(110)後悔と侮辱

~紗彩目線~



 シヴァさんたちが別のことで話し合いになったから、私は部屋から出ることにした。


 さすがに今の状態で、あの話し合いの場にいることはできないし。


 そう思いながら歩いていると、ちょうど厨房から出てきたラーグさんに出会った。



「何、してんだ?」

「あ、ラーグさん」

「王子と話すんじゃなかったのか?」



 ラーグさんに言われ、途端に気まずくなってしまう。


 とはいってもずっと黙ったままいるわけにはいかないため、今までのことを説明することにした。



「なるほどな。それで、お前は何を思い悩んでいるんだよ?」

「え?」



 ラーグさんは、私をチラリと見た後私の手を引いて厨房の中に入っていく。

 厨房の中に入れば、フワリといい匂いが漂ってくる。

 例えるのなら、鶏がら出汁のスープのような匂いだ。


 キョロキョロと周りを見ると、大きな鍋からグツグツという音が聞こえてくる。

 …………匂いの出どころはあそこか。


 そう思っていると、ラーグさんが二脚の椅子を持ってきた。

 そして椅子を置いたかと思えば、そのまま抱き上げられて椅子に乗せられてしまった。


 …………どういう状況、これ?



「…………お前、いつか潰れるぞ」

「え?」



 ラーグさんを見ると、彼は私のことをジッと見たかと思えばそんなことを言った。


 え、潰れるってどういうこと?

 いきなり、何を言い出すんだこの人。



「何を悩んでいるのか知らねぇが、どんなに最強な奴だって精神的なつながりがなければ弱くなる。あんたみたいなチビ助なら、簡単につぶれるだろうな」

「…………私は」



 悩んでいるわけじゃない。

 ただ、訳もわからずモヤモヤとしているだけ。


 …………レオンさんたちからの評価に納得ができないのかもしれない。



「私は、有能な人間じゃない」



 レオンさん、私は別に有能じゃない。


 ただ、自分がやるべきことをやっただけだ。


 それを有能だと言われても困る。


 私には、誰かに誇れる才能なんてないんだから。



「私は、救ったわけじゃない」



 セレスさん、私はただ自分の思ったことを母さんの言葉を言っただけ。



「私は、優しいわけじゃない」



 誰かもわからない少年に言われた。


 別に、私は優しいわけじゃない。


 自分の命が危険になれば、平気で誰かを捨てることだってする。

 嫌いな相手に対して文句だっていう。



「私は、強くない」



 私は、強くない。

 すごく弱い。


 いつだって、シヴァさんたちに守られる。

 役に立ちたいと思っても、心のどこかでは弱い私なんて彼らの役には立たないと思っている。


 何より、私は元の世界でもいつだって守られていた。

 学生時代は、両親や詩織に守られていた。


 初めて悪意にさらされたのは、あの糞みたいな会社に入ってからだ。



 守りたいとどんなに思っても守れなかった。


 詩織はいつだって、私をからかおうとする奴らから守ってくれた。


 私も、シオリを守りたいと思った。


 彼女のように、私も彼女を守りたいって。


 守られるだけじゃあ、対等な友人じゃないって。


 でも__



「詩織を……大切な親友を守れなかった!!」



 その言葉を吐き出した途端、視界が歪み鼻の奥がツンッとする。


 鼻水で少し息苦しくなるけど、私はもう止まれなかった。



 何故、気づかなかった?

 詩織へのいじめを。


 詩織は、いつも私をどんな目で見ていた?

 

