第14話 苛々イラーザ

 イラーザは今日も患者に怒鳴られた。怪我の治りが遅い、まだ痛みがある。態度が悪い。

 ありとあらゆるクレームを受け続けて、素行にも影響が出る。物を乱暴に置いたり、ドアを強く閉めるなど。

 来院した患者でも、気が弱ければそのままそそくさと出ていく。


「あのオヤジ……私の腕が悪いですって? そんなわけないでしょ」


 勤続三十年、イラーザは自分の腕に確固たる自信を持っていた。魔法の才能が認められたのは十二歳の時、それから三年かけて魔法学院中等部を卒業。

 高等部には進学せず、現在の治療院にすんなりと採用された。ロウメルも手放しで歓迎して、治療院の中核となるのに時間はかからない。

 治癒魔法は重宝された。薬での治療は調合の手間がかかり、素材の金も馬鹿にならない。魔法一つで解決するのであれば、国が推奨するのも仕方なかった。


「イ、イラーザさん。十三号室の患者がお呼びです」

「チッ……」


 足の怪我で入院している患者だ。事故で歩けなくなった彼の事をイラーザは内心、見下していた。

 魔力を持たずに生まれてきたから危険な力仕事をやるはめになる。頭も使えないから体を使うしかない。

 それなのに選ばれた治癒師たる自分に生意気な口を利くなと、イラーザはしかめっ面で病室に向かった。

 中年男性が不機嫌な面持ちでイラーザを見るなり、舌打ちをする。


「何かご用で?」

「ご用で、じゃないんだよ。君さ、いつになったらこれ治るの? 治癒魔法なら数日の入院で済むって言ってたじゃないか」

「それはご本人の体質にもよりますので、予定がずれたとしか言えません」

「そんないい加減な治療をされちゃこっちも困るんだよ」


 イラーザは怒鳴り散らしたい衝動を抑える。なぜ、こんなにも傲慢になれるのかと、イラーザはもう顔にも隠さない。

 察した中年男性の患者も露骨に不快感を露わにする。


「もういいからさ。ポーションでも何でも出してよ。ここに評判がいい薬師がいるだろう。以前、ここで世話になった時に知ったんだがな」

「薬師のブーヤンなら早退しました」

「違う、違う。確か女の子で……」

「女の子……?」

「礼を兼ねて一度、挨拶をしたことがあるんだ。明るくていい子だったな」


 イラーザが思い当たったのはメディだ。そうとわかれば青筋を立てる。


「お言葉ですがその薬師は先日、解雇されました」

「なに! なぜだ!?」

「患者に毒を盛ろうとしたのです。手元が狂ったと言い訳していましたが、目撃者もいます」

「そんなことをしたのか? 信じられんな……。だとしたら投獄されているのか?」


 イラーザは答えに窮した。本当はロウメルの独断で追放処分で済んでいる。

 投獄されたなどと嘘をつけば、男性が詰め所に問い合わせる可能性があった。イラーザは考える。

 彼女が考える計画を思えば、ここで話したほうが後々の為にもなると判断した。


「いえ、実は……あの、噂なんですけどね。どうかここだけの話ですよ?」

「そんなにまずい話なのか?」

「えぇ、実はロウメル院長がその薬師を追放したようなんです」

「なに? それは問題なんじゃないのか?」

「責任逃れですよ。あ、でもあくまで噂ですからね?」


 ロウメルがメディに情けをかけて追放したのは事実だ。しかし、そもそも毒入り薬事件自体が捏造である。

 男性は考え込んでいた。怪我をした足をさすりながら、イラーザの目を見る。


「なるほどなぁ。それが本当なら大問題だ。あのロウメル院長がかぁ……」

「最近、治療院の経営が傾いてるのも影響しているかもしれません。私達も当たり散らされて迷惑してるんですよ」

「そうか。わかった、それなら仕方ないな」


 イラーザは安堵した。


「今すぐ退院手続きをしてくれ」

「はい?」

「そっちも大変みたいだからな。いつまでも迷惑をかけちゃいかん」

「そ、それはお気になさらず!」

「いーや、どのみちそんなゴタついたような治療院にはいられんよ。足なら心配ない。杖でもつけば歩ける」


 男性がベッドから降りて、杖を手に取る。よろめきながら、支度を始めた。

 治療も終えてないのに退院されてしまえば、ますます治療院の評判に関わる。イラーザとしては治療費を請求できなくなるのも問題だった。


「危険です! そもそも退院許可が」

「ロウメル院長に直接、話をつける。君じゃどうも話にならん」

「わ、私が嘘をついているとでも!?」

「嘘?」

「い、いえ」


 杖をついて、男性が病室から出ていった。イラーザはまた思案する。

 彼に退院されたところで計画に支障はない。たかが中年男性一人、そう思い込むことで精神の安定を保っていた。


――――――――――――――――あとがき――――――――――――


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