第16話 皆殺しの真相

 エルフの少女はエルメダと名乗った。エルフは魔力に長ける種族のため、活躍の幅は広い。

 宮廷魔導士団、治療院、魔法学者。多岐に渡る分野で出世の機会があるが、中にはエルメダのような問題を抱える者もいた。


「これは?」

「ご存知ないです?」

「ないですな!」


 彼女の前に出されたのは、桃色のポーションだった。この反応を見て、メディは自論の正しさを認識した。

 魔導士であれば知らないはずがない。お世話にならないはずがないそのポーションは――



「マナポーションです。魔力を回復するんですよ」

「マナポーション……。そういえば飲んだことないなぁ」

「おそらくエルメダさんには必要がないからです」


 メディの狙い通り、エルメダはマナポーションを手に取ろうとしない。

 見た目はフルーツドリンクに近くて親しみやすい色だというのに、エルメダはどこか恐れているようでもあった。

 当然、メディは催促しない。エルメダが手を出しては引っ込めて、かなり躊躇している。


「こ、これを飲まなきゃダメ?」

「どうしても飲めませんか?」

「う、うん。ごめんね……」

「やっぱりエルメダさんは優秀な魔道士ですねぇ」

「どうして急に褒めるの」


 メディが頷いて感心する。エルメダは怪訝な顔をするが、メディとしては本心なのだ。


「エルメダさんはマナポーションを本能で避けてますね。それはきっと膨大な魔力のせいです」

「……自分の魔力くらいはわかるよ。でもそれと何の関係が?」

「多すぎる魔力がエルメダさんに詰まっているんです。もうパンパンです」

「ぱんぱん?」

「それをギュっと押し込んでいるんです。さっき腕を抑えていたのも、本能が溜まり過ぎた魔力を放ちたくなったからと思います」


 メディが両手でギュっと押し込む仕草をした。エルメダの頭の上には相変わらず『?』が浮かんでいる。


「私、魔力は完全に感知できないんですけど、靄みたいな形で見ることはできます。魔導士の人達には大体、靄がかかってますね。ですがエルメダさんにはそれがありません」

「それって他の魔導士は魔力が常に漏れてるってこと? そういえば、他の魔道士は確かにそんな感じだったかな……」

「そうです。それが自然なんです」

「じゃあ、私の中にパンパンになった魔力が常に詰まっていて……いつかバァァァァァンって破裂しちゃうってこと!?」

「そうならないように何とかしましょう」


 エルメダが二の腕をさすっている。自身が破裂するところを想像してしまったのだ。

 無駄に豊富な想像力が彼女をより恐怖の底に落とす。


「あ、あの。ちょっと魔法を使ってくる」

「ダメです!」

「だ、だよね……」


 メディはこの出会いに感謝した。もしエルメダがこのままこの村に立ち寄らず、問題解決に至らなければ大惨事になっていた可能性があるからだ。


「魔法を使った時に高威力になりすぎてしまうのは、エルメダさんの身体のせいだからです。強力な魔法耐性が外側と内側にあるんです」

「……魔法を放つ時、確か時間差があった。それって?」

「膨大な魔力が体から放たれる時に、強力な魔法耐性をかすかに破っているんです。水がたくさん入ったカップに穴があいたら、勢いよく流れ出るのと同じです」

「で、でも魔法耐性を破ったらそのまま漏れ続けるんじゃ?」

「そこがエルメダさんのすごいところです。破ってもすぐに修復されちゃうんですよ。特異体質といってもいいです」


 エルメダは理屈の前に、メディという少女に感心した。彼女がこんな辺境に来たのは、誰にも迷惑をかけたくないからだ。

 以前、所属していたパーティからも危険すぎるとされて追放された。いつ爆発するかもわからない爆弾を抱えたがるパーティなどいない。

 エルメダもそれがわかっていたから、せめて誰かが怪我をしてもポーションで治せばいいなどと末期的な発想に至った。要するにヤケクソだったのだ。


「……そんなのまでわかっちゃうんだ。あなた本当に薬師?」

「薬師なら人体のあらゆる問題に精通してないと務まりません。魔法が使えないからわかりませんなんて言い訳できません」

「そ、それにしてもどこでそんな知識を……」

「さて、いよいよ始めちゃいますか?」

「は、始めるって? もしかしてどうにかなったりする?」

「なったりします!」


 エルメダはほろりと一筋の涙を流した。まだ治る根拠がない。それなのに不思議と希望を抱いてしまうのだ。

 メディの心遣いもそうだが、何より一切の迷いが感じられない。突然、押しかけた自分のために薬師がそこまでしてくれるという事実も嬉しい。


「あなた、メディちゃんだっけ……。なんだかごめんね……」

「な、なんで泣くんですかぁ!」

「この体質のせいでひどい目にあったから……」

「ではさっそく始めるのでアイリーンさんを呼びます!」

「アイリーン?」


 なぜ第三者を呼ぶのか。エルメダは唐突に嫌な予感がした。アイリーンとは面識はないが、偶然にも『極剣』と同じ名前だ。

 さすがに同一人物ではないだろうとエルメダは楽観視するが、答え合わせは数分後だった。

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