 だって、詩織は私のせいでいじめられたんだ。


 なのに、私はいつもくだらないことを話して笑っていた。



「私が気付いていれば…………詩織から笑顔を奪われることはなかった…………私が気付かなかったせいで…………詩織は時間を奪われたんだ…………」



 つっかえつっかえになりながらも叫ぶ。


 今でも、詩織の真っ暗な瞳を思い出す。


 とても綺麗で、見ていて元気が出る笑顔。

 詩織が浮かべていた笑顔。


 とても明るくて綺麗だったのに、いじめが発覚する頃には全く浮かべていなかった。


 楽しいはずの学校生活も、それだけ詩織にとっては地獄だったんだろう。


 だからこそ、私は悔しくて憎くて悲しかった。



「…………そのシオリって奴に何があったんだよ」

「…………詩織はいじめられてた。評判が悪い奴らに」

「あんたは、気づかなかったのか?」

「…………気づかなかった。いや、違和感は感じていた。でも、いじめられているとは思わなかった。詩織の性格からして、大人しくいじめられる子じゃなかったから」



 ラーグさんに聞かれ、涙でぐちょぐちょになった視界で彼を見る。

 表情も全くわからない。

 声音や雰囲気で判断しようとしても、グチャグチャになった頭じゃ何も判断できない。


 ただただ、憎くて悔しくて悲しくて。

 もう他のことを見れるほど、冷静ではいられなかった。


 心のどこかでは、いまだに信じられなかった。


 でも、あいつらの言葉からしてもどこか納得できた。

 詩織は、いつも友達思いで明るい子だった。


 いや、だからこそいじめられたんだろう。

 いじめの対象になった私を庇って。



「でも、それは間違いだった。私を庇っていたのよ、あの子は! あいつらは、私をいじめようとして邪魔する詩織が邪魔だったからあの子を排除しようとした! 私がいなきゃ、詩織は」



 私がそう叫んだ瞬間、頬に痛みと衝撃を感じたと思ったと同時にパンッという音が響いた。



「…………え?」

「あんたは間違えた。あんたが、決めつけず親友の行動に疑問を持ってみれば救われただろうな。だが、他にもいるだろ。見捨てた奴らが。自分がまきこまれたくないから、わざと見て見ぬふりをしていた奴らが」



 あまりの痛みに頬を抑えてラーグさんを見れば、彼は腕を下げているところだった。


 ぼやけた視界で彼を見ても、ぼんやりとしか見えない。


 でも、叩かれて少しだけ冷静になれた。

 怒っているんだ、彼は。



「何より、あんたのその言葉はシオリって奴の思いへの侮辱行為だぞ。…………少なくとも、あんたは友人を気付かないうちに守られていたことが嫌だったんだろ? そして、守られていることに気づかずのんきに笑っていた自分が憎いんだろ」

「!?」

「…………俺もその経験はあるからな」



 ラーグさんの言葉に驚いていると、ぼやけた視界の中で彼は私から視線を外したのか横を向いている。



「俺は、実の家族の顔がうろ覚えだ。ただ、覚えているのは【生きろ】って言葉だけだ。俺の能力を狙った奴らが、親父とお袋を__まだ十歳だった俺の弟を殺した」



 ラーグさんがポツリと言った言葉に、私は衝撃を受けた。


 私は、てっきりラーグさんはジョゼフさんの娘さんの夫なのかと思っていた。

 だって、義理の息子と聞けばそういうイメージだったから。


 でも、違った。


 ラーグさんは、家族を殺されてジョゼフさんに引き取られたんだ。



「憎かった。殺しちまいたかった。だが、殺したら親父たちとの約束を破っているようなもんだと思った。何より__そいつらを招く原因になった俺自身を殺してしまいたかった。俺がいなければ、親父は死ななかった。お袋は、笑っていた。弟は、今も生きていた。俺がいたから」

「…………ラーグさん」



 少しずつクリアになっていく視界の中にいた彼は、眉間にしわを寄せ憎しみと怒りで瞳をギラギラとさせていた。


 私が睨まれているわけでもないのに、本能的に怖いと思ってしまう。



「でも、俺はそこでは止まれなかった。約束を守らなきゃいけなかったから。でもジョゼフ__親父が俺を支えてくれた。俺に何も言わず、ずっと俺の隣にいてくれた。そして話を聞いて、俺を叱ってくれた。俺は、親父たちの思いを侮辱していたから」



 そう言って、ラーグさんは私の方を向いた。





「だから…………俺は少しだけあんたの気持ちを理解できる。だからこそ、シオリって奴のためにも自分がいなければって思うなよ」

「……ッ……はい!」





 ラーグさんの言葉が私の心の中でストンと落ち着いたと同時に、その安心感から私はまたジワジワと涙がせりあがって泣いてしまった。




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