。
「ど、どうしたのだ?」
「エルメダさん。こちらがアイリーンさんです。あの、頭を上げてくださいね」
「ごめん。あまりに神々しかったから……」
幼児体型のせいで甘く見られてきたエルメダにとって、アイリーンの身体は理想体型だった。
元々エルフは小柄な種族なので仕方ない一面ではある。
「あの、まさかとは思いますが。極剣で知られるアイリーンとはもちろん別人ですよね? そうですよね」
「そう呼ばれることもあるな」
「そう呼ばれることもあるんですかー。呼ばれて……」
エルメダはのけぞって後頭部を壁に打ち付けた。心配したメディに支えられても尚、よろける。
「ほ、ほ、ほほほ、ほんもにょ!」
「ほんもにょという事になるな」
「王国騎士団百人抜きを達成したと言われている……!?」
「いや、もう少し多かったはずだ」
「ア、アハハ……なぜそんな方が、目の前に……」
落ちこぼれていたエルメダにとって、アイリーンのような冒険者は雲の上の存在だ。
以前のパーティですら、口々にその名を語っていた。行く先々で極剣の名を聞かない事などない。
メディはエルメダの肩に手を置いて、アイリーンに微笑む。
「アイリーンさん。今日はこのエルメダさんのマッサージをお願いしたいんです」
「私にマッサージだと?」
「あ、不都合があるなら遠慮しますけど……」
「いや、大歓迎だ。昔、マッサージ師を目指していてな。得意なほうだぞ」
「それはいいですねぇ!」
アイリーンの指がわきわきと動く。
メディが手放しで喜ぶも、アイリーンはケーキ職人やパン職人などを目指していたことを思い出す。
一体いくつの夢を持ってきたのかと思わなくもない。年齢についての言及もしたかったが今日に至るまで、何故か果たせないでいる。
彼女がそうさせないオーラのようなものを纏っているとメディは感じ取っていた。
「さて、やりましょう!」
奥にあるメディの部屋に移動して、エルメダをベッドに寝てもらう。
アイリーンにもエルメダの事情を一通り、説明した。
「まずはエルメダさんの強力な魔法耐性を緩めないといけません。ただしそれには強い力が必要なんです。まずはこれを塗りましょう」
「え、その塗り薬は?」
「魔法耐性を下げる薬です。私は塗り薬として調合しましたがポーションとしても知られていて、昔の薬師はこれを魔物にぶっかけていたそうですよ」
「へぇー、知らなかった」
メディがエルメダの身体に薬を塗り込む。
「ふぁっ……!」
「ぬりぬりー」
「ひゃんっ! あぅっ……」
「ぬりりー」
「んっ……」
くすぐったさと何とも言えない心地にエルメダは恥ずかしくなってきた。
やがて全身に塗り終わると、アイリーンの出番である。エルメダは緊張と興奮に支配されている。
人生において、誰もが憧れる極剣のアイリーンからマッサージをしてもらう機会がどれほどあるか。
辺境の村に立ち寄った時点で、こんなことになるとは思いもしなかった。馬鹿にされて蔑まれたエルメダは今、自分の人生を祝福している。
ここはもしかして楽園なのではないかと、アイリーンのマッサージを心待ちにしていた。
「で、ではお願いします!」
「うむ、腕が鳴るな」
アイリーンがエルメダの身体に手を振れる。エルメダの人生の祝福の最後だった。
「いだだだだだだっ!」
指圧だけで皮膚を貫通して内臓と骨に届かんばかりだった。普通であればここで手心を加えるのだが、アイリーンはマッサージに対して独自の理論を貫いている。
「痛いほうが身体の為になる」
「ならならない痛い痛い痛いぎゃあぁぁーーーーーーーっ!」
エルメダがメディに手を伸ばして救いを求めている。しかしメディは見守っていた。
こうでもしないと治療の意味がないからだ。
「私の力じゃエルメダさんの身体に薬を浸透させることができません。アイリーンさんみたいな力持ちじゃないとダメなんです」
「なにそれ聞いたことないたーーーーいぃぃっ!」
傍から見れば無残な光景であり、エルメダはからかわれているのではないかと激痛の中でぼんやりと考える。
手でバンバンと叩いてギブアップを求めるも、地獄は終わらない。
「あのあのあのもうどうでもいいんで終わり痛い痛い痛い!」
「どうでもよくないんです! 今までの事を思い浮かべてください!」
「今まで……いたたたたっ!」
「終わればエルメダさんはすごい魔導士になれるはずです!」
エルメダは自分を見捨てたパーティメンバーの蔑むような目を思い浮かべた。
もうあんな思いは嫌だ。その涙は激痛によるものだけではない。過去を振り返れば、そこには絶望しかなかった。
歯を食いしばり、時が経ってアイリーンは手を止める。
「メディ、一通り終わったがこれでいいのか?」
「はい! バッチリですよ! エルメダさんも起きてみてください!」
「へ? もう死ぬから無理……」
この痛みで起き上がれるはずがないとエルメダは渋々体を動かした。
するっと身体が動いて芯が温かい。以前、どこか感じていた息苦しさのようなものが今になってようやく認識できる。
「なんか変……」
「服を着てください。さっそく訓練しましょう」
「訓練?」
「魔法ですよ! 今までより制御できるはずです!」
半信半疑ではあるが、エルメダは自身の中で何かが変わったと実感している。
それが何なのかはわからないが、今は何故か魔法に対して強烈な自信を持てるようになっていた。
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