第6話 ロウメルの苦悩
ロウメルは汗だくになっていた。院長の場合、よほどの治療でなければ動かないのだが最近になって、クレームが増したからだ。
原因は人手不足である。もっと追及すれば、患者が求めていた人物や薬がないからだった。
あの薬は効いたのに、あれがないと痛みがひどいなど。治癒師達は休憩時間を犠牲にして、休む間がない。
「おい! この薬、さっぱり効かねーぞ!」
「はい、大変申し訳ありません!」
「前の薬なら順調に回復していったのによぉ! どうなってんだ!」
「今、確認します!」
ロウメルとて、人手不足は解消しようと努力している。薬師のメディの穴は別の薬師で埋めていた。
ロウメルが調合室に向かうと、椅子の背もたれに背中を預けて居眠りしている人物がいる。
「君! 起きなさい!」
「はい?」
「君が調合した薬がさっぱり効かないとクレームが入ってるんだ! 足を怪我した患者に塗り薬を処方しただろう!」
「あー、そりゃすぐには効かないっすよ。根気よく塗れって言っといてください」
ロウメルは脱力した。雇った若い薬師は頭をボリボリとかきながら、大きくあくびをしている。
この男、ブーヤンが有名な薬師の下で修業したというのでロウメルは信用して雇った。しかし蓋を開けてみれば、この有様だ。
「この前の患者には飲み薬を処方したな! あれから寒気が増したと怒っている!」
「薬っすからね。ある程度の副作用はしょうがないっすよ。治癒師じゃあるまいし……」
「更に高熱でうなされた患者もいるんだぞ! 副作用で済まされる問題ではない!」
「薬ってそういうもんすよ。合う人間と合わない人間がいるのはどーしようもないっす」
治癒師の需要増加に伴って、まともな薬師でも廃業を余儀なくされた者もいる。
ただし薬師の需要が完全になくなったわけではない。各国が推奨したせいもあって治癒師信仰が強まり、必要以上に淘汰されている側面があった。
現にこの治療院やメディが移り住んだ村のように、必要としている場所はある。
そこに目をつけた一部の者達がいた。何せ魔法を使えなくても誤魔化しが利くのだから、あこぎな商売との相性はいい。
もちろんその知識や技術はお粗末だった。それも当然で、彼らに薬師としての修業経験などない。そんな者達が間違った知識や技術を後世に伝えるのだ。
やがて薬師という概念が形骸化した結果、ブーヤンのような者が次々と生まれてしまった。
ロウメルが頭を抱えていると、再び調合室の外から怒声が聞こえてくる。
「おぉぉい! 責任者、出てこいや!」
「はい、お客様! どうされましたか!」
調合室を飛び出したロウメルの前に、怒り心頭な男性が立っていた。
「あの治癒師はいないのかぁ! イライラみたいな名前の女だ!」
「イ、イライラ……?」
「あのババアの治癒師だよ! 昼前に回復してもらったんだが、また痛みが増してきたんだよ!」
「も、もしかしてイラーザでは?」
「あー、そうそう! それよ! イライラーザはどこにいんだよ!」
「少々お待ちを!」
ロウメルがまた走ってイラーザを探す。このようなことが起こるとは、とロウメルは落胆した。
イラーザはこの治療院でも古株であり、腕も確かだったはずだ。探しに探した挙句、イラーザは休憩室で舟をこいでいた。
「起きなさい!」
「は、はい! 何か!」
「君が昼前に治療した患者さんだがね! 痛みが引かないと訴えているんだ!」
「そんなはずは……」
「来たまえ!」
イラーザを連れ出して、ロウメルは患者の前に連れていく。
「私の治療に不備があったとのことですが?」
「開口一番になんだその態度は! お前、自信たっぷりにもう大丈夫ですって言ったよな! 痛みがどんどんひどくなってるんだよ!」
「それは一時的なものです。もう少し安静にされていれば問題ないですよ」
「いつ引くんだよ! お前、そんなこと一言も言ってなかったよな!」
「治癒魔法の常識の範囲で申し上げませんでした」
「こ、このっ!」
ロウメルはイラーザの態度が信じられなかった。彼女を信頼して仕事を任せており、男性が言うようなクレームなど今まで一度もなかったのだ。
「友人が言っていた通りだな! 態度も腕も悪い治癒師がいるってなぁ! この町にはここ一つしか治療院がないから仕方なく利用してるってのに!」
「当院の治癒に納得していただけないのであれば仕方ありません」
「イラーザくん! もうよしなさい! お客様! 大変申し訳ございませんでした! この私が直接、治癒いたしますので何卒」
「もういいッ!」
イラーザの患者を煽るような発言に、ロウメルは慌てふためく。当のイラーザはどこ吹く風といった態度だ。
「イラーザくん! 君はいつもあんな態度なのかね!」
「それでも患者さんは私達を求めているのだから問題ないのでは? 少なくとも今までは何の問題もありませんでしたが?」
「さっきの男性も言ってただろう! ここしか治療院がないから通っていたんだ!」
「あ、ロウメル院長ー」
ロウメルが振り向くと、帰り支度をしたブーヤンがいた。
「昼過ぎから予定あるんでお先に失礼しまーす」
「は? 君、何を言ってる?」
「薬は作っておいたんで適当に出しといてください。じゃ」
「君ィィィ!」
ブーヤンが躍るような足取りでいなくなり、イラーザがのっそりと休憩室へ戻ろうとした。
「イラーザくん! どこへ行くのだね!」
「まだ休憩時間は終わってませんから」
「皆、その時間を惜しんで働いているのだぞ! そういえばクルエくんはどこに行った!」
「昼食を買いに行ってもらってます。そろそろ戻るんじゃないですかね。じゃあ……」
「待ちたまえ!」
イラーザを呼び止めるも、看護師からロウメルに新たな伝達があった。
「ロウメル院長! 薬の中に髪の毛が入っていたと患者さんが……」
ロウメルは膝をついてしまった。なぜこうなったのか。少なくとも薬に関しては原因がハッキリしている。
ついこの前まで在籍していたメディの存在がロウメルの頭の中でちらつく。薬師の代替えなどすぐに利くと高をくくっていた過去の自分を恨んだ。
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