(108)視線の変化
~ジョゼフ目線~
レオン様が、サーヤ君を見る目が変わった。
おそらくだが、これに気づいたのは私だけだろう。
「専属技師ですか?」
「ああ」
サーヤ君が、レオン様の言葉を復唱している。
そんなサーヤ君の反応に、レオン様は頷いている。
それにしても、専属技師か。
彼女の個有スキル上最も向いている職業ではある。
だが、城の……というのは少々危険だと思うんだが。
「お待ちください、レオン様。何故、そういう話題になったのですか?」
「ん? 俺はおかしなことを言ったか?」
同じことを思ったのかシヴァ君も待ったをかけているが、レオン様本人は首をかしげている。
確かに、城の専属技師というのは名誉なことだろう。
だが、城に行く場合はいろいろと危険だ。
何しろ、あそこは暗殺者がよく入り込む。
獣人は、基本的に出自などは関係なく強者に従う。
実力主義な分、実力があれば王族になれる可能性がある。
だからこそ邪な想いを持つ者ほど、王族である彼らを殺そうとする。
…………まあ、他の国の一部の者たちからも暗殺者を仕向けられることもあるが。
何しろ、この国の実力主義という思想に嫌悪感を持つ者も他の国にいる。
だからこそ、彼女をそこに行かせたいとは思えない。
「サーヤの有能性は、あの空間である程度理解できた。俺としては、そのままにしておくのはもったいない。伸ばすべきだと思うぞ」
「それで何故、城の専属技師なのですか?」
「サーヤの場合、いまだ保護者は決まっていない。だが保護者を決めたところで、れっきとした立場を持っていない。有能性もあるならば、その部分を利用して彼女のしっかりとした立場を作った方がいいと俺は思うぞ」
レオン様とシヴァ君の会話を聞きながらも考える。
確かに、レオン様の言葉は正しい。
今のサーヤ君の立場は、非常に弱い。
個人としては、シヴァ君が保護者になってほしいが…………まあ、これについては本人たちで話し合うべきだが。
だが、保護者を決めたとしても安全度の十あるうちの五を得るだけだ。
作れるのならば、しっかりとした立場を作った方がいいだろう。
特に、彼女のような他の大陸から来た者は。
だからと言って、城の専属技師というのはあまりにも危険すぎる。
城ではいろいろな者の目もある。
どこから、彼女の情報がどこから漏れるかもわからない。
レオン様ならば、それぐらいわかるはずなのだが。
「別に、この国の中ならばいい。だが、他の国の場合はどうなる? 竜人の国は置いておくとして、精霊や魔族は? 彼奴等の場合、下手に狙われればしっかりとした立場がないとその隙を狙われるぞ。特に、魔族は」
「…………」
レオン様の真剣な言葉に、シヴァ君が黙ってしまう。
まあ、それもそうだろう。
魔族の嫌な部分は、シヴァ君が一番よく理解しているのだから。
いくらそれが一部とはいえ、警戒はしなくてはならない。
「なあ、サーヤ。お前は、どうしたいんだ?」
「どうしたいとは?」
「そうだな。ある程度の知識を得た後、お前はこの騎士団でどうやって過ごす? お前は、ただ飯ぐらいで過ごすタイプではないだろう?」
「おい!!」
「落ち着くんだ、シヴァ君」
しゃがみこんで目線を合わせながら会話するレオン様とサーヤ君を、シヴァ君を止めながらも観察する。
さすがに、このまま会話をやめさせればサーヤ君の本音を聞くことができない。
サーヤ君本人は、あまり本音を声高に言うタイプではない。
本音を知るには、このまま黙っておいた方がいいだろう。
それは他の皆も同じなのか、セレス君もノーヴァ君もアル君もオズワルド君も止めようとはしない。
アル君とオズワルド君はともかく、セレス君とノーヴァ君はサーヤ君が傷つくとなれば相手が王族であろうと止めるだろうね。
二人とも、それぐらいサーヤ君に対して好意的だ。
アル君もオズワルド君も好意的ではあるけど、二人には彼女よりも優先順位が高い人物が他にいるからね。
まあ、とりあえず今はサーヤ君の本音の方だ。
「えっと…………私は働きに出たいです」
「は?」
「おや?」
サーヤ君が真剣な表情で言った言葉に、シヴァ君と私は思わず声をあげて呆気に取られてしまった。
働きに出る?
