第2話 新天地でポーションを作る

「さむっ!?」


 長旅を経てメディが辿りついたのは大陸南端に位置する寒冷地だ。夏に当たる今の季節でも肌寒さを感じるほどであり、冬になれば豪雪地帯となる。

 今は大袈裟に震えるほどの気温ではないが、温かい地域に住んでいたメディにとっては少々つらい。

 それでもなぜメディはこの地を選んだのか。メディは確固たる確信をもって、この場所だと決めていた。


「いい感じに人が少なそうですねぇー。雪なんかに降られたらどこにもいけませんよ、これは本当に」


 誰でもどこでも医療の恩恵を受けられるわけではない。特にこの場所は気候によっては陸の孤島と化す。

 村を歩き回ったメディはどこにも治療院が見当たらないことを確認してから、村長の下へと向かった。村への移住や営業を認めてもらうためだ。

 結果、熱烈な歓迎を受けた。


「いいとも! 君のような若い移住者は大歓迎だ!」

「ありがとうございますっ! あ……村長!」

「な、なにかね?」

「ご病気をお持ちですね。それもかなり厄介な……」

「……うむ。先は長くないと感じている。夜中には咳が止まらんしな……。何せ治療院もないこの村だ。大人しく余生を過ごそうと思っておるよ」


 メディの見立てでは村長の命は一年ともたない。まともな治療院でも匙を投げられるほどだ。しかしメディは諦めない。


「いえ、大丈夫です」

「へ?」


 メディはバッグから調合釜を取り出す。村長は目を見開いた。


「ほぉ! 調合釜! なつかしいのう! 今ではすっかり見なくなったと思ったが……」

「薬師の必須アイテムです。これ一つで何でもできるんですよ」


 通常では成分を抽出できない素材、またはより多くの成分を抽出するなどの恩恵があるのが調合釜だ。

 薬師の必須アイテムで、持ち運びができるほど手軽な大きさだった。


「今から調合するのか?」

「適切な薬は個人によって変わるんです」


 村長の体質、年齢、現在の健康状態。メディは見ただけで相手のそれらを見抜ける。

 ただし確実なものにするには――


「失礼します」

「ん?」


 メディが村長の頭や肩、腰に手を当てた。


「なるほど! わかりましたっ!」


 メディがバッグから取り出したのは三つの素材だった。


魔力水     ランク:C

レスの葉    ランク:C

グリーンハーブ ランク:C


 調合に使用する素材は同じものでも質によってランクが変わる。

 質がよければそれに越したことはないが、質に大きく左右されるようでは薬師として半人前。メディは父の言葉を忘れない。

 調合釜に魔力水を入れて、強火で温める。


「レスの葉には治癒効果を促す成分が入ってるんですよ。この時、半端な温度だと成分が十分に抽出されません」

「う、うむ」

「だからグラグラと沸騰するまで温めます! そこでようやくレスの葉を投入! それからすぐにかき混ぜます! それそれそれそれぇぇぇぇっ!」

「な、なんという手つき!」


 村長には木製の棒をかき混ぜるメディの手つきが見えなかった。非力に見えるメディだが角度、力加減、少しでもずれてしまえば品質に影響する。

 素材によって変わる為、薬師の腕を左右する大きな場面だ。沸騰した魔力水が渦を作り、メディは手を止めない。


「も、もういいんじゃないのかね?」

「よくないんですよぉ! ここで手を緩めるとレスの葉は成分の抽出を止めます! 質が悪いポーションは大体、ここで失敗してます!」

「おおおぉぉ!」


レスの魔力水 ランク:A


 素人である村長では見ただけでその質は判断できない。しかしメディが作ったそれは、水よりも透き通ると思わせるものだった。

 出来上がったレスの魔力水を別の容器に取り分けて、メディは別の作業に移った。


「グリーンハーブは毒消しの効果がありますが、これには注意が必要なんです。村長さんの体質に合わせて、このくらい使用しますね」

「そ、そんな少し千切っただけのものでいいのか!?」

「グリーンハーブの毒消し成分は刺激が強いんです。大量に摂取すると、免疫力が低下した老人には逆効果です」

「なるほどな」


 薬の知識がない村長では頷くことしかできないが、メディの言葉には強い説得力を感じた。

 それは一流の薬師たる品格から発せられるものであり、これまで様々な人間を見てきた村長だからこそ感じられるものでもある。


「村長さん。最近、イリオテの薬草を食べましたか?」

「な、なぜわかった? あれの炒め物は昔から大好物でな。スープにしてもうまいぞ」

「いけません! 身体にいいと昔から親しまれている薬草ですが、食べすぎると体内によくない成分が溜まるんですよ! 病気を悪化させてる原因ですねぇ……」

「ひえぇぇぇ!?」


 メディは見ただけで相手の身体に関する状態がわかる。

 異能の域に達しているそれは当然、誰にでも身につけられるものではない。才能、そして何年も薬と向き合って見つめ続けて初めて身につくものなのだ。


「さっき作ったレスの魔力水が冷めてきましたねぇー。よしよし、よーし」

「楽しそうだのう」

「楽しいですよー。一見、単純に見えてこんなにも奥が深い分野なんです。やればやるほど夢中になっちゃうんです」

「まさかこの時代に薬師のいい仕事を見られるなんてなぁ……」


 メディはグリーンハーブをゴリゴリとすり潰してから、レスの魔力水に投入した。

 更にボトルの容器に入れてから栓をして両手で振る。


「そのグリーンハーブは煮なくてもいいのか?」

「グリーンハーブは生のままでも、成分の恩恵を受けられるんですよ。さっきも言いましたが、これは刺激が強いんです」

「そうか、そうかぁ。なるほど、作り方がわかればワシもやってみようかの」

「それはお勧めしませんよー。今日、私がやって見せたのはあくまで一例です。素材のランクが変われば、方法も変わるんです」

「ほぉぉぉ……」

「さぁできました! お薬、出します!」


ポーション ランク:A


 通常の薬師ではランクCが限度だ。Bで天才、Aは神業とされている。Aともなれば、並みの治癒師が諦める病すら完治させるほどだ。

 メディが言う通り、素材のランク次第で調合の方法が変わる。更に些細なことで成分を破壊してしまうので、まさに薬師の腕次第だ。


「おぉ……!」


 透き通る水から透き通る緑に変化した。差し出されたそれに村長は少しの間だけ見惚れてしまう。

 それからボトルからコップに移して、少しだけ飲んだ。


「こ、これは意外と飲みやすい……!」

「ささ! ぐいっといっちゃってくださいっ!」


 ぐいっといった村長があっという間に飲みつくした。それから間もなく立ち上がる。


「なんだか体がすっきりしたような気がするぞ! 鼻や喉が清々しい! 咳の気配もない!」

「元気になってもらえてよかったです!」

「このまま走り出せそうだ! 体が軽い!」

「あ、無理はしないでくださいね」


 メディの制止も聞かずに村長は家中を走り回る。満足してからはメディの手を握って感謝を伝えた。


「君はこの村で薬屋をやるといい! いや、ぜひお願いする!」

「頭を上げてくださいよ、村長。そのつもりですよ」

「おぉ! ではさっそく準備しよう!」


 村長が外へ飛び出してしまった。何の段取りの説明を受けていないメディが慌てて追いかける。

 この日、村長は大声で村中に薬屋開業の宣伝をして走り回る。今まで、とぼとぼと歩いていた村長を知る者はついに頭がおかしくなったと勘違いしていた。

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