第5話 剣士アイリーン、立つ
「メディちゃん。言い忘れておったが、家の裏手に畑だった場所があってな。うまく耕せば使えるかもしれんぞ」
メディの家の裏手は荒れ放題だった。元は何かを育てていた畑とわかる場所には雑草が生い茂っている。
村長のアドバイスに従って、メディは畑を耕すことにした。とはいってもこの土地で育つ作物はかなり限られている。
「私には剣しかないのだ」
裏手に連れ出したがアイリーンは尚も突っぱねて、メディが一人で作業に入る。
しかし時によろめき、時に転びそうになるメディを見かねたアイリーンはつい手伝ってしまった。
「助かります!」
「仕方ない……」
これでアイリーンは剣以外の労働に取り組んだわけだが、何か違和感を感じた。かすかに体が思うように動く。
アイリーンとメディの二人がかりで数日かけて、雑草は除去された。荒れている地面を耕す作業にまた数日、今度は鍬だ。
「おかしい……」
アイリーンの持ち前の体力で荒れていた畑がみるみる生まれ変わる。作業の合間にメディはハーブティーをご馳走した。
アイリーンが一口、飲むたびに体がほぐされた心地になる。軽くなったように感じた体がより作業効率を上げた。
「はぁ、はぁ……に、肉体労働は苦手です……」
「メディは休んでいてくれ」
「遠慮なく……」
本当に遠慮せず、メディが畑の外に寝っ転がった。アイリーンの視線はしばしの間、メディに注がれる。
自身の異変の原因は間違いなく彼女にあると、アイリーンは考えていた。アイリーンは作業を中断して、メディの隣に座る。
「メディ、私に何をした」
「ふぇ?」
「ここ数日間、異様に体が軽いのだ。以前の私なら、こんな肉体労働ですら手に負えなかった」
「アイリーンさん、すごく元気になりましたねぇ。いいお顔です」
「なに?」
「アイリーンさんはですね。たぶん真面目すぎるんです」
仰向けになったまま、メディが額の汗を拭う。
「私が真面目だと?」
「自分を追い込んで、徹底して磨き上げようとする。その素敵な身体を見ればわかります。でも、それが枷にもなってたと思うんです」
「枷……?」
「自分には剣しかないとずっと思い込んで、それがプレッシャーになって動きを鈍らせたんです。精神的に重荷になって、気を張りすぎてたんだと思うんですよ」
アイリーンは何も言えなかった。否定できる材料がない。体の軽さ、常に落ち着いている心。
空気を吸えば、おいしく感じられる。以前なら気にしなかったことだ。
「あのハーブティーはですね。リラックス効果があるんです。仕事なんかで昂った心を鎮めてくれます」
「一体、何が入ってるのだ? 私も冒険者稼業はそれなりに長いが、そんなもの聞いたことがない」
「ブルーハーブを中心にビスの根、アフラの実、オルゴム草……。これだけあれば、調合次第でリラックス効果を最大まで高められるんです」
ブルーハーブはアイリーンでも知っているありふれたハーブだ。本来は魔力の回復や安定化が期待できる素材である。
そんなアイリーンの疑問を待っていたかのように、メディが起き上がった。
「治癒魔法は魔力を使って回復しますよね。魔法が使えない私はブルーハーブを媒介にして魔力に手を加えます。魔力って面白いですよねぇ……。魔法が使えたらなって、ブルーハーブを見るたびに思います」
「そうか。体内を巡る魔力が作用しているのか」
「ブルーハーブはまだまだ研究の余地があるんですよ。マナポーションだけに使うのはもったいないです」
「……熱心だな」
アイリーンは自身と比べてしまった。あらゆる素質に恵まれなかった彼女が最後に辿り着いたのが剣術だ。
果たして自分はそこまで剣術に対して向き合っているか。ただの手段としていないか。
メディのようにどこまでも追及して、生き甲斐とできるような情熱があったか。そう問われたとしても、アイリーンは頷けなかった。
「メディ、薬師は楽しいか?」
「すっっっっっごく楽しいですよっ!」
「そ、そうか」
「楽しくなければ薬師じゃない!」
「そこまで言い切るか……」
楽しくなければ剣術じゃない。アイリーンはメディの言葉を剣術に置き換えて考える。
楽しくなければ、やる価値などない。それなのに自分は剣術しかないと、すがるように打ち込んでいただけだ。
等級が上がり、名声を得るにつれてプレッシャーとなるのも仕方ない。失敗は許されず、常にいい結果を出し続けなければいけないのだから。
アイリーンは立ち上がり、鞘から剣を抜く。
「私は……剣に失礼だったな」
「アイリーンさん?」
アイリーンは剣を振る。空を切る感触が今までにない軽さだった。山に入った時に感じていた剣や身体の重さすら感じない。
「剣の道を選んだのも私の意思……。どこか心の底で言い訳していたのかもしれない。私は初めから自由だったな」
「剣のことはわかりませんが、アイリーンさん。すごく綺麗ですね」
「わ、私が綺麗だと?」
「お肌のことじゃありませんよ。いえ、お肌も綺麗ですけどアイリーンさんそのものが輝いてます」
「お前にそう言ってもらえると、なんだか不思議とその気になるな」
出会って数日だが、アイリーンはメディに不思議な心地を抱いていた。
恥ずかしい言葉を躊躇なく口にする。それでいて聞いているほうは真に受けてしまうのだ。
メディの飾らない本心だからこそ、素直に受け入れてしまう。アイリーンは凝り固まった心がよりほぐされていくように感じた。
「メディ。明日からは私は狩りに出る。素材の採取依頼を受けつけよう」
「本当ですか! よかったです!」
「村の安全にも関わるからな。素材入手の助けになろう」
「手持ちの素材も心もとないですからねぇ……」
手持ちの薬もいつかは尽きる。畑、そしてアイリーンのような調達してくれる人材が揃えば薬屋は本格的に発進できるのだ。
アイリーンは剣を振るう理由を本格的に見つけられた。村の安全という義務感だけではない。
自分で選んだ剣の道をもって、メディを支えてやりたいと思ったのだ。メディのような人間を生かしてこその剣術。
メディが言うプレッシャーに潰されそうになり、人があまりいない辺境の町まで逃げた選択が今になって正しいと証明できる。
「そうと決まったからには初仕事をしないとな。メディ、さっそく採取に向かおう」
「助かります!」
「ここ薬屋なんだってな。さっそく頼みたいんだが……」
店のほうから村人の声が聴こえた。メディ達が向かうと、入り口に列が出来て薬屋の需要を物語っている。
それぞれが抱えた持病であったり怪我であったり様々だ。
「これは急がないとな。ではメディ、行ってくる」
「はいっ!」
メディは一人目の客を迎えながら、アイリーンを見送った。
この日、薬屋は大繁盛する。治らないと言われていた難病を治療したり、狩人時代に負った怪我を完治させる。
怪我が治れば狩人として復帰できるため、メディの薬屋は村の繁栄に大きく貢献することになった。
――――――――――――――――あとがき――――――――――――
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