さすがに、彼女の年齢では働くことはできないはずなんだが。
そこで、ふと過去の彼女との会話を思い出した。
…………ああ、そう言えば彼女はここで保護される前は仕事をしていたようだね。
健康を悪化させる仕事なんて、ろくでもないものだろうけど。
ただ、その観点からいえばサーヤ君は自分の年齢でも働けると思っていてもおかしくないな。
まあ、彼女の年齢で働けるところなんて明らかに違法だが。
「私自身何も取り柄なんてありませんけど、知識を得ればできることも増えると思いますし。肉体労働であれば、十七歳ぐらいの時に経験ありますし」
うん、待とうか。
サーヤ君がなんでもないように言った言葉を聞いて、私は思わず頭の中で待ったをかけてしまった。
十七歳で労働?
しかも、肉体労働?
十七歳で出来る肉体労働なんてあるはずがない。
ということは、身売りか?
考えて出てしまったこと絵に頭を抱えていると、他の子達も同じなのかそれぞれで頭を抱えている。
「サーヤ君、自分の体を安売りしてはいけないよ」
「ですが、私はここにいても何も貢献できません。役立たずなんて、いなくなった方がマシです」
「サーヤ!!」
思わずしゃがみこんで彼女の両肩に手を置いて言えば、彼女は通じていないのか無表情で言う。
…………もともと、この子も表情豊かだったんだろう。
もしかしたら、今までの経験から表情を消してしまったのだろうか?
そう思っていると、誰かの腕が右側から割り込んできた。
「いなくなった方がマシだ、なんて言わないでちょうだい! あなたがいたおかげで、アタシは救われたんだから」
セレス君が、泣きそうな表情でサーヤ君を抱きしめながら叫ぶ。
抱きしめられているサーヤ君はといえば、何故抱きしめられているのかもよくわかっていなさそうだった。
…………これは、意識や価値観を変えるのには苦労しそうだ。
「まあ、とりあえずサーヤは今のままじゃあ嫌なんだろう? 実際、サーヤはどれぐらいできるんだ?」
「そうですね。今のところ、生きるために必要な知識を与えています」
「数学関係もか?」
「そこは、まだです。ですが、数学に関しては専門知識ですからそこまで重要視はしていませんし」
抱き着いているセレス君を見ながら、レオン様とアル君の会話にも耳を向ける。
…………相変わらずマイペースな方だ。
まあ、だからこそこの方でしか見えない部分もあるのだろうけど。
それにしても、数学は盲点だったな。
この学問は、主に事務関係などで使うがそれ以外ではあまり使わない学問だからな。
優先度的にはそこまで高くはなかった。
「え、数学って専門知識なんですか?」
「ええ、そうですよ」
「よーし、サーヤ。ちょっと、これをやってみてくれ」
サーヤが驚いた声音でそう言うと、レオン様はニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべる。
そして何かを紙に書きこむと、近くにあったホワイトボードとペンと一緒にそれをサーヤに渡した。
ちらりと見えたのは、中級の数式だった。
…………レオン様、サーヤが無表情だからってからかうのはやめてほしいのだがね。
「ちょ、レオン様?」
「さすがに、その内容は無理だと思いますよ」
「はぁ……。サーヤ、無理だったら言え」
「大丈夫です」
慌てるアル君と、ため息を吐くオズワルド君。
サーヤ君に声をかけるシヴァ君と、なんでもなさそうにホワイトボードの上においた紙に書き込むサーヤ君。
サーヤ君の反応的には、なんともなさそうに見える。
…………まあ、彼女の場合は本当に変わった知識ばかりを持っている。
意外に数式を知っていたとしても、意外ではない気がする。
「できました」
「…………早い」
「…………よし、全問正解だ。これで、サーヤには事務員もできることがわかったな」
サーヤ君が紙を持ち上げると、ノーヴァ君が驚き目を見開く。
その紙を貰ったレオン様はといえば、目を左右に動かしてみた後ニヤリと笑った。
「というわけで、サーヤ。城に来ないか? 俺としては、有能な奴をそのままっていうのは嫌なんだ」
「…………」
レオン様の問いかけに、サーヤ君は悩んでいるようだった。
…………一瞬だったが、その瞳に悲しみの色が浮かんだようにも思えた。
さすがに、今すぐに答えを出すことあできないだろう。
「レオン様、彼女に考える時間をくれませんか?」
「ん?」
「レオン様のことですから、強制ではないでしょう?」
フォローするため口を開けば、レオン様は首をかしげた。
この御方は王族という立場だが、相手が罪人でない限り何かを強制することはない。
デメリットとメリットを出して選ばせる方だ。
だが、今回はデメリットをわざと話さなかった。
ということは、他にも何か目的があるんだろう。
「まあな。嫌がる相手に強制しても、信頼関係は結べない」
「なら、彼女に考えさせてはいかがでしょう? もちろん、他の大人に相談する時間も入れて」
「おう、大丈夫だぞ」
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