第4話 アイリーンの剣事情

 せっかくなのでメディはアイリーンと村長にハーブティーを出した。


「温かくて落ち着く……。さっきのポーションもそうだが、どれも優しい味だ……」

「そのハーブティーは心を落ち着かせるんです」


 メディはアイリーンを改めて観察する。体調不良どころか健康体そのもの、体のすべてに躍動感があった。

 踊り出しそうなほど元気な筋肉、活発に活動する体内活動、人間の身体としてこの上ない完成度だ。

 メディも冒険者を何度か見たことはあるが、彼女ほどの肉体を持つ者を見たことがない。

 メディはアイリーンに見惚れている。日頃からの健康管理を怠っていないだけではなく、神から与えられたかのような肉体はある意味でメディの理想だった。


「アイリーンさんも冒険者なんですか?」

「そうだ。等級は一級、これでも少しは名が通っていたんだがな」

「一級!? そんな方がこんなところに……あ」


 口が滑ったと、メディは村長の顔を見る。しかし彼も頷いており、メディは心の底から安心した。

 一級冒険者ともなれば、有事の際は傭兵としての参加が認められる。功績次第では上流階級と繋がり、仲間入りすることも珍しくない。

 特に王族との結婚や王国魔導士団や騎士団の団長などという前例があるとなれば、誰もが夢見る。メディが驚き、村長が認めるのも当然だった。


「だが、最近はさっぱりだ……。せいぜい四級や五級の魔物に手間取る」


 カップを掴んだまま、アイリーンは視線を落とす。

 冒険者のことはわからないメディだが、アイリーンの不調の原因を見抜いていた。健康状態は良好、体は最高。メディはアイリーンの細かな仕草まで見落とさない。


――メディ! 健康に見えても病気ってのはどこにでも潜んでるんだ!

  人間ってのはどこまでいっても人間だからな!


「私からアイリーンさんに依頼したいのです」

「薬屋なら素材の採取か?」

「いえ、畑を作ってほしいんです」

「畑?」


 素材採取をアイリーンに依頼しようとしたが、今の状態では危ういと思った。そこでメディは閃く。薬草やハーブの畑を作ればいい。

 現に優秀な薬師はそういった仕入先を持っている。田舎にいるメディの父も、実は方々に顔を利かせていた。


――長年、商売できる奴は必ず縁を持っている!

  メディ、お前も薬だけ作ってんじゃねえぞ! 縁を作れ!


「お願いです。アイリーンさんには畑を耕してほしいんです。もちろん報酬はお支払いします!」

「私が畑を……」

「いい運動になりますよ! どうでしょう!」


 いきなりあなたの問題を解決します、などとメディは言わない。距離を保ちつつ、問題を解決することにしていた。

 アイリーンは少し考え込んでからフッと笑う。


「すまないが断る。私にはやはり剣しかない」

「な、なぜです?」

「昔、パン職人に憧れたことがあってな」

「はい?」

「黒い何かが出来ていた。明らかにパンではなかった。当然、クビだ」


 メディは空気が急に重くのしかかるように感じた。自分はアイリーンにとてつもないことを喋らせている。止めておけばよかったと半ば後悔した。


「次はケーキ職人だ。ケーキは大好きだからな。だが、なぜか黒かった」

「あ、あの」

「家を建てる仕事もやった。何も残らなかった」

「作る仕事なのになぜ……」

「冒険者ギルドの事務員をやった時は書類が黒く塗りつぶされたり蒸発した。そもそも何が書かれているのかもわからない」

「も、もういいです! わかりました!」


 剣しかない。それは比喩でも何でもなかったとメディは青ざめる。アイリーンにはあらゆる仕事の適正がない。彼女ができる仕事は剣を振るって魔物を討伐すること。

 しかし今はそれすらこなせない。ふらついて、傷だらけ。四級以下の魔物にすら苦戦する始末だ。

 

「何も残らないのだ。剣以外、本当に……」


 メディとしては信じがたいが、アイリーンは真剣だった。村長がハーブティーをすすり、大きく息を吐く。


「ふーむ……。しかし皆、アイリーンに感謝しておるぞ。アイリーンがいなければ、どうなっていたかとな」

「村長さん、狩人って本来は誰がやってるんですか?」

「以前は村の若い衆が山に入っておったがの。怪我をして戦えなくなったり、村を出ていったり……。年々、村の維持が難しくなっておる」


 村長の話を聞いて、メディは指針を決めた。 


「アイリーンさんだけが頼り、と……。ではアイリーンさん! 外で体を動かしましょう!」

「は?」


 メディはアイリーンの手を握って微笑む。


「だから私は畑など」

「いきましょう!」

「こ、こら!」


 メディがアイリーンを強引に外へ連れ出す。残された村長はハーブティーをゆっくりと味わいながら、二人を見送った。


「フォフォフォ……。隠居してみるもんじゃの。久しぶりにいいものが見られそうじゃわい」


 名残惜しそうに、村長は最後の一口をすする。そして満足そうに店内を見渡した。

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