(109)身分不相応

~紗彩目線~



「専属技師ですか?」

「ああ」



 ちょっと、何を言っているのかわからない。


 私は、レオンさんの言葉を聞いて思ってしまった。



「お待ちください、レオン様。何故、そういう話題になったのですか?」

「ん? 俺はおかしなことを言ったか?」



 同じく疑問に思ったのか、シヴァさんが眉間のしわをもみながらそう言った。


 正直に言えば、この人の言っている事がどういう意味なのかがわからない。


 城の専属技師と言っても、そんなレオンさんが言ったからといって簡単になれるものではないと思う。

 城の専属になる以上身分をはっきりしておかないといけないと思うし、何より城と言う時点で身分が高い人だってかなりたくさんいるだろう。


 そんな場所に私は行きたくない。


 何より、身分がはっきりしていないと言うのは私が一番理解している。

 下手に調べられて私がこの世界の住民ではないことがバレてしまう。


 私としてはお世話になった分のお金を払うためにどこかに就職して情報を集めながら働きたいけど、そんな危険性を犯すぐらいなら城に就職するよりもどこか安全な場所で就職したい。



「サーヤの有能性は、あの空間である程度理解できた。俺としては、そのままにしておくのはもったいない。伸ばすべきだと思うぞ」

「それで何故、城の専属技師なのですか?」

「サーヤの場合、いまだ保護者は決まっていない。だが保護者を決めたところで、れっきとした立場を持っていない。有能性もあるならば、その部分を利用して彼女のしっかりとした立場を作った方がいいと俺は思うぞ」



 レオンさんとシヴァさんの会話を聞きながら考える。


 …………保護者を決めるだけじゃあ、私は自由に動けないってことか。

 それにしても立場か。

 レオンさんの話からして、立場がなければやっぱり危険度があるんだろうか?


 そう思っていると、レオンさんが続けざまに口を開いた。



「別に、この国の中ならばいい。だが、他の国の場合はどうなる? 竜人の国は置いておくとして、精霊や魔族は? 彼奴等の場合、下手に狙われればしっかりとした立場がないとその隙を狙われるぞ。特に、魔族は」

「…………」



 そんな言葉に、シヴァさんが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら黙り込んでしまう。


 精霊に魔族。

 個人的には関わることはないかと思っていたんだけど、レオンさんの口ぶりからして簡単に事は運ばないということか。

 それにしても隙を狙うって、わざわざ異世界から来たってだけのどこにでもいるような成人女性をわざわざ狙うだろうか?


 そう思っていると、レオンさんがこちらの方を向いた。



「なあ、サーヤ。お前は、どうしたいんだ?」

「どうしたいとは?」

「そうだな。ある程度の知識を得た後、お前はこの騎士団でどうやって過ごす? お前は、ただ飯食らいで過ごすタイプではないだろう?」



 レオンさんの言葉を聞いたシヴァさんが詰め寄りそうになってジョゼフさんに止められているけど、私としてはレオンさんの言葉に驚いてしまった。


 私は、別にレオンさんとは長い付き合いというわけではない。

 レオンさんが変な人なのか変態なのかわからない人だと思っていたけど、まさかこの短時間の付き合いの間で私の思考を読まれるとは思えなかった。


 うーん、とりあえず今は私が何をしたいのかを伝えればいいのかな?


 そう思い、働きたいことを伝えればシヴァさんとジョゼフさんが驚いたような声を出していた。


 え?

 なんで、そんなに予想外ですって言いたげな表情を浮かべているの?


 私は大人だから普通に働けるし、ある程度の仕事なら学生時代のバイトで経験している。

 まあ、引っ越しの作業のバイトがあるとは思わなかったけど。

 引っ越しの作業のバイトなんて、バイトじゃなくて完全に肉体労働だったし。


 まあ、だからこそ労働で金を稼ぐ大切さが理解できる。

 労働なしに金がもらえるなんて、普通に怖い。


 それ以前に私自身この世界での常識はほぼほぼないようなものだから、常識さえ覚えれば働けるとは思う。


 だって厳しいルールの中で学生生活を送っていたし、前の会社は真面目に働いているメンバーが少なかったせいでクソみたいに忙しかったし。



「私自身何も取り柄なんてありませんけど、知識を得ればできることも増えると思いますし。肉体労働であれば、17歳ぐらいの時に経験ありますし」

「サーヤ君、自分の体を安売りしてはいけないよ」

「ですが、私はここにいても何も貢献できません。役立たずなんて、いなくなった方がマシです」



 そう思いながら言えば、ジョゼフさんに怖い表情でそう言われた。


 え、体を安売りって何?

