第3話 薬屋開業

 今は使われていない空き家を改修して、メディの店が完成した。調合室や薬を保管する倉庫など、すべてメディの思い通りだ。

 これに自宅が併設して、メディはすでに至る所に頬ずりしている。工事費用は村長が負担しており、至れり尽くせりの状態にメディは遠慮しないこともない。

 ないのだが、工事担当者の村人はすでに引いている。


「はぁぁ……これが私の店……。ここでたくさんの人に薬を……うふふ……」

「だ、大丈夫か?」

「心身共に健康ですよ?」

「そうか……。一通り、工事は終わったから何かあったら呼んでくれ」


 そそくさと村人達が出ていく。カウンターにへばりついて頬ずりする少女はしばらく自分の世界にいた。


「それにしてもあの村長さん、すごいお金持ちですね……。こんな小さな村なのに、なかなか立派なお店ができました」


 感心してばかりもいられない。メディは村の様子を考えていた。

 寒冷地では農作物があまり育たず、農業従事者はあまり多くない。生計はもっぱら狩猟と酪農だ。あまり裕福とはいえない村の状況を考えると、薬の代金も高く請求できない。その上で次の課題は素材の仕入れだ。

 とはいえ、治療院の時も質素な食事をしていたほどである。メディにとって薬の調合以外の楽しみなどなく、食べて飲んで眠れる場所さえあればいい。収入などメディにとっては二の次だった。


                * * *


「ここが薬屋でいいのか?」

「はい、そうです! いらっしゃいませ!」


 カウンターから離れて、メディは客を迎えた。ふらついてカウンターまでやってくる女性は腰に鞘を携えている。

 その女性を見た途端、メディは息を飲んだ。

 美しい脚線美や整ったボディラインなど、外見だけの話ではない。彼女は健康どころか、体が完成されすぎているのだ。

 どう鍛え上げればこうなるのか。メディは考えたが、それは彼女の生まれつきによるものだと捉えた。


「この村に薬屋ができたと、村人が話しているのを聞いてな」

「はい。お疲れのようですのでまずはフィジカルポーションを……」

「フィジカルポーションか。とりあえず、それを」


 店のドアが乱暴に開かれる。入ってきたのは三人の男達だ。


「貴様らは……」

「よう、アイリーンちゃん。ちょうどこの店に入っていくのが見えたんでな」

「失せろ。この店に何かすれば無事では済まさんぞ」

「物騒なこと言うなよ。こちとらポーションは間に合ってんだ。アイリーンちゃんと話がしたくてな」


 アイリーンが三人の男達を睨む。ただならぬ雰囲気だが来店した以上、メディにとっては客だ。


「いらっしゃいませ! お薬、出します!」

「あ?」

「あ! あなた……寝不足に暴飲暴食、血管や血液、内臓が悲鳴を上げてます。心臓もこれだいぶ危ないです。お薬でもこれは長期戦になりますねぇ……」

「なんだ、このガキはよぅ!?」


 肥満体の男が顔を歪ませて怒りを露わにする。アイリーンがメディを庇う。男達の興味が再びアイリーンに移った。


「アイリーンちゃんよ。今日の狩りは不調だったみたいじゃねぇか。その傷、どうしちまったんだ? あ?」

「余計なお世話だ。人の心配より、とっとと仕事を探しに行け」

「だからオレ達がこの村で狩人をやってやろうってんだろ」

「勝手にやればいい。私には関係ない」

「三人より四人、だろ? パーティあっての冒険者だ。仲良くしようぜ」


 冒険者というフレーズでメディは閃いた。素材採取を依頼するという願ってもない展開だからだ。

 しかしアイリーンが頑なにメディの前から動かない。


「足手まといと組む気はない」

「そうは言うけどよぉ。すでに息が上がってるぜ? お前こそ実力不足なんじゃねえの?」

「いえ、そんなことないですよ」


 アイリーンの後ろでメディが男達に反論した。またか、という男達の怒りが表情に表れている。


「アイリーンさんのほうが適任だと思います。あなた達はやめたほうがいいです。そんな健康状態で山に入って倒れたらどうするんですか?」

「おい、さっきからお前は何なんだよ」

「薬師として見過ごせません」

「薬師ねぇ……」


 男の一人が肩をすくめて仲間に目線で訴える。時代遅れだと言いたいのだ。


「お嬢ちゃん。薬なら間に合ってるんだよ。ポーションならたっぷりとあるからな」

「そ、それがポーション……?」


 男が見せつけたポーションに、メディは思わず眉を顰める。色合いや透明度など、視覚情報だけでも粗悪品だとわかった。


ポーション ランク:G


「それじゃダメです。色合いが悪いのは質が悪いレスの葉を使ったせいでもありますし」

「ごちゃごちゃうるせぇな!」

「乱暴はよせ」


 アイリーンが男達を牽制する。まさに殴りかかろうとした男だが、振り上げた拳を下ろした。


「この村で暴れたら居場所がなくなるのは貴様らだ」

「チッ! アイリーンちゃんよ! 自分の立場をよーく考えるんだな!」


 男達が店から出ていく。ただならぬ雰囲気だが、メディはひとまずアイリーンの様子を見た。

 強がってはいるものの、体力を消耗させている。擦り傷も目立った。


「アイリーンさん、ありがとうございます。あの人達は一体?」

「奴らは最近、この村にきた冒険者だ。奴らのように等級が低い冒険者の中には落ちぶれる連中もいる。この村ならば、自分達でも幅を利かせられると思ったのだろう」

「アイリーンさんはパーティに誘われてましたね。嫌ですか?」

「下衆な下心が見えてはな」


 メディにその言葉の意味はわからなかった。ひとまず休めるように、メディは椅子を差し出す。


「すまない」

「まずは休んでください。こちら、フィジカルポーションです」

「ありがとう……。こ、これは」


 アイリーンがポーションを一口だけ飲んで固まった。また一口と、ついに我慢できずに一気に飲む。


「ぷはっ……。これがポーションなのか? 喉越しもよく、体の中にするっと流れ込む! どういうことだ!?」

「ポーションは飲みやすさも大切です。良薬、口に苦しとはいいますが患者さんを不快にさせるようでは三流……とお父さんも言ってました」

「飲みやすいどころかおいしい! 今まで飲んでいたポーションは何だったのだ!」

「さっきの人達が持っていたポーションみたいに、無理がある大量生産のせいで質が悪いものも多く出回ってますねぇ……」


 治癒師の台頭や大量生産の手段が生まれたことによって、昔ながらの薬師は姿を消しつつある。そんな時代において、メディのような薬師は珍しい。


「おーい、メディちゃん。言い忘れとったが……おや、アイリーンちゃん」

「村長、いい薬師が来たな」


 村長が入ってきた時にはアイリーンの目はうっとりとしていて恍惚とした表情だ。そんな彼女に生唾を飲む村長だった。


――――――――――――――――あとがき――――――――――――


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