第12話 メディの為に
メディがいる辺境の町から遠く離れた地にある水晶の谷。純度が高い魔石といえば、高確率で名前が挙がるこの場所は当然ながら危険地帯だ。
伯爵家専属である討伐隊の隊長アバインは『星砕き』と恐れられた一級冒険者だ。超大型の槌を振るえば、鉱石の塊であるゴーレムをまとめて砕く。
アバイン率いる討伐隊はこれまで数々のダンジョンを荒らしてきた。
そこに二級以上の魔獣がいようが彼らは土足で踏み込み、すべてを奪う。こうして山ほどの財宝を伯爵に献上してきた彼らにとって、怖いものなどなかった。
「に、逃げるな! 最後まで戦え!」
アバインの周囲には仲間の死体が転がっていた。生き残った者達も背を見せて逃亡を図る。
奥に進むほど魔石の純度が高くなるが当然、番人達もいる。
欲を出して奥へ進めば、このような怪物が待ち受けていた。
「俺の槌が効かないなど……!」
とうとう一人になってしまったアバインは生まれて初めて恐怖を味わった。怖いものなどなかったはずだ。
「ひっ……! く、来るなっ!」
十二歳にして魔物討伐を成し遂げて二十歳になる頃には二級、数年後には一級への昇級と共に貴族から声がかかった。
今は伯爵家の専属だが、すでに騎士団からも声がかかっている。出世街道に乗ったはずだとアバインは目元を潤ませていた。
「も、もう二度と、こ、ここには来ない……見逃してくれ……」
涙するほど恐ろしい。この怪物から逃げたい。冒険者になど、なるべきではなかった。
これまでの人生を後悔した彼にも、間もなく高熱ガスが浴びせられつつある。
「先客がいたか」
アバインの目の前に竜の頭が落ちてきた。腕、胴体、それぞれがその場で崩れる。
尻餅をついて粗相をしたアバインをアイリーンが通り過ぎた。
「なるほど。こいつ自体が高純度の魔石というわけか。これは幸運だった。手間が省ける」
「あ、あんた、なんだ……」
「帰ったほうがいいぞ。ここには今のドラゴンよりも格上の魔物がいる」
「何者だ、何なんだ……今のは、あんたが、やったのか?」
アイリーンは鼻歌を歌いながら、
辺境の町からこの場所まではかなりの距離があるが、アイリーンにはメディから買ったポーションがある。
アイリーン用に調合されたそれは疲労回復の効果が絶大で、わずかな睡眠時間を確保するだけで一日中走り続けられた。
あまり無茶はしないでくださいねというメディの忠告はあまり聞いていない。
「私が討伐したのだから、この魔石は私のもので構わないな?」
「いい、いいよ……あんた、何者だよ……」
「私はアイリーン。ここから遠い地にあるカイナの村で世話になっている冒険者だ」
「アイリーンってまさか……極剣か!?」
「そう呼ばれることもあるな」
アイリーンが魔石の回収を終えると、更に奥へと歩く。
「ま、待ってくれ! 仲間も死んでしまったし、オレはこれからどうしたらいい!」
「谷の外で待ってろ。魔物はあらかた片付けたから、安全に出られるはずだ」
アバインがよろよろと起き上がって、一目散に外へと駆け出した。
彼を見送ったアイリーンが再び迫る怪物と睨み合う。細長い体の所々に魔石が埋め込まれた竜だ。
埋め込まれている冷魔石はやはり高純度とわかるからだ。
「彼の仲間を弔わないとな。この場は荒らさせんぞ」
吐き出された凍てつく冷気がアイリーンの剣によって分断される。
追撃を許さず、長い竜の胴体が輪切りとなった。剣を納めたアイリーンが一息ついて、改めてメディに感謝する。
「ふぅ……。気持ちいいな」
心が解放されたおかげで、自由に剣を振るえるのだ。誰に気をつかうわけでもなく、地位や名声などどうでもいい。
今の自分は小さな村と薬屋の為にある。ある意味で孤独だったアイリーンはそこが居場所と思えるようになっていた。
そこにいるのはニコニコしたメディだ。その光景を思い浮かべるだけで、作業がより捗った。
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