第11話 温室栽培計画
「この土で育つのは、そうだなぁ……」
メディはこの日、農家を営んでいる村人のブランに来てもらっていた。ブランは土を手ですくって、神妙な顔つきをしている。
メディの畑で育つのはグリーンハーブ、アフラの花だと告げられた。アフラの花は根も素材となるため、育てない手はない。
仕方ないとはいえ、メディとしてはまだまだ育てたかった。
「種を植えていこう」
「私も覚えたいので一緒にやりたいです」
「あぁ、良い心がけだ。種によっては深く植えすぎると芽が出にくいものがあるから気をつけるんだよ」
田舎にいた頃、メディの父も広大な畑を持っていた。近くに住んでいる農家の者や雇った若い者達に管理を任せていた為、メディに畑の作業の知識はない。
メディの父は娘を手取り足取りサポートするようなことはしなかった。メディが村を発つ時も、一切の仕事先を斡旋しない。目で見て覚えろ。感じたままに体に叩き込め。
薬師の師匠としては常識外もいいところだ。故に彼の弟子が務まる者はいない。実の娘を除いては。
「メディ、精が出るな」
「アイリーンさん。ハーブティーなら、少し待ってください」
「急かさないぞ。むしろ手伝わせてほしい」
アイリーンはメディが淹れるハーブティーの虜になっていた。狩りから帰ってきた時は必ず飲みにくる。
メディとしては販売の予定はなかったが、彼女を初めとして予想外に人気が出たため、商品化を考えていた。幸い、主原料は畑で育てられる。
「アイリーンさん、畑の拡張をお願いしていいですか?」
「わかった」
メディの見立てでは、スペースが足りなかったからだ。土地をギリギリまで使って、メディは少しでも素材を確保したかった。
父のように大人数を雇う余裕はないが、アイリーンは格安で引き受けてくれる。しかも、驚異的な効率で作業が進む。
「ていやぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」
「うぉぉぉっ! なんだぁ!」
ブランがひっくり返りそうになる。アイリーンの高速鍬さばきで、瞬く間に新たに畑が耕されたのだ。しかも二刀流である。
そのまま魔物討伐をしても違和感のない風体だ。
「そりゃりゃりゃりゃぁーーーーーッ!」
「ひぇぇぇ……。失礼だが、ありゃ嫁の貰い手がつかないぞ……」
「求婚した王子様が逃げるらしいですよ」
「王子から……?」
『極剣』のアイリーンは各国から引く手も数多だった。数百の魔物のスタンピードをたった一人で収めて、騎士団からは次期騎士団長のポストを約束される。
戦場からは傭兵の誘い、一国の王子からは求婚という甘酸っぱいエピソードまで幅広い。ただし恋など一度たりとも成就した試しがなかった。
容姿端麗ではあるが、いざ何かを始めれば獣のような獰猛さを見せる。そのせいで今日に至るまで、血生臭い誘いしかこなくなった。
「もったいない話だなぁ。それにしても経験豊富な人だ。若く見えるが意外と年齢が」
「作業が終わったぞ」
「うわっと! 終わったってよ! メディちゃん!」
突然、隣にきたアイリーンにブランは心臓が止まる思いをした。
「……結婚か。夢見たことはあったが今はどうでもいい。こんなにもいい汗がかけるのだからな」
「アイリーンさんなら、いくらでも機会はありますよ!」
「そういうメディには意中の相手はいないのか?」
「んー、考えたことないですね。薬師以上に楽しいとも思えませんし……」
「いいな、私も見習いたい」
薬に恋する少女をアイリーンはたまらなく愛おしくなった。最終的に自分が剣の道を選んだように、彼女は何かに打ち込んでいる人物に好感を抱く。
メディの頭をポンポンと撫でてから、また鍬を構える。
「もう耕すところはないのか?」
「はい。後は種を植えるだけです。まだ種類はそんなにないですけどね」
「この広さを持て余すか……。ふむ、なるほど」
アイリーンが太陽を見上げた。作物は季節や気候の影響を受けて、時には災害によって被害を受ける。
そのことを踏まえた上で、あることを思いついたのだ。
「メディ。温室栽培はどうだ? とある地方では盛んなのだがな」
「温室?」
「畑をすっぽりと屋根をつけて覆うのだ。炎魔石や冷魔石なんかで操作すれば思いのままだぞ」
「しょんなのあるんですかぁ!」
「しょんなのがあるのだ」
メディは言葉を噛むほど興奮した。ブランも知らなかったわけではないが、あえて提案しなかったのは実現の難しさがあったからだ。
魔石を含めた設備を整えるとなると、村中をひっくり返しても金が足りない。
「アイリーンさん。さすがに難しいだろ……」
「なに、魔石の当てならある。採りにいけばいい」
「そんな簡単に?」
簡単ではない。純度が高い魔石がある場所には凶悪な魔物がいる。
金持ちが討伐隊を編成して採りにいかせたものの、全滅して破産したなどという話もあるくらいだ。だから多くの者達は純度が低い魔石で妥協する。
しかしここにいるのは一級冒険者、『極剣』のアイリーンだ。
「簡単ではないがな。メディの為なら一肌ぬごう」
「ぜひお願いします! あ、報酬はでも、そんなに」
「今すぐの話じゃないさ。後払いで構わない」
アイリーンにとって、これはいわば先行投資とも言える。メディの薬屋の将来性を見据えた上での仕事だ。
それ以上にアイリーンはメディを気に入っていたというのがもっともな理由だが。
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