 私は、ただバイトの話をしていただけなんだけど。


 ちなみに、この役立たずはいない方がマシというのは偉大なる先輩のお言葉である。

 猫どころか犬の手すら借りたくなるほど忙しかった時に、サボったりして仕事をしていない連中を見ながら先輩が死んだ目でぼそりと言った言葉。


 物凄く共感したから、寝不足だったあの時で唯一覚えている言葉だ。


 私としては、いなくなるんじゃなくて潔く死んでほしいと思ったけど。


 そう思っていると、セレスさんに呼ばれたかと思えば彼に抱きしめられていた。



「いなくなった方がマシだ、なんて言わないでちょうだい。あなたがいたおかげで、アタシは救われたんだから」



 いや、セレスさん?

 いなくなってほしいのは、私じゃなくてなにも役に立っていない上司と同僚と後輩酸素無駄使い器なんですけど。


 あと、切実に離してほしい。

 セレスさん、女の人じゃないから抱きしめられても硬いだけなんだけど。


 筋肉って、こんなに硬いもんなんだね。

 私、初めて知った。



「まあ、とりあえずサーヤは今のままじゃあ嫌なんだろう? 実際、サーヤはどれぐらいできるんだ?」

「そうですね。今のところ、生きるために必要な知識を与えています」

「数学関係もか?」

「そこは、まだです。ですが、数学に関しては専門知識ですからそこまで重要視はしていませんし」



 遠い目をしながらそう思っていると、横でレオンさんとアルさんの会話が聞こえてきた。


 あの、会話するのなら私を解放してからにしてほしいのですけど。


 あと、数学が専門知識って何?

 数学は、一般的な教科のはずなんだけど。


 …………ああ、ここにもジェネレーションギャップならぬ異世界ギャップが存在していた。

 私、もう泣いていいだろうか?



「よーし、サーヤ。ちょっと、これをやってみてくれ」



 そう思いながら言えば、レオンさんに紙とホワイトボードを渡された。

 とりあえず、セレスさんには私の背中側に行ってもらった。



 紙を覗き込めば、そこには数問の「掛け算」があった。


 …………そう、掛け算である。

 …………私は、てっきり高校の無駄に難しかった数学が出てくるのかと思っていたんだけど。


 掛け算なんて、基礎中の基礎じゃん。

 これで、専門知識って何?


 アルさんたちの言葉を聞き流しながら問題を解く。


 いや、別に悩むほどではないんだけど。

 だって、八の段って小学生ならまだしも成人女性にとっては簡単に解けるし。



「できました」

「…………早い」

「…………よし、全問正解だ」

「本当に当たってる…………」



 私が紙をレオンさんに渡せば、ノーヴァさんとセレスさんの驚いたような言葉とレオンさんの満面の笑みを貰った。


 ノーヴァさんとセレスさんの驚いたような言葉は、普段からではあまり聞けないからちょっと複雑だけど嬉しい。


 レオンさんの笑顔?

 別に、これはいらない。



「というわけで、サーヤ。城に来ないか? 俺としては、有能な奴をそのままっていうのは嫌なんだ」

「…………」

「レオン様、彼女に考える時間をくれませんか?」

「ん?」



 レオンさんから再び言われた言葉に困っていれば、ジョゼフさんがフォローしてくれた。



「レオン様のことですから、強制ではないでしょう?」

「まあな。嫌がる相手に強制しても、信頼関係は結べない」



 なるほど、強制ではないのね。

 なら、城で働く件はなしで。


 というか、私が有能ってなんだ?

 別に、私は有能ではないんだけどな。


 有能な人間なんて、私みたいな失敗はしないだろうし。

 何より、有能な人間なら…………詩織を助けることも造作もないんだろうね。





 自分で思った言葉が、チクリと私の胸に刺さった気がした。






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